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その後、数回のエンカウントで、10階までのモンスターを狩るのはこっちのパーティの仕事と相成り、殆どの経験値を美鈴ちゃんが持ってった。ヘルメットにムンクをかざす妙な装備の女性を前に、クリュースタちゃんは変人認識、ネルさんは痛い子認識、エルさんだけは『精霊魔法…』と少し驚いた様子だったが、結局、哀れな娘よな…と、そんな認識で落ちついた。
こちらが敵を狩ることで、フィールくんのハーレム女性は一先ず争う事が無くなり、一瞬落ち着きを見せたけど。程なく“誰が隣を歩くか”という、そんなしょうもないネタにより、後ろでゴタゴタし始めた。
美鈴ちゃんのレベルが上がり、階も9階に達した頃には、私のレベルも1つだけ上昇をしてみせて。やったー!と思いながらも、やはり悩ましい数値の伸びに、何となくガッカリしたのはここだけの話である。
何故か合体してしまった目的の違うパーティは、順調に階を進めて10階のフロアを踏んだ。戦闘に慣れてきた美鈴ちゃんを先頭に、真後ろに私を置いて、さらに後ろ両側をイシュとエルレイムさんが固めて進む。時折、フィールくんが口論から逃げてきて、私に救いを求めるという妙な図だ。
そんな訳でまた逃げて来た隣の勇者な少年に。
「そういえばフィールくん、あのローブ、脱いだんですね」
と。
まるで“勇者とは思えなかった”陰鬱な印象のアレを。
ちょっと直視は怖いけど、チラ見程度なら大丈夫だろう。そういう訳で、勇者をチラリ。伺いながら問い掛ける。
「…あぁ、あれな。なんつーか、もう効果とか無いだろうし。で、少し前に売ってきた」
と、返してくれる律義な勇者。
白群色の長めの髪はさらさらと風に舞い、紫と金で彩る瞳、頬に美しい入れ墨(タトゥー)を入れて。黙っていればマジ美少年…若干厨二が入ってるけど…と、余計な一言をそえて見る。
「師匠が“脱ぐな”って言ってた意味とか、ようやく分かったんだけど。もう、特殊スキルランクがMaxまで上がっちゃったし……喧嘩は多いんだけど、なんだかんだで皆、助けてくれるから…」
すると「おぉ、地獄耳…」な間髪入れないタイミングにて。
「当然じゃない!」
「当然ですわ」
『これ以上余計な虫がついてたまるか』
と。後方からの射撃が飛んで。
えぇと…よく分からないけど、ローブは何かのバリアだったの———?そういう微妙な考察にて「はぁ…」な返事を出しといた。
そこでフと思い当たって。
「そういえば、あれから旅先でたまにお会いしますけど、もしかしてレベルが上がって仕事が振られるようになったんですか?」
そんな疑問を振ってみる。
エルさんと会ったエディアナ遺跡、その頃にはまだレベルも30台だった筈。クリュースタちゃんと会ったとおぼしき中都市ラピサでは、単にすれ違っただけの再会だったけど。パルシュフェルダでネルさんと会い、その後、逃走しながらも背後の圧力を推測するに、勇者としての格が上がったか?と、思わなくもなかった訳だ。
まぁ、なんでラピサに居た?とか、なんでパルシュフェルダに来てた??と、そういう疑問もある訳なのだが。要は、勇者のレベルが上がって仕事にかり出されるようになったのかな?と。
フィールくんはその問いを聞き、一瞬ポカンとした後に。
「いや?ギルドからはまだ何も言われてないけど…」
そうか、そのうち仕事になるのか…。そんな音もない声を出す。
そこへ届いた艶やかな声は。
『違うな、フィールよ。この娘が問うているのは、何故、旅先で我らと遭遇するのか、という事だ。旅の目的を聞かれておるのよ』
