3−5
「出ませんか!?こんなところ早く出た方がいいと思うんですよ!たぶん私、出口わかりますから!!」
シュタッ!と右手を上げて提案すると、メンバーは各々の顔を伺った。
お化け屋敷で一人きり、という大変心細い状況を打破した私は精神的に余裕ができて、薄暗いけど嫌な気配のない室内に、驚き半分、安心半分、で足を踏み入れる。
それを目ざとく見留めたソロルくんが、こちらの方を向いて言う。
「いつもの距離ってポリシーなんじゃないの?」
「だってこの部屋お化け居ないんですもん!」
「あぁ。僕が消したからね」
「え!?ソロルくんって先駆者(スカウト)職なのに除霊までできるんですか!」
大変感動を込めていうと、いつものように盛大に眉をしかめた少年がそこに出来上がる。
「お前いままで何見てたんだよ!?僕は聖職者だ!!大体、スカウトは職業じゃなくてスキルだろ!」
「え、聖職者なんですか。いつも勇者様しか見てないので知りませんでしたよ」
さすがに盗賊(シーフ)に見えたなどとは言えなかった。たまに視線を向けると短剣をいじっている率が高かったのだから仕方ない。それはもう自業自得の四文字だよねと、一人で首を縦にふる。
——それに聖職者といえば回復魔法!って感じだけど、使ってるとこ見た事ないしー≧(´▽`)≦
尊大な態度でそんな風に思っていると、こちらが何を考えていたのか直感で悟ったという顔をして彼が続ける。
「回復魔法くらい普通に使える!そもそもこいつら大怪我したことないんだよ!」
「あ、そう言われてみれば確かに。追っかけ始めてから大怪我したの見た事ないです………はぁ、そうですかぁ。ソロルくんてば聖職者さんだったんですねぇ。で、除霊もできる、と…これはもうソロル様と呼ぶしかないじゃないですか」
「ふっ。ようやく僕の偉大さがわかったか。許す。敬え。平伏しろ」
「ははーっ(シ_ _)シ」
「………盛り上がっているところ悪いが」
部屋の入り口で閑談を続けていると、話をまとめたらしい大人達がこちらの方を真剣な眼差しで見つめていた。
ハッと我に返ったソロルくんが随分いたたまれない様子で壁に拳をぶつけているが、大人な私はそれを見事にスルーした。
「出口まで案内を頼めるか?」
とても低い、それでいて味わい深いイイ声が耳に届き、私は一気にうっとりとした気分に浸る。だが、ここで言わねば女がすたる!と流されそうになる意識をかき寄せて、右手を上げながらその意思を表明する。
「もちろんです!喜んで案内させて頂きます!!」
熱烈歓迎指名感謝万歳三唱な私は、意気揚々と銘入り高級革袋(ブランドバッグ)から例のブツを取り出した。
「さぁ、着火男のチャッキーさん!出番ですよ☆」
ワラっぽい素材で出来た体長約15センチの人形は、昨夜も大活躍を見せた火種アイテムの一種である。このアイテムは前の世界のミャー人形という某国の土産物にそっくりで、火種なのに燃えそうな素材で出来ているという矛盾っぷりに惚れ、即買いした商品だ。ちなみに動力は蓄魔石と呼ばれる汎用アイテムで、魔力さえ持っていれば一般人でも簡単にチャージでき、壊れるまで何度でも使用できるという優れもの。昔は文明レベルが低いなどと大変失礼なことを考えていたが、思いがけず高度な技術があったりとこれでなかなか便利な世界なのである。
そんな素晴らしいアイテムを握りながら部屋を出て、人形の胸に取り付けられたボタンを触る。チャッキーさんは手の中でモゾモゾ動き、ほどなく体を落ち着けると、頭頂から火を噴いた。
「じゃあいきますよー」
彼らが背後を付いて来る気配を確認しながら、着火男の頭部に灯った豆火を頼りに、私は薄暗い廊下をどんどん進んで行く。
火が折れたらそれが示す方向へ。
部屋を指したらソロルくんに除霊してもらった後にドアを開け、1階(グランドフロア)にもあった同じ仕掛けのそれをいじる。
出口を切り取られたループする屋敷の中を、下から上に、上から下にと移動して、部屋の仕掛けをいじるのにも飽きてきた頃に、ようやく最上階の物置部屋で意味深な鍵を手に入れた。
「たぶん、これでグランドフロアまで下りられるはずです」
1階には一カ所だけ鍵が掛かっていて入れなかった部屋があったのだ。
最後の部屋はそこだろう。
「なぁ、何でそんなことわかったんだ?」
除霊(しごと)をこなすうちに立ち直ったらしい聖職者様が、不本意ながらも感心したというご様子で問いかけてきたので、歩きながら返事を返す。
「玄関に下がっていた風が吹いても揺れない炎が入ったランプと、エントランスの壊れた巨大な風見鶏、地下室の“僕を見つけて”っていうメッセージから連想したのがこの仕掛けです」
未だ炎を頭に灯したままの着火男をぐいっと背後に見せつける。
ダンジョン系のゲームでも、脱出系のゲームでも、全ての部屋を確認しないと次のフロアへ進む気にはなれないという性格なのだ。もちろんアクション系やロールプレイング系で地図埋めなんかがあったりすると、隅っこの隅っこまで埋めなければ気が済まない。そう簡単に埋まらなければ、装備やスキルを駆使することでなんとかそれを可能にしようと努力する。
そんな私の粘り強い性格が幸いしたのである。
「地下室に入ったとき暗くて何も見えなかったので、置かれてたロウソクにこれで火を点けたんですけど。ちゃんと揺れたんですよねー。1階の使用人部屋のロウソクの炎は玄関のと同じで、風を吹き付けても揺れなかったので。てっきり屋敷の中の火は揺れない仕様になっているのかと思っていたので不思議だったんです。それに2階に上がる階段からエントランスを見下ろした時に、風見鶏は風上を向くものだよなぁって思ったら。もしかして、首が折れているのはそういう意味なのかな、と」
風見鶏は、体が壊れて風の流れを読めなくなった。なのに炎は風が吹いても知らぬふり。この屋敷の中には風向きを教えてくれるものはない。風向き、方向、方角、と。つまりそれは主人の居場所を指している?けれど一カ所だけあった、鍵のかかったあの部屋は?
