3−4
「どうする?また同じとこに戻ってきたみたいだけど」
萌葱色のボブカットの少年が、エルフ特有の長い耳を掻きつつ面倒くさそうに呟いた。
「困ったでござる…」
真っ白い兎耳をひこひこ動かしながら、3つの星を頂いた杖を持つ老齢の魔法使いが続けて言った。
「どうしようねぇ。こういう時ベルが居ると助かるんだけど…まだ近くに居ないようだし」
青銀の髪を強力なワックスで固めたように逆立てた美中年が、のほほんとした口調で続ける。
「…役立たず」
パーティ内の紅一点にも関わらず、勇者ばりの無表情を発揮している金髪ポニーテールの美少女が、珍しくあからさまな非難を浮かべ抑揚の薄い声で言う。
5回目の印を柱に刻み付けながら、黒髪の勇者は今までに通った順路を思い出す。なるべく通った事のない廊下を選び、そこにあった階段を上り下りしたのだが、結局同じ場所へ戻ってきてしまうのだ。
突き当たりである6階を除いた全ての階が同じ造りになっているのもこの混乱を招いている原因の1つであるが、歩きながら頭に入れた屋敷の見取り図では特におかしいところはない。いや、おかしいところがあるためにこうして2時間半ほども屋敷の中を行ったり来たりしている訳なのだが…。
「入り口があったのだから、出られない訳はないはずだ。問題は1階と2階をむすぶ階段がどうやら消えているということ…誰かそれらしい仕掛けを見なかったか?」
「…ない」
「うぅむ…某は壁の染みくらいしか見た覚えがないでござるよ」
「4階の廊下のランプの一つが、ついたり消えたりしてたくらいかなぁ」
「いっそ2階の窓から飛び降りた方が早いんじゃない?」
各々が意見を述べる。
確かにレプスの語る壁の染みは自分も見かけた。進路を決める目印にしていたからだが、飛沫が点々と散っていただけでそれが文字であった訳でもないし、意味を持つような何かの形を成していた訳でもない。
ライスの言う4階の点滅を繰り返すランプも覚えているが…その辺りには見慣れた壁とドアがあっただけで、仕掛けとなるような何かが置かれていた記憶がない。
いよいよソロルの言う事がもっとも的を射ているような気分になるが、果たしてそう上手くいくか怪しいものだ。女性の悲鳴が聞こえた気がして入ってきた時には特に何も感じなかったが、こうして実感してみるとそれがよくわかる。
「試しにそこの部屋に入ってみるけど、いい?」
答えないこちらの態度に業を煮やしたのか、萌葱色の髪を掻きながらソロルが一番近い部屋を指す。
ものは試しだ。やる前から否定的になっては何も解決できないと、向けた顔で一つ頷く。
それを確認したソロルが部屋の前まで歩みを進め、ドアノブに手を掛けたところでピタリと体の動きを止めた。
「…邪魔だな」
小さく舌打ちし、ドアノブに乗せた手を扉の方に移動する。
「requiescat in pace(レクイエスカット・イン・パーチェ)」
緑光(りょくこう)を放ちながら扉に刻まれていく非対称な魔法陣は、エルフが神聖視する古語の組み合わせだと言われているが、それはもはや文字をただ綴っただけとは思えない芸術的な美しさを持つ代物だ。
ドアの隙間から同じ色の光がこちら側に漏れ、ゆったりと収まった後に、彼の手が再びドアノブに乗せられた。扉は何の抵抗もなく開き、ソロルは躊躇いなく室内へと足を踏み入れる。
それに続いてメンバーが次々とその部屋へ入って行く。
「意外と綺麗な部屋だなぁ。ホコリなんかも殆どないし」
感心した声でライスが呟くと同時に、窓の方から憎々しげな声が響いた。
「何で開かないんだよ!」
やはりそうかと思いつつ、そちらのほうへ目を向ける。持てる限りの力を込めて木枠を押し上げようとしているが、ピクリとも動かない。
「ソロル、代わろう」
パーティ内で最も力が強い自分が試してだめだというのなら、全員が納得するだろう。立ち位置を入れ替えると、ガラスをはめ込んだ木枠に手をかけ、壊さない程度に力を込める。
「やはりだめだな。窓は開かない」
「困ったねぇ」
「最悪、夜明けまで待てば出られるはずだ。休憩しながらどうするか話し合おう」
「ちょっと待った。なんで夜明けまで待てば出られるなんてわかるんだよ?」
訝しげに問うソロルと、興味を持った様子のベリル、既に理由を察しているという顔をしているレプスとライスを確認し、その説明を始める。
