23−2
時の揺り籠(クーネール・テンプス)から勇者様のお養父さま、ジルさんを伴って戻ったあの日から、東の勇者パーティからは常に生暖かい視線を貰い、勇者様から「付いて来ている」な確認の視線を貰い…なにやら落ち着かない気分でいた私だが。同ステラティア国内の小都市・リセルティア。そんな小綺麗なとある街にて数日間の滞在という、久しぶりに腰を落ち着けた空気の中で、ある少年の依頼を受けた。
この街の冒険者ギルドの職員さんが、おそらく破格の手数料で請け負ってくれただろう、少年の紙切れ依頼…。そこを酌まずしてなにが大人か!と、鼻息荒く出会ってみたが。先方は思ったタイプと違ったようで、目に見えた落胆を表現している最中だ。
スタートが町の外にあるモンスター・フィールドらしいので、戦闘の火力不足を心配してるのだろうけど。
——大丈夫です!うちの魔獣(こ)強いよ!?
そこは自信をもって言えるので。
何なら今から召喚します?と、さして必要ではないが、予備動作とかに移行する。
無駄に腰に手を当てて、右手を空にかざしたら。
「おいで!パ「何をしてるんだ?」……!?」
という、驚きの人の初(?)登場。
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って。
「ゆっ、じゃない!クライスさん!?」
斜め横から声を掛けられ、しかして、このわたくしが美声を間違う筈もなく。
空にかざした右手でアワアワ。
「えぇとっ!これはつまり、依頼遂行のための戦闘力の証明を!?」
「…もしかして、このお兄さんが?」
「あっ、いえ!この方は!それはもう、すごーく強い人ですけども!……えーと、その…知り合いの人…?」
不意に下方から声が入って、少年に向き直り。「……確かに…知り合いだな」という、やや重めの声音(こわね)を聞いて、えっ!?あれっ!?なんか機嫌が!?と、一人で無駄な百面相。
例のスキルを絞ったのだろう、“普通のイケメン”スタイルの、背中に剣すら背負っていないラフな様相のクライスさんは、アワアワしているこちらを放置で少年に向き直る。
単刀直入に。
「何の依頼だ?」
な問いかけなのだが、威圧感のない絶妙な空気を伴うそれである。少年の方は「もしかして…」な期待を含む好印象で、一緒にフェスタに出て欲しいんです、できれば貴方と…というような副音声付き良い笑顔。
——えぇ、まぁ…そうですよね。信頼感が滲み出る大人の男の人ですし…。
私の方はそんな少年のあからさまな態度の差とか、き、気にしないんだからっ…!(;へ:)と心の涙に留めるが。
「あの、すみません。この方、割と忙しい人なので…」
クライスさんの仕事の邪魔とかしちゃいけないし、少年の期待を裏切るようで悪いけど…と。その代わり、私、頑張りますから!……そもそも私が受けた依頼だし。そんな感じに勇者な人の逃げ道を用意する。
すると、何故か胡乱な視線が上から降ってきて。
「忙しくはない」
彼はポソリと抗議の声をあげてくる。
あれ?今のは空耳かなぁ…?(・・;)と、硬直の後、そぉっと見遣れば。
ス〜、と視線を横に流して。
「この街にはライスの用事で滞在している」
と。
えっ、そうだったんですか?な、こちらの空気を感じ取り。
「レプスはソロルとベリルを連れて、朝から【星落ちの塔】へと挑戦しに行った」
そんな風に続けて語る。
だから今日明日は暇がある、と無言で語りかけて来て…。
「クライスさん…もしかして、手伝ってくれるんですか…?」
呆気に取られて問い掛けたなら、流した視線を一瞬戻し。
「……依頼主の許可が降りれば」
と、そちらにも視線を配べた。
ぱぁっと音がしそうな程に嬉しそうな顔をした、少年の笑みは肯定を。
けれど、ハッと顔色を変えて心配そうな素振りをすれば。
「暇だから付き合うだけだ。別に生活には困っていない。だからこちらの報酬は考え無くていい」
クライスさんはそう語り、おそらくその心配だったのだろう、少年はほぅっと安堵の顔をした。
「僕、オルティオと言います。今日の夕方が参加の締め切りで…申し込みをしたいので、あのぅ、名前を…」
「クライスだ」
「ベルリナと言います」
クライスさんにベルリナさん…と、彼は2、3度呟くと、手続きはしておくので、明朝、東の門前に、と。出会った頃の強ばりを解いて、ほくほく顔で消えて行く。
そんな姿を見送ったなら、取り残された我々は。
——良かったね、オルティオくん。たぶんプライベートなアレで、勇者装備(仕事着)じゃないだろうけど、君は限りなく大陸一位に近い強者を釣り上げたのだよ。うわ。そう考えるとめちゃくちゃ運いいね!君!!
