21−10
東の勇者パーティの最高到達階層は83階だった、という情報が冒険者ギルドに掲示されたのは、その日の夕方の事だった。そこで広範囲にわたるフロアを巻き込んだ“大規模戦闘”が起こる可能性の示唆がなされて、くれぐれも注意するように、とのギルドからの通知があった。
ざわざわ沸いた掲示の中には、あの戦闘に参加した強者の名前が記され、知られる事を遠慮した私とイシュと美鈴ちゃんだけ、その名前の羅列の中からそっと存在を消してもらった。
精霊王を召喚する媒体となった後、しばらく意識を飛ばしていた美鈴ちゃんだったのだけど、帰りの紋章前でぼんやり意識を戻したら、イシュにお姫さま抱っこされているのに気付いて飛び起きた。戦闘参加のレベルアップで体力・魔力は問題ないが、精神的な疲れとか、持久力的な疲れとか。それなりにあるだろうに、イシュが差し伸べる手を拒み、ふらふらしながら帰路につく。
フィールくんのパーティは、一時、クリュースタちゃんの聖気不足でオロオロと慌てるも、偶然私が持ち合わせていた“聖石”からの変換で、事なきを得て落ち着いた。
ついでにエルさんにも大きめの魔石を渡したが、パシーヴァにでもくれてやれ、労ってやれ、と遠慮され…魔石食べる?とジャーキーよろしく魔獣さまに差し出した。パーシーくんはその場でしばらく魔石をポリポリ齧り、飲み下したら尻尾を振り振り「ではな」と言って消えていく。
地味に働いてくれていたイグニスさんも、ちょっとボク疲れたかも☆とサヨナラを告げて消えていく。
そこで少々一悶着あり、竜王さまがインするイベント…もとい、フィールくんへの愛の告白劇があり…。
「余の群青に純白を混ぜたこの色味…其方は美しいな」
と呟いたその後に。
「……爺、どうやら余は男色だったらしい」
な、ものすごい衝撃と。
「なに、案ずる事はない。稚児が欲しくば授けてやる。転換式がどこかにあったな。余ほどの王ならば、それもまた可能である」
と。
あ、性転換のアイテムはそちらの国にありましたか、な。
深い…何かの呪いの視線を、少年のいる方向からちょっと感じてみたりした。
もちろん、すかさず。
『させぬ!』
「させない!!」
「させません!!!」
と、入ったが。
複雑な話になりそうだったし、揉め事はそちらで頼む…と。
彼のパーティを後ろに残し、我々は塔を後にした。
1階に辿り着き、美鈴ちゃんの保護者な彼はイシュに何事か提案されて、一度仲間との連絡を付けに町の中に消えていく。
レックスさんも「じゃあ、またな」と微笑を讃えて去って行き…。
東の勇者パーティは、一路、ギルドの扉をくぐり、およそ一時間ほど経って、一人、また一人、と散っていく。
ベル殿、お疲れさまでござった、と若いレプスさんに労われ。大変だったな、今日はよく休むんだぞ、とライスさんに声を掛けられ。お互い頑張ったな、とソロルくんが素っ気無く言い、また明日…とシュシュちゃんが無表情で去って行く。
最後にそっと出て来た人を、ん?どこ行くの??と後をつけ。
足早に町(ポーダ)を出て行く勇者様を追いかける。
近場に広がる草原を抜け、木立を分けて足を進める彼の速度に撒かれるも。
森も深く、日が落ちて、足元が頼りなくなる頃に。
ぱっと開けた泉の奥の深いだろう滝壺に、どこか足場に乗っているのか半身を沈めたクライスさんが、ザアッと落ちる滝に打たれてこちらに背を向けているのを、見つけてカサッと草を踏む。
——後ろ姿がどこか辛そう…。
どうやら前の世界にあった精神統一の修行じゃなくて…。
——いや、修行なのかなぁ?何かに必死に耐えている??
と。
どう考えても冷たいだろう、頭からずぶ濡れな姿を、もしかしたら来ちゃいけなかったのかな?と、何となく気まずい気持ちで…。そのままじっと木陰から彼の姿を眺めていたら。
ふと、こちらに気付いてしまったか。
ゆらり、と向き直る、クライスさんの双眸と…。
——……あ。まずかったかな…?
目が、合ってしまった———、と。
なんとなくその場の空気で、私は声を飲み込んだのだ。