表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
21 トゥルリス・ポーダ
222/267

21−11



「おっ、お疲れさまですっ…」


 と、シュタッと右手を宣誓し、無言のままザバザバと水を掻き分けてくる人に。正面から対峙するよう、木陰から半歩前に出た。

 無口なのはいつもの事だが、長い前髪に隠れた瞳が、何を見ているのか分からない。

 返事のないままクライスさんは、ザバッと泉を抜け出して、カサッ、パキ、パキリ、と草木を踏む接近音で、私の半歩手前の辺りでゆっくりと歩みを止めた。


——うわ、近い!!


「えっ、と…あの…?」


 焦りよろしく、頭一つ分高い彼を見上げれば。

 不意に、ヒタっと冷たい右手が、私の頬まで持ち上げられて、つられて上向きになる、私の視界いっぱいに。

 こちらを見下ろすクライスさんの、熱い灰色の瞳が二つ……。


「———、っ」


 あ。

 ダメだ。

 これは、ダメ。

 これは…。


 これは……“男”の目———と。


「っ!?」


 認識するが早いか、カクン、と力が抜け落ちた情けないこの足は。

 クライスさんに見下ろされたまま、ずるずると膝を折り…。

 無意識に後ろに伸ばした左手に触れた幹。


——あぁ、よかった、手を付く場所が…。


 支えがあった、と後ずさるけど。

 無言の圧迫感を放つ目が、半腰になり、たじろいだこちらの姿を、再認識したのだろうか。

 先ほど頬に触れた右手がスッと耳元を掠めていって、じりじりと腰を屈める私の視線と同じ高さで、背後の幹に手を付いていく。

 まるで、逃がさない、そう言うように。完全に腰が砕けて座り込んだ体の右を、彼は変わらず無言のままに大きな体を屈めて下ろし、地面に着いた左手でしっかり退路を奪うのだ。


——わ…うわ、割られっ……足が割られる…っ!!


 と。内心、ヒィイ…!!!(゜Д゜||)(||゜Д゜)となりつつも、まぁ、そこは正直言って“好きな人”なのである。

 グッと体で押し割られたら、完全な拒絶もできず……。

 じわり、と近づいて来る熱を持った沈黙に。


——いや、まだ早っ…早い、気が、するんですけど…ねっ!?


 と。

 べべべべ別に嫌じゃないですよ!?前の人生だって、このくらいのイベントは通りましたし!?や!でも!でもですね!!若干の恐怖は否めない…ってか、これって…これって……!!そのまんま…!


——貪られるパターン!!…じゃ、ないですか!!?


