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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
22 時の揺り籠
228/267

22−5



——うおあっ…( ̄△ ̄;)


 と、取り敢えず、テンプレートに驚いてみて。


「お嬢ちゃん、いいとこに」


 な、足元からの声にビクッ。


「うわっ!わぁっ、ビックリしましたっ」


 と。

 それは天井しか見ていなかった私の死角だが、まぁ、何か叫んでみれば、多少なりとも気持ちは落ち着くというもので。しかし、どうやら腹から滲んだ赤い液体に染まった服に、次には血の気が引いていき…。みるみる青い顔をするこちらの様子に気付いてか、黒い岩に体を凭せる初老か一歩手前の人は。


「回復薬とか持ってねぇ?」


 と、苦笑と共に呟いた。

 そうですね!とか、言われずとも!と反射でガサゴソ漁る手は。


「なんだか、内蔵がどれか潰れたみたいでな…そんなに時間経ってねぇけど、あー、コレ…回復薬で治るかなぁ?」


 とか、だいぶ不穏なセリフにピキリ。


「ここここ、これとか!どうですか!?」


 と、震える腕で持ち上げるのは、いつか人魚の姫に貰った何かの液体入りの瓶。

 彼は傷の影響が無いように、普通にそれを受け取ると、ちゃぷんと一度振ってみて驚いた顔をする。


「お嬢ちゃん、これ…」

「使って下さい!是非!今、是非に!知り合いの商人さんが!いえ、ちゃんと信頼できる人ですよ!?その人が言うにはですね!復活に近い効果がある、という事なので!!」

「いや、だがこれは…“人魚姫の涙”だろう…?こんなもの、一体どうやって…」

「ぱっ、パルシュフェルダの恋人岬で!なんか鐘を鳴らしたら、人魚姫が御出でになって…!」


 大丈夫です!出所は怪しくないですよ!と。

 胸の辺りで両手を振り振り、悪い事してないです!潔白です!と言い募る。


「だがなぁ…こんなに貴重なもの…貰っていいのか?」


 と。


「お嬢ちゃん、レベルも低そうだしなぁ…。そのうち、使いたくならないか?」


 そんな風に正直に困った顔をする人は、白いものが混じる金髪にやや皺を刻んだ顔で、小瓶と私の顔を二往復して黙り込む。


「だっ、大丈夫です!えぇと、ほら、私って、実は幸運値(ラック)が高いですから!そっ、それに!もし可能なら、傷が癒えたら、一緒に戻る手だてとか探して欲しいといいますか…!」


 えぇい、嘘も方便だ!と、いつか言われた話を思い。

 咄嗟に吐いたセリフにしては、及第点ってやつだろう、と。

 ナイスミドルな男性は、あぁ、まぁ、そうだな、と。一度ぐるりと周りの景色を確認してみせて、じゃあ、有り難く頂くか、と蓋を抜いて流し込む。


「うっ……強烈にしょっぱいな…」


 水、水、と懐を漁り。

 ぼんやり光った体の様子を「おぉー」と内心、見ていれば。

 真水で口を潤して人心地ついた頃には、淡い光も収まって、腹に手を当て具合を探るカッコイイおじさんが。


「すごいな、コレ」


 と呟きながら、よろよろと起き上がる。


「本当に助かった。ジルだ、よろしくな」


 およそクライスさんほどの長身だったその人の、頭一つ分高い辺りに視線を合わせると。


「いえいえ、お役に立てたようで本当に良かったです。ベルリナと申します。あのー…それで、よければ…」

「おう、帰り道を探そうな。命の恩人だ、置いて行ったりしねぇよ」


 と。

 ナイスミドルがニッと笑った、大人の魅力にややクラリ。


——あっ。この人、天然タラシだ。


 ベルリナさんの直感、キラリ。


「俺の索敵ランクじゃ、モンスターは見えないけどな。一応、用心して行こう」


 言いながら拾った得物は、一見普通のロングソードだ。

 ここで少々、回想を一つ。

 モンスターが湧くダンジョンがあり、冒険者という挑戦者がおり、何となくだが、この世界。レベルが上がり、それこそ一位から九位までの位持ち、上位者という部類の人に近づくと、使用する武器・防具の見た目が割と特徴的になる。

