22−6
「……残念ですが、出口では無かったようですね」
精一杯、声にしながら横に立つ人に伝えると。
「残念だが、そうみたいだな」
と、力無い音がする。
広大な窪地の“枠”に嵌め込まれた巨大時計は、それなりに圧倒される光景ではあるが。
こういうのって、正直申せば、ずっと見ていても仕方ない。
あるいはずっと見ている役をジルさんにやってもらって…と、きょろきょろ視線を飛ばしては、他に道がないのかをそれとなく探しだす。
「あっ、ジルさん!ジルさん、あそこ!木のようなものが生えてる場所が!!あっちにもありますよ!」
「…それがどうした?」
「行ってみましょうよ!何かヒントが書いてあるかもしれませんって!」
「……あの木に、か?」
「えぇ、そうです!」
なんという当てずっぽうな…と、我ながら思ったが。まぁ、この際、当てずっぽうでも動かぬよりはいいだろう。
そんな意気が伝わったのか、彼は「ははっ」と笑みを浮かべて。
「そうだな。何もしないより、ずっといい」
と頷いた。
「あそこの分岐で二手に分かれましょう。ここに来るまで一度もモンスターに遭わなかったので、モンスター・フィールドではないのだと思います。分かれて探した方が効率が良いですし」
「分かった。なら俺は、あの分岐から右に行く。ついでに遠くのマップの方も確認がてら埋めてくる。一応、分岐点で待ち合わせるか」
「了解です!」
話が大体まとまったなら、私達は歩き出し、結構な傾斜の坂を決めた場所まで戻って行った。
初めに出会った方向含む、遠めのラインをジルさんが。ぼんやり光る木が見えた、近くのラインを私が受け持ち、待ち合わせ場所に目印とする小物を置くと、では後ほど、と挨拶を。
行程的にはこちらの三、四倍ほどありそうな彼の踏破ラインだが、どうやら歩幅を合わせていてくれたようなので。本来の速さでいくと、おそらくこちらが少し先に着く、程度。年齢もさることながら、中堅層な雰囲気だもな、と。ぼんやりと考察しながら自分担当の道を行く。
素材は相変わらず黒い岩のようである、つなぎ目の無い不思議な道を踏みしめ、時折、それぞれの時間を刻む天空の“星”を見る。じっと視線をこらして見れば、文字盤の模様が見えて…。
——あ、あれはモチーフが花、あっちは川かな?
と。なかなか綺麗なデザインだよな、と感心しながら歩むのだ。
まるで、命の蝋燭…と。前の世界の噺(はなし)を思い。
そうこうするうち小広い場所へ。
ジルさんと出会った所のような、骨と骨の継ぎ目の関節。
あ、続きはないのか、と。
そこへ静かに根を下ろす、ぼんやり光る黒い木を見て…。
背丈は自分と同じほど、盆栽のように味わい深く枝を伸ばした漆黒の木に、近づいてじっくりと一周し。
不気味というか、いっそ前衛的といいますか…実際に幹が黒い木なんて、本当に不思議な感じ。
そして枝先に唯一付く実——これが驚きの深紅色でね——を、そっと突(つつ)いてみたところ。
「………やっちまった<( ̄□ ̄;)>」
と呟くくらい、こう、小気味よく地面に、ね。
勿体ないから有り難く高級銘入り革袋(ブランドバック)に入れるけど。
それ以外、何の変哲もない小広い空間で。
——…仕方ない。待ち合わせ場所に戻ろうか。
成果はあちらの方に期待…!と、丸投げしながらも、とぼとぼ寂しく戻る帰り道。
体感的に、十五分は過ぎていない気がするが…ジルさんの体験談だと、ちょっとした浦島さんだ。
次に勇者様に逢えた時…いや、まだ生きてるといいな……。結婚してたとしても、見た目、おじいさんなら諦めがつく…?いやいや、しかし無理だろなぁ……きっと私は解っていても、諦め悪く、逢いたいと願う…。そんな妄想をグルグルと。
それってすごい妄執だ、と空笑いが浮いてきて。
——妄執のベル…!あ、なんか、小説のタイトルっぽい。
一人、空想でニヤニヤと。
——白髪まじりの勇者様とか、いっそ魅力がヤバそうだしね!
そんなジルさんを思い出しては、くそぅ、あのイケメンさんの嫁になるのはどんな娘(こ)だ!?取り敢えず性格が良くないと許さんぞ!!むきー!ぅきー!クライスさんと結婚できるとか!なんて。なんて、羨ましい…!!!
と、脳内は荒れ模様。
——草葉の陰で白いハンカチを思いきり噛んでやるっ!
帰還後の目標が一つ立ったあたりにて。
「わっ!?」
何!?何で風!?と。
ぶわっと背後から吹いた、生温い風を知る。
ジルさんと待ち合わせをしている分岐地点まであと少し。
何だこの強風!?と、振り返り、目に入るのは。
ボロボロのフードを揺らす、大鎌所持の怖い人———。
「………っ!?」
えっ、死神さんですか!?
私の命、刈り取られるの!?(゜゜;)
反射で思ったこちらの方に、口を開いたその人は。
「……ベルリナさん」
と、知らぬ声音で、私の名を呼んだのだ———。