 そろりと見上げた間近の顔に、ぴたり、と視線が縫い付けられて。

 あ、だめだ。欲しかない…と。

 青灰がかった強い瞳に、こんな時でも美形だな、と。


 いいけど。

 いいけど。貪られても。

 好きな人だし。“勇者様”だし。

 こんな美形に抱いてもらうとか、棚ぼたもののラッキーだろうし。


 大丈夫、だから大丈夫、と。冷静になれ!と思うけど。


「……っ」


 やっぱり、熱に浮かされているだけの、理性の欠片も無い人を見て。


——でも……でも…少しくらい………やっぱり…愛が、欲しい、かな………。


 と。

 つい、そう思ってしまった心に共鳴した何か。

 目元の涙腺が、じわっと涙の片鱗を上に押し上げて行った話で。




 まさにその時。

 少年勇者フィールくんのところでは、取りあえず宿屋に戻ったパーティと距離を取り、彼一人、風呂場に籠って溜め息をついていた所。

 突如、部屋のドアを破って乱入して来た女性陣、それに気付いた少年は素早くタオルを巻き付けて。


「背中を流してあげるわ!」


 という二枚羽根の幼女さまやら。


『あまり無理をするでない』


 という美貌の魔婦人さまやら。


「サービス致しますわよ」


 というフェロモンたっぷり人魚さまやら。


「っ、たっ、頼む!今日だけは!!そういうの、やめてくれっ!!!((;д; ))」


 と。風呂場を囲む防御魔法…別名、引き蘢り魔法、というのを何重にも展開し。




 ———他方。何も知らない勇者、美鈴ちゃんの所では。

 口が上手いイシュルカさんに乗せてこられたスイート・ルーム。

 ほあぁ、こんな豪華なお部屋がこの世に存在するのね…と。ズレた感想を抱いた彼女は、ほいほいシャワーを借りた後。

 年齢的にアウトよね…と、苦笑を零しながらも纏う、結構好みの白ワンピース、生地は心許なさげな様子、は。

 背を向けて仕事をしている“親切な男子”へと。


「あの〜、ところで、この世界って…風邪薬とか、あるのかな?」


 と。

 不意にこちらを振り返る、不思議で不思議な視線を受けて。


「ちょっと疲れが出ちゃったみたいで…なんだか、体が熱いんだ…(^ ^ ;)」


 と。

 瞬間、バサッと書類を落とした焦り顔のイシュルカさんに。


「美鈴さん。あんた、まさか…経験無しに留まらず、自分で…いや、いい」


 何となく突き放されて。「え?うん?(・・;)」と焦りを露にした彼女に対し、腰を持ち上げズンズンと近づいて来た“親切な”年下男子。

 一瞬の無表情を受け、え?と見上げた彼女の耳に。


「一度しか言わないからよく聞いて。その“熱”は風邪じゃない。性欲、ってやつだよ」


 と。

 耳元で囁く声と、直球の突っ込みを受け。彼女はガッと熱を沸かせるも。


「あぁ…もう、嘘だろ」


 と、態度を豹変させた男に、ガシッと腕を引かれて進む、薄暗い別部屋の扉。


「精霊王をあんたの体で喚び出したのはこの僕だ。あれだけのレベル差と、与えた攻撃の強さからして…尋常じゃない性欲が襲ってくるのは仕方ない。勇者ってのはそういう体。強い敵を相手にしたら、自然と血が滾る。それゆえの性欲だから、何もおかしい事はない。もちろん、個人の“耐性”もある。女性なら開発具合とか」


 説明しながら親切男子は、彼女をグッとベッドに引いて。


「大事な事だから、もう一度言わせてもらう。精霊王をあんたの体で喚び出したのはこの僕だ。だから“その責任”は取る。取る…つもりだったんだけど」


 クッと歪んだ男の笑みは、自嘲だったのか、嘲笑なのか。

 ハッと意識を取り戻し、怯んだ彼女を離さずに。


「まぁ、処女なら仕方ないよね。じゃあ、クスリから試してみようか———」


 そんな暗雲立ちこめる、召喚勇者の受難の予感に。




 つうっ、と流れ落ちたのは、溢れてしまった私の想い……。


 や。少しでいいのよ…と。

 好きな人だから嫌じゃないけど…一握りでも愛が欲しいな…と、思ってしまっただけだから。

 でも、その…ちょっとだけ。無理っぽかったら…まぁ、仕方ない。

 これは思わぬ事故だから…って、諦められなくもない、かなぁ…?

 と。


 きゅっと瞑った漆黒の闇に、左肩口に唇が触れ……けれど、いつまでも変化が無いのを、訝しく思った頃だろう。


「……ベル」


 と聞こえた深い声音が、ゾクッと体を粟立たせるが。


「あの時の線香を……出してくれないか…?」


 と。


——せんこう…?線香…?線香なんて……。あっ、もしかして、あの時の…??


 別の意識で力が湧いた右手でガサゴソ探るのは、銘入り高級革袋(ブランドバック)にしまわれた、いつぞやの太いやつ。mammo-th(マンモ・ス)商会製の、鎮静効果がある線香。


——そうか!鎮静!!鎮静だ!!!