 宝石や魔石、精霊石で華美な装飾をする者や、なかなか他の者には扱いにくい形状、重さを誇る者。宝石類はもちろんの事、自分専用の装備となれば、オーダーメイド、つまりは高額商品という訳で。要はそれだけの稼ぎがあるという事、だからして。誇示するという言い方はやっかみ交じりかもしれないが、冒険者達はそうやって己の強さを示すのである。

 そこへきてこの方の、一見普通のロングソード、だ。

 パッと見、武器屋でよく売っている安価なタイプに見えるのだけど、素材がいいのか手入れがいいのか…ちょっと輝きが違う気が…。

 でも、普通のロングソードだ。

 何の装飾も個性もない、ほんとに素朴なロングソードだ。


——……素朴過ぎて、逆に気になるやつなのだろうか?


 と。

 この辺で思考の海から帰還して、ふと視線を上向ける。


 金の文字盤が煌めく空は、やはり圧巻のパノラマだ。

 ダンジョンの大広間…あの白亜の支柱が並ぶ空間とはまた違う。

 大、小、進む時間、飾り絵に、飾り針。一つとして同じものが無さそうな数多さに、それでもそこが個々の光で埋め尽くされない闇の深さを、見せつけられているような感覚だ。

 とてつもなく途方がなくて、無駄に不安をかき立てられる。

 そんな私の様子に気付いてか、ジルさんはロングソードを鞘に収めて、同じように時計だらけの疑似夜空を見上げたらしい。

 お互いにそこから視線が戻ると、左右に分かれた道について、どっちへ行くかのアイ・コンタクト。


「取り敢えず、光量の多い方に向かいませんか?」


 ジルさんが体を凭せた真っ黒な岩がある、この場所は道に比べてやや広い空間だ。完全な円じゃないけれど、骨と骨を繋いでいる関節のような場所である。

 両側に延びた黒い地面は、より深い黒により、幅五メートルで切れているように私達に見えている。鈍臭い私でも落ちないような設計なのだが、道が切れている先の漆黒は……やっぱり崖になっているのか…?もし落ちたら死ぬのだろうか…?そういった想像を抱かせる、無音の恐怖を秘めている。