最初、少しだけ遠い目をして、くわっと見開く私に対し、勇者様は真面目に語り。
「依頼の内容を、もう少し詳しく教えて欲しい」
と。
「は、はいっ」
でも、あの、近いよ!?今日も今日とて何か近いよ!!?
斜め後ろからふんわり漂う、クライスさんの爽やかな香り。
それに意識を持っていかれて、いつも通りに焦るのだけど。
「そこの椅子で話そう」
と、待ち合わせに使用した街の中心の噴水広場、その一角のベンチを指して彼のお方は歩み出る。
私は、あ、そうですね!と、その流れに乗っかって、ふと、その人の後ろ姿と街の様子を対比させ。クライスさんてば馴染んでる…と、勇者時とは全く違う周りの景色を見遣るのだった。
季節はそれほど暑くなく、寒くもない中庸の時期。まぁ、神様の存在が強いファンタジーな世界であるので、ぶっちゃけ季節なんて縛りはある様で無いものだけど。気候も場所によったら謎だ…と、意識をそちらに飛ばして戻り、さり気なく木陰を譲ってくれたクライスさんの男気を見る。
最初の頃の存在無視を思えば今の待遇は——いや、存在無視といっても、たぶん、思い遣る気持ちでだろうが——、ホント破格のお値段で……と、おっかなびっくりしているけれど。パルシュフェルダのデートも然り、この人は行動に出る事が少ないだけで、失礼ながら“やれば出来る人”なんだな…と。
そんな感じで腰を下ろせば、自然と話を促され。
「えぇと、彼からの依頼内容は、リセルティア・フェスタへ一緒に参加して欲しい、です。フェスタの内容は…?」
「いや」
「はい。このフェスタは最低2人からの申し込みで、フィールドでの戦闘と、市街地での謎解きやスタンプラリーなどが付きます。内容はその年ごとに違うみたいで、当日にならないと詳細は分かりません。課題をクリアした順番に、五位まで賞金もしくは賞品を貰えます」
なるほど、大体把握した、という頷きを見て。
「オルティオくん、どうやらお母さんと2人暮らしで、毎日仕事で忙しくしているそうなんです。それで、そんなお母さんに何かプレゼントしたいらしくて…」
ほ〜ら、何だか手伝いたくなる少年の身の上でしょう?
だから、と一度間をおいて。
「これは入賞するしかないな、と」
クライスさんは此処まで聞いて、そうか、とだけ呟いた。
何かを考えているような素振りを少しだけ見せて、ふとこちらを向いて一拍。何かあるかな?と見上げれば、じんわり視線が交わって。
——あ。まずい。この人ってばもの凄くカッコいい…。
と。そんな今更な衝撃を受けて、し、視線を外さなくては…!と。自然に、ごく自然を装い、ギギギな音で前を向く。
赤くなりかけの頬に気付いて何となく俯き加減。同じベンチでこの距離は…近いよね?近いよね??と、誰にともなく確認をして、間違いなく近いだろう!!と、一人ボケ突っ込みを。
——こうなったら仕事の話だ!面白味の無い話をするのだ!!華麗に躱せ!!!
な脳内指令で、意気込み新たにシュバッと向いて。
つつつ、と見上げたクライスさんの、笑いを堪(こら)える変顔を……。
「えっ」
何で!?そんな顔!??(・・;)
と、狼狽えながら拝んだ現実。
いや、まぁ、正確には、その無表情っぷりの何処ら辺に笑いを耐えた要素があるのか…私並みのプロじゃなきゃ分かりにくいだろうけど。目元と口元が僅かにゆるみ、雰囲気が笑い出すのを堪えている状況なのだ。
クライスさんは「ふっ」と街を見、もう一度こちらを向くと。
今度は10人中8人が「微笑し(わらっ)た?」と思える顔で。
「下見をしよう」
と囁いた。
今、間違いなく、微笑んだ…という、あまりの衝撃に。
「今日の予定は?」
と尋ねられ、「いえ…特には無いんですけど…」と。
いつもなら「無い」を即答、そんな所に「けど」が付く。
無いんですけど。
…無いんですけど。
……何で堪えた笑いの後に、優しい微笑付きなのか。
まるで“仕様のない女子”を“デートに誘っている”かのような……。
そして見上げるイケメンさんは、まるでこの妙な考えを端(はな)から肯定するように、「じゃあ行こう」と腰を上げ。そのままスタスタ行くかと思えば、こちらの様子を伺うという。
思わず。
——え……本気で…?
と、引きつりかかった顔を封印し(おさえ)て、えぇー…な心地で立ち上がり。
しっかり横をお選びになった地味目とはいえイケメンさんと、街の下見をするために並んで歩き出したのだった。