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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
22 時の揺り籠
233/267

閑話 この感情は…



 そして———。

 ふと、目の前から掻き消えた、彼女の姿をその場に探し。

 浮かび上がるのは、過去の光景———。




「か、勝てそうですかっ!?」


「え、援護します!近づいてもいいですか!?」


「こっちこないでぇぇぇぇっっっ!!!」


「はいっ」

「はいっ」

「はいっ」

「はいっ」

「はいっ」

「もちろんっ」


『 ……隙をつくる、逃げろ』


 との声に、「嫌です」と彼女が言った。


「私、貴方を死地に置いていくくらいなら、一緒に死ぬ方を選びます」


「一人で逃げるのなんて絶対嫌ですからね」


「それに、言っておきますが、いまの私のレベルは12です。あの枝にちょっとぶつかったくらいでオーバーダメージでサヨナラです。隙を突いたところで、ってヤツですよ」


「だから、どうせなら一緒に死ぬつもりになってください」


「いやー、今の凄かったですねぇ。まさか隕石が降ってくるとは思いもしませんでしたけど」


「勇者様だけに特別ですよ。実は私、特殊スキル持ちでランクMaxなんです」


「勇者様の唇を頂きましたから……だから、何もいりません」




 そして、エディアナ遺跡では。


「ありがとうございますっ」


「ゆゆゆゆ勇者様!?こっ、これは一体!???」


「幸せすぎて死にそうです…」


 と。




 苦手なゴースト・ハウスでは。


「たとえ火の中水の中、お化け屋敷の中だって!大好きな勇者様が居るのなら、ちゃんと付いて行くんですからっ!!」


「こここ怖くなんかないですよ!ここまで来るのにすごい怖い思いしましたけど!全然怖くなんてないですからね!?」


「勇者様が居るのなら、そんなもの克服できるんです!!愛は偉大なんですよ!!!」


「出ませんか!?こんなところ早く出た方がいいと思うんですよ!たぶん私、出口わかりますから!!」


「だってこの部屋お化け居ないんですもん!」


「ぃ………やあぁぁあぁあああっ!?!!」


「すみません!ごめんなさい!許して下さい!不慮の事故です!」


 今に思えば、あの頃は、なかなか賑やかな日々だった。




 フェツルム坑道に挑んだ時は。


「起きてくださーいっ!!」


 の叫びが響き。


『一体、何をしてるんだ?』


 との、こちらの問い掛けに。


「いえ、私は空気ですのでお気遣いなく!どどどどうぞ、あちらの方で思う存分、一人の時間を満喫してくださいませっ!」


「なにぶん、この、これが……存外重くてですね、簡単に持ち上がらないのです」


「それでその…火をつけてしまったので放置する訳にもいかなくて…」


「ごごごご、ごめんなさいっ!」


「や、あの、悪気があった訳じゃないんですが!その、つい…いつもみたいに悪ノリしちゃったというか!」


「いくらなんでもアレは図々しかったと反省してますっ!しばらく遠くに居ますから!!しゃしゃり出たりしませんから!だからあの、あのっ…」


「……では、あの…もしよければですが………勇者様の、魔力を分けて頂けたらと」


「さすがにMax 56で希少な魔薬を飲むというのも、何だか勿体ない気がしますしね」


 と。


『このアイテム…』


 とぼやいてみれば、だじろいだ顔をして。


「……友人がプレゼントしてくれたものですが…もしかして“何か”あります?」


 逆に問われてギクリとしたのは、微妙に笑えぬ思い出だ。




 春の渓谷でも救いの一手を。


「お、お久しぶりです勇者様!えぇと、世間話はさておきまして、さっそく本題なんですが」


「そもそもエディスタキアは乾燥地帯にしか生息してないんです。つまり、こういう水資源の豊富そうな場所で手に入る訳がないんですよ……」


「ほんとは、勇者様がこういうの好きじゃないのわかってるんですが…」


「もしお礼してくれるなら焼き菓子とか!ちょっとだけ期待しておきますんで!」


 おやすみなさい、と届いた音は、どこまでも穏やかで。




 アーテル・ホールに落下してきた彼女を救い上げた時には。


「目の前に勇者様の幻が」


「あぁー…せめてこの世界の重力加速度、知りたかった気がするなぁ…」


「いやいやいや!じゅ、充分ですよ!助けていただき本当にありがとうございます!!」


「じゃあ私、そろそろ濡れた服を着替えて、勇者様を見つめる仕事に復帰するので」


「あの、勇者様。これ、濡らしてしまった分の埋め合わせと言いますか…」


「男物の衣類って、私が持ってても仕方ないって話ですから」


 いや。

 まぁ。

 あの時は。

 少し、憤りを感じたものだが。




 久しぶりに面と向かったファラウウ国の小さな町で。


『…今日は助かった。いや、今日も、だな』


 と。

 そろそろ不毛を止めないか、そう諭すつもりがあった。

 けれど彼女は困った顔で。


「…えーと…今日もたまたまで…」


「あっ…あのですね、いつも途中から割り込んで行ってしまってすみません!ちゃんと謝らないと、と思ってまして…」


「でもですね、その…大変そうな所とか、いざ目の前にしてしまうと、つい体が動いちゃうと言いますか…」


「それで毎回あんな感じに手を出してしまうんです。…本当にごめんなさい」


 と。

 自分は、そこについては強くは言えない。

 彼らには、故郷に家族が居るから。

 そこまで助けてくれなくていい。

 見合う礼はできないし…おそらく、想いにも応えられない。

 つまり、何も返せないのが心苦しいんだ……俺は。

 といった、気付きを逆にもたらされ。