 薄暗い空間なのに、両側に延びる道の先、行き着く先は朧げに照らされていて、まぁ、どっちに向かっても何かしらの終着点(ゴール)はあるのだろう、と。

 どうせなら迷わぬように、明るい場所を目指しとこう。そんな単純な考察で、私は彼に提案をした。

 そして。


「そうだな。分かりやすい。じゃあ、出発しようか」


 と。返った声を聞きながら、我々は横に並んで歩き始めたのだった。


「ところで、ジルさん」


 言いかけて、不躾かな…と思いながらも、他にネタが無かったのである。

 まぁ、ゲームでいうところの“全回復アイテム”をあげたような恩がある、聞くくらい平気だろう。という訳で。


「この辺にはモンスターの気配が無いそうですが、一体どこで大怪我を?」

「あぁ、そうだな。気になるよなぁ。……時の揺り籠(クーネール・テンプス)の、時球時計(スフィア・グラス)の部屋でだな、ありえないモンスターが湧いたんだ」


 ジルさんはあっけらかんと、それでいて痛切そうに、一度そこで間を取って、深い深い息を吐く。

 正直、その話の流れに「ん…?(・・;)」という点があったのだけど…水をさすのも悪いので、言い終わるまで黙っとく。


「レベル的には余裕があったが、余計な奴が混じっていてな…見殺しにするのも寝覚めが悪い。で、カッコわりぃが刺し違える結果になった」

「……はぁ、なるほど。大変でしたね…」

「ま、しかし、アレだなぁ。今回ばかりは運が良かった。光の渦に飲まれた時は焦ったもんだが、此処に飛ばされて死ぬ前にお嬢ちゃんに会えたんだから」

「………」


 果たしてそれは本当に“運が良かった”で片付くものか…。

 胸に支える問題点がおぼろげながら見えてる手前、返答を逡巡してると、ジルさんはしみじみ語る。


「…まだ死に時じゃ無かった、って事かもしれねぇけどな」


 神々はなかなか人使いが荒い、と言った小さな呟きは、他の事に気を取られていた私の耳を素通りし…。

 思わず、「あの…」と口を突いて出てきてしまったこちらの声に、ゆるりと視線をくれた素敵なおじさまは。


「あの、その、私、今…。“今まさに”此処へ飛ばされてきて……元の場所は同じなのですが、ジルさんがおっしゃるようなモンスターの死骸とか、実は見てないですし…」


 どうにも、何か、大切な…時間的な要素とか。ごっそり抜けているような気がするんですけども…と。

 ぼそぼそ小声で続けたセリフに、一瞬、彼はキョトンとし。


「つ、つかぬ事をお聞きしますが…。勇者様…えと、クライス・レイ・グレイシスさんと…」


 もしや、お知り合いであらせられます、か…?


「…………………」


 小声でなんとか問うたセリフに、ジルさんは本気で硬直し。


「……おい、今、何年だ?…いや、お嬢ちゃんが光に飲まれた年は、一体、何年だった…?」


 と、もぬけの声で呟いた。


「大陸歴、2655年、です」


 そうですよね!?大事ですよね!?今確認しといた方が、お互い絶対いいですよね!?と。

 思いながらも、こちらも緊張に震える声で、静かな世界に染み入るように途切れ途切れ返してみれば。


「………六年、か。たったあれだけの時間の流れで…」


 確かにそうだ。ジルさんの話し振りでは、彼がこちらに飛ばされてきてから私が現れるまで、たった数分ほどの開きしかないようだった。

 お互い「信じられない…」と重ねた視線の中に、これは早々に戻る方法を見つけなければ、大変よからぬ事になってしまうのではないか…?と。それぞれの事情が込み入る、冷たい汗を背中に流す。

 これ以上、歳の開きが出るのは攻略しづらくなる…っていうか。むしろ他の人と結婚しちゃう可能性、大有りで。あぁ、そんな…と固まったこちらの顔を見て。


「折角戻っても、死に別れ…なんてなぁ。全く、冗談じゃない…」


 呟いたジルさんは。


——あぁ、この人、妻帯者か。


 と。死に別れ、と語った声と雰囲気から察せられ…。


「気持ち急ごうか、お嬢ちゃん」

「はい。全く同感です」


 くしゃり、と歪んだ目元の皺が苦い笑いを表現するのを、真剣な目差しと、大きな頷き一つで返し。




 それから我々は無言となって、一路、暗闇に滲む光を目指して行った。

 暫く歩けば平坦と思った道は、なだらかなアップダウン後、急激な上り坂となり…。ぜぇはぁ、苦しい息を零して必死に登るこちらの様子に、変化のないジルさんは気の毒そうな顔をした。

 先に行って光源を確認していて下さい、そんな風に苦く絞れば、じゃあ先に見てくるわ、と。

 やっとの思いで坂を踏破し、よろよろそちらに歩いていけば、立ち尽くす人の背中越し…“立ち尽くすしかなかった”という、呆然とする気配を感じ。


 ぼんやり見えた光の正体、広大な窪地に沈む、金の巨大時計の声を……。


 前の世界と同じ数、12の大きな浮遊石、60の小さな浮遊石を往く、三つの時間を示す針。他に何の時間だろうか、不明な針が一つあり。

 その下を数多の車輪が噛み合わさって。

 ジルさんの横に立つ時、一番大きな歯車が、ギシリと進んだ光景を。


 やはり、私も呆然として、見下ろすしか、なかったのである———。

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