23−5
翌日。
お決まりの花火の音を聞き、それを背後に約束の東の門前で、依頼主のオルティオくんと無事に落ち合いを済ませた私。既に城門前のテントに参加者の列ができ、我々もそろそろ並んでおきたいかという、まさにそんなタイミング。キョロキョロと辺りを伺い、クライスさんまだかなー、と。様子を伺う背後にて。
ふっ、と笑う気配を感じ、ふと、そちらを振り向けば。
「驚いた…」
という低い声音と、本気でビビった感を出す人。
ビビったのはこっちだ…!と、内心で言いながら。
「……クライスさん、いつからそこに…?」
恐る恐る問いをかければ、「実は、2人が来る前からずっとここに立っていた」と。
思わず頭上に「???」を浮かべるオルティオくんと私に対し、クライスさんはそっと自身の左手を持ち上げて、腕に通った腕輪を示し答えであると見せつけた。
「気配隠滅の効果がある腕輪という訳だ」
と。つまり、前日語ってくれた“当て”のアイテムという訳か。
「それほど効果が強いものではないから、全てを誤摩化す事はできないが…」
此処まで来るのに誰にも気付かれなかった事もあり、加えて、暫く私達にも気付かれなかった事を受け、クライスさんはその腕輪に説明以上の効果があると信じ始めていたらしい。
どうして気付いたんだ?と言われ、誰かが笑った気がしたんです、と正直に答えると。「同じ所に留まると、効果が減少するのだろうか」そんな小さな呟きで。
「それより受付を済ませよう」
との提案に移行して、私達は他の参加者達の並ぶ列へと、例に倣って並ぶのだった。
どんな世界も慣例として、お偉いさんの話から。
参加者は受付で街(リセルティア)の観光マップと、大きめの麻の袋を一枚配布され、一度街の外に広がる平原へと案内された。
設置された壇上近くに参加者達は集合し、そこで司会進行の流れを見遣る。
少し驚いた事というなら、お偉いさんのお話に、ご領主さま本人がおいでになったという点か。
イシュより暗い灰色の髪を、後ろに向かって撫で付けた清楚なおじさまは、穏やかに和やかにフェスタの開催を祝し、これを機会にこの街の事を知って欲しい、と話を綴じた。それからフェスタ運営者による事前周知のルールの確認、違反行為の線引きと、お待ちかねの第一戦の競技種目の発表である。
「それではこれから参加者様には、各チーム30個、モルファの爪集めをして頂きます。集まったチームから受付へ進んでもらい、個数の確認が済み次第、街の中での競技へと入って貰います」
「モルファはすぐ側のモンスター・フィールドに住む、小型モンスターの一種です。爪には十分注意しながら集めて下さい。次の花火が上がったらスタートです。では、解散して下さい」
運営側の通達、のちに、司会者の補足説明で競技内容の告知を終えると、参加者達は一斉に背後に広がるフィールドへと駆け足で散って行く。私達も三人で顔を見合わせ、緊張気味のオルティオくんの足に合わせてそちらへ向かう。
先ほど貰った麻の袋は、なるほど、集めた爪用か。しかし、モルファなるモンスターの爪を初っ端から30個…。ざっと見渡す参加者チームは、我々の前に居るだけで数十チームと概算されて…これは、早めに仕留めにいかないと、フィールドにおけるモンスターの湧き的に、その後の競技に支障が出る、なぁ。
そんな事を考えて、並ぶお人の方を見遣れば。
クライスさんはこちらに気付き、ふと、笑いを返して寄越す。
——あれ?今のは、ニヤリ相当…?(・・;)
ただの微笑とも違う、そんな空気が滲んだそれに。
先に場所取りをした群衆の、フィールド中、やや後ろ目に縄張りを構えた我々は。
ぱーん、と気味の良いカラフルな花火が上がるのを見て、クライスさんの本気っぷりを目の当たりにする事になる。
モルファ、という小型モンスターは、小都市リセルティア付近のモンスター・フィールドに広く分布するモンスターである。要は、前の世界の“もぐら”さん。それが最小三十センチ、最大五十センチくらいの爪が鋭い個体として稀にエンカウントしてくるのである。
ここでポイントとなるのが彼らの習性で、稀にエンカウントしてくる点が厄介なのだ。レベルは高くても10程度なので、都民であってもそうそう死なないし、どちらかと言うと逃げるモンスターであるために、長時間の戦闘を体験できるタイプでもない。
エンカウントが稀、出てきてもすぐ逃げる。しかもそんなモンスターの爪を30個用意となると…単純計算では15匹ぶんで済みそうなのだが、フィールドの湧きも加味するとなかなか厄介な課題だなぁ、と。
そう思っていたのだが。
「そこで待っていてくれ」
と、クライスさんは我々に、十メートルほどの半径を置き一人平野に佇んだ。
オルティオくんはそんな大人にきらきらとした期待を向けて、私はこれだけの面積で彼は何をするんだ?という若干の懐疑を向けて。後で思えば、それこそ“勇者”に失礼な態度だった訳だが、どうするんだろうなぁ?クライスさん一人で大丈夫なのかなぁ?な、妙な心配もあったのだ。
そして上がった花火と共に、彼は地面に膝をつき、手を当てて何事かを呟いたようだった。私にはモンスターの気配を読むようなスキルはないが、直感スキルが察知したのか、数秒の後、ぶわっとえも言われぬ悪寒に襲われ、全身が鳥肌で覆われた。
その嫌〜な感覚に、そわそわとしていれば、地面から手を離したクライスさんは魔力を集め、パチパチとしたエレキな球をそのまま地面に押し付けた。
で、その後なにが起きたのかと言いますと。
「っ!?」
隣の少年の息を飲むような気配と共に、地面がバリッと割れてモルファが強襲。
たぶん、早過ぎて見えなかったが、クライスさんは腕輪から剣を振り抜き一閃、撃破。ばらばらと大きめのモルファの死体が彼の周りに積み上がる。
よく見れば切り傷が見えない…血糊のつかない死体だが、今のでどうして“そう”できたのか謎の威力というやつだった。つまり、体が粉々になり血しぶきドバーな結果でもおかしくなかった。……ような気がする。
——あ、もしかして“魔剣”の特性?