2階に上がり、背後にあったはずの階段がいつの間にか消え失せているのを目にしたら、何となく浮かび上がるその答え。
風を辿れば順路がわかる。順路を辿れば部屋の鍵が手に入る。鍵を得たならグランドフロアに下りられる。
要するにそういうことなのだろう。
「さすがベル殿なのでござる」
「オレ達は入ってすぐ2階に駆け上がったから、1階じゃ何も見てないしな。地下室があったのも知らなかったよ」
レプスさんとライスさんの言葉を受けて何となく気恥ずかしさを感じていると、ようやく目的の階段が見えてきた。
ちらりと背後を伺うと、喜色を浮かべた彼らの顔が目に入る。
ついでに勇者様のご尊顔を拝もうとそちらの方へ視線を向ければ、いつも通りの素敵なお顔がそこにあり…。
——はぁぁぁぁっ(///∇//)やっぱり幸せ!何なのかしらこの壮絶な幸福感♪くうっ!満たされるーっ!!
前を向き直し、ぷはぁっ、と止まった息を吐き出して。
——そうそう!そういえばさっきのアレ!追っかけ始めて一番のレア顔よね!?だって今まで勇者様が笑ったとこ見た事ないもの!口角が上がっただけで神レベ ルの微笑みだなんて、笑顔になったらこの世はどうなっちゃうのかしら!?っていうか、私がどうなっちゃうんだろう!?やっぱ昇天?これこそ生きてて良かったっていうやつよね!地下室で透き通った手が動いてるのを見た時は死ぬかと思ったけど、やっぱり入ってきて良かったわ!!きっとそのご褒美ね♪こんな体験二度とごめんこうむりたいけど、次があるなら2人きりのシチュエーションで是非とも手を繋いでもらいたいものだわね!
さすがに前方を歩いているのでクネクネなんてできないが、私の脳内ではハートが激しく乱舞していた。
従って、ついこのようなお約束の事故が起きてしまう。
「ぬおっ…」
可愛いとは決して言えない声が漏れ、あると思い込んでいた廊下の高さを踏み抜けた足がおよそ20センチ下の板張りに着地…。
——しないんかいっ!!
命の危機が迫ると走馬灯を見たり動きを遅く感じたりするというが、私の脳が「この高さの階段なら平気へーき大丈夫☆」とでも判断したのか、体感そのままのスピードで落ちて行くのが目に入る。
——これは痛い!絶対痛い!だから痛………ん?
トンッという軽やかな着地音に思わず閉じた目を開けば、視界いっぱいに端正なお顔と揺れる黒が広がって。どうやら抱きとめてもらったようだと、理解すると同時に届いた深い声音に、体の芯がゾクッとはねる。
「大丈夫か?」
「はっ…はいぃぃぃぃぃっ!す、すみませんっ!!」
それにしても勇者様!前から思っていたけれど、貴方はなんて優しい人なの!!
脳内でそんな歓喜の声を上げていると、普通に階段を下ってきたパーティメンバーが呆れたような声で言う。
「そりゃ、あれだけ怪しい足取りならね」
「…馬鹿だと思う」
「前を見ていないのが丸わかりだったでござるよ」
「ははは。ベルはいつも面白いなぁ」
——なんですと!?
彼らの言葉に少し冷静さを取り戻した私は、名残惜しい勇者様の腕の中から気合いで抜け出し、咳払いを一つする。
「では、こちらになります」
仕切り直しに真面目な声で発言し、壊れた風見鶏を横目にしながら歩き出す。
目的の部屋はグランドフロアの最奥にあったはずである。
前の世界のゲームや小説では、重要なイベントが起きる部屋は奥の方と相場が決まっていたけれど……まぁ、ぶっちゃけ一番手前じゃ雰囲気出ないし、そう簡単に辿り着けない場所に配置するからこそのプレミア感な訳だから。
——あぁ。それにしても疎ましい。
簡単に想像できる後ろに控えたイベントに、己の口から思わず深い溜め息が漏れた。