「滅多に出会えるものじゃないが、おそらくここはホラー・ハウスと呼ばれるものだと思われる」
「ホラー・ハウス?」
「死霊(ゴースト)や生霊(レイス)が徘徊する神出鬼没の疑似ダンジョンだ」
聞いた事がない、という顔の彼らに最も年高であるレプスが補足を入れる。
「話題に上るのは数年に一回くらいのペースでござるが、経験を積んだ冒険者の間では有名な話でござる。某もこのパーティに入るまでは冒険者としてあちこち飛び回ったでござるが、こうして実際に目の当たりにしたのは初めてでござるよ」
「オレも話には聞いた事があるけど、体験するのは初めてだな。謎を解かなきゃ出られないらしいけど、解けなくても日の出を迎えると自然消滅するらしい。ゴーストやレイスとは滅多に戦闘にはならないと聞いたけど…」
以前、働いていた職場で噂になったことがあるのだ。ライスとは同じ職場だったので、その話を覚えていたのだろう。
「彼ら、人を驚かすのが生き甲斐らしいから」
ははは、といつもの笑いを浮かべながら言うライスに、ソロルが思いきり顔をしかめ苦々しく呟いた。
「だからか。廊下はそんな気配ほとんどないのに、ドアに触れた途端、部屋の中でものすごくざわめいたんだよ。不快だから消したけど」
先ほど彼が使った魔法は、アンデッド系のモンスターが出現するダンジョンでよく使われるものだ。どうやらゴーストやレイスが対象でも効果を発揮するらしい。エルフが使う魔法は多種族が用いるものより圧倒的に数が少ないが、効果の範囲が広いものが多いのだ。
各々がベッドやソファー、背の低い家具に体を預けくつろぎ始めたのを確認し自分も壁に体を寄せると、アイテム袋が縫い付けられた胸ポケットから水を取り出し、ひと口それを飲み込んだ。
「謎解きをするか、日の出を待つか、どちらが良策でござろうか。こういっては何でござるが、謎解きが得意な人物はこのパーティには居ないように思うのでござる。ベル殿なら何とかなりそうなのでござるが…」
干し野菜をかじるレプスの言葉を耳に拾って、思わず言葉が口をつく。
「彼女は感が鋭そうだから、この屋敷には入って来な「そんなことないですよ!!!やっと着いたところです!」…」
言いかけたセリフを遮ったのは、いつの間にか見慣れてしまった一人の少女。ドアにしっかりしがみつき泣きそうな顔をしながらも、体を半分のぞかせて必死にこちらを見上げる様に一同の視線が釘付けられる。
「た、たとえ火の中水の中、お化け屋敷の中だって!大好きな勇者様が居るのなら、ちゃんと付いて行くんですからっ!!こここ怖くなんかないですよ!透き通った足だけとか手だけとか頭だけとか火の玉とかポルターガイストとかも見ちゃってここまで来るのにすごい怖い思いしましたけど!全然怖くなんてないですからね!?勇者様が居るのなら、そんなもの克服できるんです!!愛は偉大なんですよ!!!」
冷静に聞いていると矛盾を含む発言なのだが、なんだかんだといつも落ち着いている風の姿からかけ離れたようなその態度に、堪えきれずに口元が緩んでしまうのを感じる。“失意の森”でアンデッド系のモンスターを見た瞬間に態度と顔色が反転したので“そう”なのかと思ったが、まさかここまでとは思わなかったのだ。それを乗り越えてまで付いて来るとは確かに愛は偉大だなと思ったところで、ようやく我に返り、緩んだ口元を引き結ぶ。
改めて視線を向ければ彼女はポカンとした顔をしていて、思わずとはいえ笑ってしまい悪い事をしたと申し訳ないような気分になったが、こちらが謝罪する前に気を取り直し、状況を思い出したという顔で右手を上げた。
※レイスのところのルビを非表示にするために、使用しているブラウザによっては( )と(レイス)が連なって表示されているかもしれません。お詫びします。
どうやら同じ行に2回「|(縦線)」を使うことができないようで、それでも置いてみると2回目の方の縦線が本文に表示されてしまいます(もちろんルビ非表示も無視されます)。
生霊のうしろにスペース入りの《 》を入れると、そちらのスペースをルビとして表示するので結果的にルビ表示なしに見えますよ、との情報を頂いたので、さっそく直してみたのですが…なかなか上手くいかないですね(^^;)
しかし、火狐よりもIEをお使いの人の方が多い…かな?とも思いましたので、これで行こうと思います。
火狐的なルビ無視ブラウザをお使いの皆様には、ご迷惑をおかけします。