若干の現実逃避でこてんと首を傾げてみるが、下方からオルティオくんが「うわぁー!すごい!すごい!!」と、もの静かキャラを脱してはしゃぐので。クライスさんは馴染みつつある微笑を向けて、オルティオくんを確認後、ちらっとこちらを見てから爪集めに勤しんだ。
「はっ…私も手伝いますっ」
「いや、俺がやろう。手が汚れる」
「えっ。いやいや、私、そういうタイプでは…」
「……そうか。なら、頼む」
ぶっちゃけ、オルティオくんの歓声で、こっちに向いた視線が多数。
地中のモンスターを集めた方法や、そこから一気に引っ張り出した手法を見ていた人がいるのか、不明な所だが。平野に散った大多数のチームの人々が、実際そこに立ってみて“どうやって…?”というように。ようやく課題の問題点に気付いた気配が多いので…。おいおい、あいつら何をしたんだ?———そんな視線が痛い所だ。
一方、渦中のクライスさんは上手く背中を向けながら、辺りに倒れたモルファの爪をどこかから出したナイフを使ってスパッ、スパッと切り落としていき。めちゃくちゃ視線が向いている中、“何もしない選択”を選べない小者な私も、気持ち背中を向けながら無言で作業を繰り返す。オルティオくんもハッとして麻の袋を広げて立って、そんな我々の働きに貢献してくれたのだ。
黙々とモルファの爪を集めているうちに、遠くの方でまたしても歓声が上がって消えて、知恵を持つチームの側にいた人々から、波のように“やり方”が広がっていく気配があった。
クライスさんがおびき寄せ、一閃して倒した敵は、十五匹以上いたようで。
「よし、30個集まった。門に急ごう」
な声につられて、視線と腰を上げて見遣れば。
麻袋の口を縛ったオルティオくんの側に立ち、ちょっとした動作で彼は私へ「こちらへ」と。促されるままそちらへ行けば、すれ違い、残ったモルファを拾い集めてひと所。近くの、未だモルファの姿を拝めていない人々が、おこぼれに与れるかも…と期待の視線を向ける中。勇者は“まさか”を宣ったのだ。
「グラキエス・チェイン」
———破壊の氷鎖、と。
キン、と凍った空気から、延びた白き氷の鎖が、ひと所に集まったモルファの山を絡めとり。
一拍の後、ガシャンと戯れる破壊の音で、凍てついた死体の山は粉々に…。
おこぼれを期待していた人々の息を飲む音、声にならない落胆の気配。
私とオルティオくんも「え…」とドン引きする中で。
「行こうか」
と言うクライスさんの無慈悲な音に、ちょっとびびって口が引きつる。
そんな彼は“当然”とばかり、堂々と歩みを進め、オルティオくんから袋を預かると、街の入り口の方角へ私達を促した。
ハッと辺りを見渡せば、既に爪を集めきった者、もうすぐ集め終わろうかというチームがいくつか視界に入り。
「急がないと出遅れる」
そう囁いたクライスさんの、少し意地は悪いけど、勝つ為の必要手段…まぁ、たかがゲームとはいえ、されどゲームなんだよな…な、意図をようやく汲み取ったのだ。
入賞を狙うなら、このくらいはしなきゃいけない。けれどもちろんオルティオくんにはそんな事、出来なかったし、私にも出来なかったし思いつきもしなかった。
当然これだけのモルファを集め、倒したのはクライスさんだから、彼がそれらをどうこうしようと誰も文句を言わないし、言えない筈である。フェアな早い者勝ちだったのだ。ファンタジーな世界では、この程度、恨むような冒険者たちでもない。せいぜい、してやられた!と苦笑いする程である。
そんなこんなで、第一戦突破組としては早い手を打ったのだけど、門から離れた場所に居た為、到着したのは四番目。
その間、チラッと視界に入ったいくつかのチームでは、集敵…えぇと、ゲーム用語でヘイト、というのだろうか。モンスターからの不快感とか嫌悪感とか敵視というか、そういった感覚を揺さぶるスキルを開放し、クライスさんは雷系の魔法だったが、土魔法で深い場所から一気に掘り起こしたりとか、知恵と力業の併用で事をなそうとする姿。珍しい所では音魔法——使用できる人は少ない!——を使っての誘い出しだとかがあって、群衆を背後にする頃になると、モルファの爪を集めるための技術がどんどん編み出されていた。参加者の殆どが冒険者だが、そんな彼らの多様性などを目の当たりにした気分であった。
見た感じ、先頭から四番目にて門をくぐった我々は、数人並ぶうちの順に空いたお姉さんへと麻の袋を差し出して、一戦目の評価待ち。
ほどなく。
「30個確認しました。次の課題へどうぞ」
と示され、城壁を伝う通りを跨いで、冒険者ギルドの前へと歩む。そこで何やらくじ引きの穴の開いた箱を示され、チームリーダーのオルティオくんがそっと手を差し入れた。
つかみ出された石の色は、黒。
「貴人方が引いたのは“アリアス・ルート”です。中央広場の聖獣の彫像前へとお進みください。そこで次の指示があります。では、健闘を祈ります」
告げられた我々は、各々顔を見合わせて。
前日、その場でみたようなお犬さまの彫像を、それぞれ思い浮かべながら走るのだった。