22−4
その時。
「———っ、ベル!!」
と名前を呼んで、不意に乱入してきたお人………。
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「うぇえ!?ゆっ、勇者様!?」
と、錯乱したこの立ち位置は。
お腹の辺りに回された手と、伸ばした腕を取られた構図。
——さっ…さすが、高レベル勇者様…!!一瞬で入り口から距離を詰めてきた…!!!
そして、はぁっ、と耳元で零された溜め息は、大きいですね!溜め息でかい!!なゾワゾワ感を引き起こし。
「だめだ。これには、絶対に。絶対に、触れてはだめだ」
と、真摯に口から零れた声に、カチッと固まり、聞き返す。
「あっ、あのっ…爆発とかっ?もしかしてしちゃいます…!?」
だからダメなの?そういう事なの??ていうか、その前に。近い近い近い近い近い近い近いぃぃい…!!!と。
——後ろからの抱擁感とか、半端ないヤツですね!!!?
と。混乱の極みに達したこちらの汗を感じたか。
ふっ、と力が緩まって。
「………これは、時の波。時波(じは)、というものだ。捕らわれたら、戻れなくなる…俺の、……」
「えっ…と、時波…?ですか??( ゜゜;)」
「……そうだ。これは、まだ小さい。だから、大丈夫かもしれないが…嵐は唐突に起きると聞いた」
「えぇと…あ、嵐?」
「時波嵐、だ」
——うぅん?えーと??……時波嵐(じはあらし)???
お初でーす、その単語…と。一瞬ポカンとしながらも。
私をすっぽり覆ってしまえる長身を屈めた人が、どことなく震えて見えてきて…。
「だっ…大丈夫、大丈夫です。ほら…」
言いながら添える手は、未だにお腹を抱き寄せているその人の手の上に。
——……一体、何を恐れてるんです?
そんな無言の問いかけ一つ。
そおっと体を反転させて、黒髪に隠れた瞳を追えば…どこか焦燥を滲ませた目が、気まずそうに左に逸れる。
それからほんの少しだけ、気恥ずかしそうな空気が滲み。あっ、そうっ、そうですね!だって私たち近いもね!?と、距離を意識した私もそこで、貰い照れをしたのであった。
——えぇと…じゃあ、取り敢えず……。
拒絶にならないスピードでゆっくり動きを取ったなら、指先から肘までの距離、人ひとり分の開きが出来て。それでも近いといえば近いが、お互いに客観視。少し頭が冷えたらしいクライスさんは小さい声で。
「昔、あれに巻き込まれ、戻れなくなった人が居る……」
と。
苦い空気を滲ませてポツリとこちらに語ったのである。
——それはどんな関係の人…?
一瞬、ぽかんとなった私が、反射で問いの音を出す前。
クライスさんは向いた体をフイな感じで反転させて、入り口で待つ精霊さんに何かの意思を伝えたらしい。時球をたくさん抱えた鳥がひらりと舞って、時球時計(スフィア・グラス)に回収してきたものを加える、ガラス玉がぶつかるような高い音が響き渡った。
その間、クライスさんはふらりと時計に近づいて。
ふと見上げた闇に滴る、光の雫の気配を感じ。
「あの、それって……」 どんな人———?
改めて問おうと開いた口は、不自然にならない程度にそのまま音を失った。
今は立ち位置を逆にした人、時計に近い場所に居るクライスさんが振り返り、逆光で薄ぼんやりと穏やかな顔をしている人に。
——あ。なんか、すみません。
最初に心で謝罪を一つ。
キン、と響いた雫の音に、大きな一歩を踏み出して。
この時の私の視線は、時球時計(スフィア・グラス)の天辺よりも高くにあった。
次の一歩でクライスさんの右側に無言で立つと。
チラ、とそのまま。見上げたままの視線の先を移動して。
困ったような苦笑を一つ。
呆気に取られたその人を、力一杯、押し出して。
キ、キン、キ、キ、キキ、キンッ。
と、今までになく降り注ぐそれに、ふと視線を戻したら。
駆け上がるウインドチャイムとパチリと弾ける時の波。
パチ、バチバチッと急速に膨れ上がった、嵐の種を眼前に。
——やっぱり、なんか、ごめんなさい。
思いながら封を千切った“風”の魔法の魔封小瓶。
時波が膨れる光景を見て、何かを悟ったクライスさんが足に力を入れる気配に、ドン!という爆風をそちらの方に開放し…。
ゴオッと荒れた取り巻く気体と、バチバチ弾ける時の波、は、離れた場所まで押し出され体勢を崩した彼の、少し遠い視界の中で———。
突如、大きな嵐となって、私の体を飲み込んだ。
*.・*.・*.・*.・*.・*
——クライスさんが居なくなったら、ちょっとマズいと思うんですよ…。
そんな間の抜けたセリフをぽつり。
少しした後、ブワッと四方に散り消えた風圧に、そっと目を開けながら。
振り子が揺れる、前の世界の古い古い大時計。
そんな時計を連想させる重い音の響く世界は…。
キラキラとした文字盤がまるで星空を思わせる、天一面を埋め尽くす、時の世界なのだった。