 それ大事!すごく大事!!と。「こっ、これですか!?」な勢いで二人の間に持ち上げるのは、先を削れば杭(くい)として使えそうでもある大きさの、臙脂色(えんじいろ)の線香だ。

 勇者様はふと線香に視線を向ける気配で、右手で軽く掴むと、地面にぐさり。天辺に手をかざし、ファイア、と呟いた。

 程なく辺りに立ちこめるのは、あの独特の香りである。


「…すまない。もう少し、このままで」


 グッと力が入ったらしい、私を囲う両腕を感じ。


「はっ、はい!大丈夫です!!」


 と、コクコク頷くばかりの私。


「あと二本、貰えるか?」


 な、線香の要求を受けて、どうぞどうぞと差し出した異様な景色の中に。


「…この、腕の痣」


 まるで、どうした?と問われた声。


「えっ、痣?これ…あぁ、あの時の……?フィールくんがちょっと強めに掴んだ時のですかね…?」


 と。徐々に理性を取り戻し、さっきの空気は嘘だったよね、と。そんな雰囲気の所まで回復した会話の中に、勇者様は「そうか…」とポツリ。「ヒーリング」と唱えた魔法で軽く痣を癒してくれる、な、親切ぶりを復活させるまでになる。


「…回復魔法も使えたんですね」


 ははっ、と笑う見えない顔で。


「小回復しかできないが」


 と、勇者様は苦笑する。苦笑だった、と感じた時には、気のせいなのか。

 ふと首筋に唇が触れ、まるで音のないキスのようだ…と。

 ただの“姿勢を戻す”に添った、衝突事故な触れ合いだよ、と。神経が逆立つ体に、私は強く言い聞かせ。

 程なく姿勢を戻して座る、ぐったりとしたクライスさんと、ちょっとドキドキ、体を幹に凭れて臨む夜の泉に。


「助かった」


 という呟きを受け。


「いえいえ、これくらいの事でよければ」


 私は地面に刺さる線香を、横目にしながら遠慮する。

 ついでに、乙女のドキドキイベント、どうもありがとうございます!と。ちょっとだけ思い返して、内心、語ってみたところ。

 スッと伸びた長い指先が、頬に付いたままだったらしい、流れ落ちた涙の名残をすくい取っていったのだ。


「怖がらせて悪かった」


 という、誠実な謝罪を聞いて。

 や、大丈夫、大丈夫です!といつものように両手でアワアワ。

 帰るか、という落ち着いた声に、はいっ、とお尻の草を払って。

 一瞬だけ向けられた、こちらを見下ろす横目の中に、どこか名残惜しそうな愛欲が見えたのは……。


 まぁ、気のせいじゃないですか!?

 と、ははっと明るく心で笑い。


 私達はそこそこの距離で、ポーダの町へと戻ったのである。



*.・*.・*.・*.・*.・*


 勇者の嫁になりたくて。

 異世界からの転生者、ベルリナ・ラコット18歳。

 冷静に思ってみれば、何か逃した?な状況ですが。

 フィールくんパーティはどうなった!?とか。イシュと美鈴ちゃん、どうなった!?とか。全く知る由もない私。

 けれど、まぁ、それなりに…なんとかなったんじゃないかなぁ?とだけ。

 勇者様と私の方も、また同じ距離に戻って…。また今までと同じよう、旅を続けていく訳です。

読了お疲れさまでした。

線香、やっと出せました。

読み飛ばしたのではないか?と気にさせてしまった皆様、大変お待たせしました。


極太線香:mammo-th(マンモ・ス)商会製。鎮静効果+副作用あり。副作用:性欲減退。そういやあの時も、それなりのレベルのボスと戦っていたかもしれない…的な。なんでそんなもの焚いてるの…?なクライスさんの困惑顔と、まだ手は出さないでね(笑)、なイシュルカさんのしたり顔。やっと明かせる副作用…いや、副効果なのでした。



それでは次話へどうぞ!です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