23−3
———下見の前に、少しルールを確認したい。
そう語ったクライスさんは、私を伴い一路ギルドへ。
大抵、街の一番大きな入り口付近に支部を構える、冒険者ギルドの看板は杖と剣。ありがちな象徴を刻んだそれは、武器屋のものと混同せぬよう戒め的な輪が掛かる。冒険者という組織に属し秩序ある社会に帰属します、という、争いを生む武の属性を、戒めや平和として捉えられる“輪(環)”に収め、そうした意思を表現しているのだと、どこかのギルドで目にした記憶が。まぁ、稀に踏み外す人もいる訳なのだが…そんな看板が下がる建物の、重厚なドアを引く。
勇者連れでギルドのドアとか…もちろん引いた経験(こと)がないので…。ドキドキしながらクライスさんの背中に隠れるように、そっと足音を忍ばせて踏み込んでみたのだが。パルシュフェルダでのデートのように、かなり拍子抜けするくらい、民衆はクライスさんに“気付かない”…より、“興味ない”。
本人のスキルの効果…は分かるのだけど、もしや背中の大剣とかの存在感だったりしない?…と。妙な疑いを持つ程度には、肌に感じる落差であった。
また無名の冒険者が入って来たな、くらいの空気で、堂々と受付を横切っていくクライスさん。むしろ彼を追う私の方こそ、あれ?あの子ベルリナちゃん?な、受付嬢の視線を貰う。こうしてたま〜に興味を貰う“東の勇者の追っかけしているベルリナ・ラコットなる人物”が、ここ最近は田舎の町でも周知されている雰囲気で、微妙に居心地が悪いのは内心だけの話である…が。
一応、ペコッと頭を下げて、クライスさんの背中を追えば、そこで漸く気付いた的な受付嬢らの驚愕は。さり気なく張り出しされてるリセルティア・フェスタの要項を読む、黒髪の勇者らしき男性へと向けられて…。二度見して確認したらば、そこは仕事のプロである。何事もなかったように依頼の紙を手にした冒険者(かれら)を、手際よく捌いてみせた。
おそらく、クライスさんが懸念していただろう項目である勇者職の参加の不可は、明記されてない辺りでもって可能だろうという事で。低い声ゆえ、自信を持った「大丈夫そうだな」に、思わず心で否やを叫び「えっ!?」と見上げた顔(かんばせ)は……。
「………」
一瞬、だめか…?と押し黙った後、考え込んでの。
「色ぐらいしか…」
色ぐらいしか、って一体何だ!?な、クライスさんの謎発言。
いや、ちゃんと順序立っての最終的なその言葉だが、まさかこの人の思考回路がそうなってるとは思わなかった。
これでも、私も勇者職の参加の不可については、ダメだとは書いてないので100%いけると思う。じゃあ何に“否や”だったのか。そこを問われると“自信”の部分。低い声だからそう聞こえたと分かってはいたのだが、余りに真面目に堂々と“勇者(おれ)が出ても大丈夫”とか、真横でズバッと言い切られたら…。つい、こう、反射に近く「いやいやいや、貴方、なにを堂々と言ってるの!?」とか、突っ込みたくなるこの性分。
無言の「だめか…?」に「ダメではなかろう」そんな無言を返したけれど。万が一…万が一にも1位入賞した場合、もしも壇上的な部分に登る事になったりしたら、我々は否応なく目立つのだろうし、いくら地味目オーラとはいえ、あれは勇者だとバレるんじゃ?とか。
賞金付きのゲームだし、チームリーダーが子供だとして、しかし、それをやっかむ大人が何人かは出てくるんじゃない…?私達が居なくなった後、もし難癖を付けられちゃったら、オルティオくん困るんじゃ…?とか、嫌な意味での皮算用が頭の中を駆け巡る。
そこへ出て来た「色ぐらいしか」の勇者様の謎発言。……いや、謎でも何でもないが、思い至った変装術は“色を変える系”だったの!?と。私の場合、髪色ですか?な思いつきしかしないけど、勇者なお方は何色をどう変えてくるのか知りたくて、因に何処を?と問い掛ける。
「髪と目の色を変えるくらいしか思いつかないな」
「……ですよね。私もそこくらいしか」
「何色がいいだろう」
「え?」
「何色が———、良いと思う?」
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——……えぇっ…!?( ゜▽ ゜ ;)
単調な会話が続く、と信じて疑わなかった瞬間。
普通の事を聞かれているのに、妙に区切られた言葉に乗せて。
ぶわっとこちらに吹き付けてきた、クライスさんの謎フェロモンに。
———な、え、なんで…ここ?ここで色気を盛ってくる…!?(//ノノ//)
と。一拍以上の間を置いてからの、言わば“後追い赤面”をして。
はっ、反則っ。それ、反則!!と口をぱくぱくやりながら。
「な、な、何色でもっ。似合うんじゃないですかっ!?」
と。いつぞやの超絶さんを思わせる流し目だとか——まぁ、真実、こちらの方が破壊力Maxだけど——、一瞬とはいえ、もももも、もしや、色目を使われた!?な、照れとそれに付随する投げやりmixの、“貴方様なら何色でもお似合いになるでしょう”。
すると彼はしばし沈黙。
「好きな色は?」
と聞いてくる。
——そりゃもう、貴方の黒髪が一番好きに決まってるでしょ!!……(*ノノ)
心は正直。反射で叫ぶが、私の乙女の神経からして、そんなこと、口には出来ない。今まで散々いろいろと彼とのイベントがあった気がする…が、本人の前でぶっちゃけられない、微妙なヘタレ属性である。相手が全く眼中にも収めていない状況ならば、好きです!好き!好き!!言えるけど……。この前からの微妙な距離感…もしや告白圏内か…?な近い空気を感じてしまうと、一気に「や…あの…モゴモゴモゴ…」なヘタレ開花をするのである。
こんなこと、本人の前で言えるか!!と。
気持ち、クワッと目を見張るけど、実行動は床視線。
結んだ口をあわあわしながら赤面している横顔を見て、そのままこちらの内心を悟ったらしいクライスさんは、雰囲気で「ふっ」と微笑し。
「金髪にでもしてみよう」
と、軽い調子で呟いた。
「え、き、金髪ですか?」
気を取り直して見上げれば。
こくり、と頷きながら「白では目立ち過ぎるだろうし、金髪ならば対極に近くて、ありふれた色のような気がする」と。そうすると目は青色だな、と彼はひとり頷いて。
「下見のついでに魔道具店に寄っていこう」
などという、デートが長引く要因になってしまいそうである、恐怖の提案をしてきたり———。