 沈黙するこちらに対し、彼女は微笑を浮かべて返す。


「勇者様はほんの少しだけ思い違いをしています。私はちゃんと返して貰ってますよ」


「例えばこういう優しい気持ちとか、どんなに物を尽くしても得られないような親切を、私はいつも甘んじて受けています」


「でも…もしそれでも気にかかる事ならば。その対価として…」


「私という存在を、許容してください」


「とりあえずそこに居る…居てもいいってことにしてもらえれば」


「いえ、あの、そんな大げさな意味じゃないです」


「えぇと…私はそこまで手に負えない奴じゃないので。それまででいいんです。だから、とりあえずそれまでは。どうか、側に居させて貰えませんか……?」 




「“初めまして”勇者様。私はベルリナ・ラコットと言います。よかったらこれからベル…と、呼んで下さい」


 不意に…そんな彼女の記憶が、ぽつりと浮かんでは消えた。




 気まずい再会を果たしたユノマチは。


「とっ、ところで勇者様!今お幾つなんですか?」


 ……あぁ、そうだな。

 何かいろいろ…いろいろと。

 俺たちは少し互いの事を、話し合った方がよさそうだ、と。




 そして浮遊都市へと行けば。


「だ、大丈夫です。特殊スキルが最強ですし…っ。死ぬ事とかありませんから…!」


「いえあの私っ、実は結構恵まれた環境でしたし…!」


「だから、まぁ、たまにはちょっと寂しいですが、孤児の割にかなり満ち足りた人生だったと思うんです」


「勇者様って貴族ですよね?」


「男一つで勇者様を拾って行かれたお養父とう様は、さぞ男気に溢れた方なんでしょうね」


「……そ、そうですか。勇者様のお養父様も相当イケメンだったんですね…」


「勇者様も相当なイケメンですよ」


 そうか…。

 つまり…。


『顔がいいのか———?』


 ふと問うたこちらの声に。

 心底不思議そうな顔をして、一度、瞳を瞬かせ。

 ベルはふわりと微笑んだ。

 微笑みながらも強い視線で。


「この人だ、って思ったんです。勇者様は私にとって、運命の相手なんですよ」


 と。




 そして場面は切り替わり、クラーウァの揺れる丘の上。

 サァッと風が撫でて行き。


 例えばベルが、自分のことを、運命だと言いきって…。

 自分もベルを、あるいはここで、運命だと感じたのなら……。


『お前は彼女を愛せるか……?』


 と、過去の自分が問い掛ける。


『俺は……愛せる。彼女なら』


 言い切れた事に驚くも。


 だが、そもそもベルの年齢は…一回りも下にある。

 それも、知力を80備え、才能のある娘なんだ、と。

 こんなところで…俺が捕らえていい訳もない、と答えを出すも。


『俺は彼女を、たぶん、そこまで、愛せてしまうから』


 いつか、あの男が言っていた。


 守れないなら返せ。

 好きじゃないなら終わらせろ。

 ベルに期待を持たせるな。


 そんな事、言われなくても———と。




「あれ?でも勇者様の家、結婚相手は自分で探す決まりなんじゃなかったですか?」




 不意に、明るい声音(こわおと)が、記憶の中に響いて消えて。

 そうだな。

 もし、そうだとしたら、どんなに良かったか…と。

 初恋なんて、いつかは覚める。

 こんな、勇者などという職業が付加しただけの、つまらぬ男になんか見切りをつけて。

 学術院にでも行けば良かっただろうに、と。

 しかし、それを今は惜しいと思ってしまう心の内は……。


『何故、養父と同じ場所…同じ事象で消えたんだ———!?』


 という。

 恨みがましくも荒れ狂う、あの日と同じ激情に、支配され始めている事実があって。

 だからといってこれからも、どうするつもりにもなるな。

 そんな風に囁いた良心と理性の申し子は。


『こんな事なら……。こんな事なら、捕らえてしまえば良かったものを…』


 と。

 出してはならない部屋の奥。暗い世界に住まう自分が、そっと姿を覗かせて。

 寸での所で留まった、あの日触れた首筋に、執着の気配を知って見えぬ世界で掻き消えた。

 出してはならぬと蓋をした、抱(いだ)いてしまった感情は…。


 彼女に触れてみたかった。

 抱きしめていたかった。

 心の奥に積もったものを、受け入れて欲しかった———。


 本能的な欲求で。

 貴女じゃなきゃだめなんだ……と、不意に浮かんだその声は、果たして自分のものだったのか曖昧に溶けてしまうも。


『取り返そう…』


 絶対に。

 このダンジョンの摂理を暴き。

 神をも引きずり出してやろう……。


 と、暗い炎が灯るのを。






 遠い空の下、とある男が、膨大な記憶の中で。


【やはりな。お前はそうだったのか】


 と。鈍く、艶やかに微笑んだのは、神ですら気付かぬ話。






 その日、時波の嵐を前に、ベルを失い呆然とした彼の姿を見た者は居なかった。

 暫く後に、時球時計(スフィア・グラス)の前に立つ彼に声を掛けた者。青銀の髪のライスが「どうした?」と問うた時には、既に別人だったのだ。淡々とした声で返された「ベルが消えた…」との返答に、長年の付き合いがある彼だからこそ、勇者の気配が仄暗さを帯びているのに気付いたが…。他の仲間はそんな様子を、深く落ち込んでいるのだと単純に解釈したらしい。

 青銀の槍使いが彼に懸念を募らせる中、四半刻後、小仕事(クエスト)を終えたパーティはそのダンジョンをあとにした。



*.・*.・*.・*.・*.・*


 勇者の養父までも伴い、ベルがこの世に帰還した時。

 脇目も振らずに駆け寄った黒髪の勇者の姿を見遣り…。

 その場の者が、様々な深さで安堵したのは、秘密の話。


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