そんな修正をしてみせて、「え、あぁ。そういう事?」と。彼はこちらに問うてくる。
ジャパニーズな血の手前、湾曲させて投げた疑問を直球で返されて、若干「おぉ…」と怯んだが。
「レアアイテムを探してるんだ」
少年は意外と早く正直に答えてくれて、それまでの経緯を思い出したか、難しい顔をしながら溜め息を零してみせた。
「はぁ、レアアイテムですか…」
「そう。レアアイテムって言えば高レベルダンジョンだろ?だから、竜の山とか聖獣の森、機械塔に光の神殿、パルシュフェルダにあるって言われる海底ダンジョンとかに、挑もうと思って行った訳。だけど…」
「只今、“海竜の巣”には次代の竜の卵が眠っておりますの。ですから、愛しい人のお願いでも掟を破る訳にはいかないのですわ」
不意に口を挟んできたのは“人魚姫”らしいネルさんだ。
「海底ダンジョン…海竜の巣……」
と、思わず返した小言を拾い、「だから、そういう訳で行けなかったんだよ」と。フィールくんは投げやりに言い、それでもう仕方ないから“ポーダの斜塔(ここ)”に挑みに来たって話、そんな風に話を締めた。
海竜の巣…は置いといて、竜の山、聖獣の森、機械塔に光の神殿、これらはいずれも高レベルダンジョンに分類されて、挑む者の少なさ故に希少な素材の宝庫であるのに間違いはない。だが、レアアイテムと語るにはやや箔に欠けるというか……何となく、中途半端感が否めない。
そもそも君たち、“勇者パーティ”という分類に入るのだから、ここはガツンとレベルをあげて邪神殿(イービル・キャッスル)を目指すとか、死ぬ気で境界の森(リメス・フルール)に突っ込んでみる、だとか。古本屋で見た怪しい史書にはここ三千年くらい、そこには誰も足を踏み入れてはいないとあったので、入り口の素材アイテム系でも相当レアでしょうよ、と。
いつの間にか、たった一人でモンスターを排除していた美鈴ちゃんの背中を見遣り、あいつ成長早いなぁ、と漠然と思った私は、そっちの方も漠然と「ふーん」と思って黙る。
ちょっと話を戻してみれば、やっぱりあったか海底ダンジョン、だけど今は挑めないのね…なちょっとしたガッカリ感か。人魚姫があると言うなら、それは100%あるって事だ。
「そういえば、クライスさんがまさに今、此処に挑んでいるの、当然知って…ます、よねぇ」
若い勇者と現役勇者、あっ、あと異世界勇者!が、同じダンジョンに挑んでるって結構レアな事態かも。
ふと思い当たった話題を持ち上げ、ソッコーで滑らしたけど、勇者たるパーティの情報網とか、馬鹿にしちゃだめだったよね…。そんな反省を浮かべてみせて、「当たり前だろ」を期待する。
が。
「えっ!?それホントか!?クライスさん、来てるのか!!?」
急に目が輝いたフィールくんのパーティは……。
——あっ。コレ、情報系に疎い系のパーティだわ。
と。
誰もが「?」な空気を浮かべ、誰?みたいな横目をくれれば。
逆に私がガツンとやられ、ふらふらたたらを踏む事態。
えぇ…なんでもあっちのパーティ、昨日の時点で80階よ?と。ポツリと返してやれば、「さっすが、クライスさん!!もちろん史上初だよな!?」な勢いを見せるフィールくん。え、何、君って勇者様のファンだったの??( ´△`;)と。首だけ上下にコクコクやれば、クライスさんカッコイイぜ!!とガッツポーズをかます少年。自分のパーティの口論とかのそういう疲労をすっかり忘れて、彼の足元にはみるみると力が入る。
またしても最前列でモンスターを屠った彼女は、そっちはそっちで充足感、な晴れ晴れとした顔をしていて。
——あっ、やった、10階終わり!
と。階段エリアの空気をつかめば。
曲がり角を曲がる所で、おそらくそれが記録媒体、そして転送装置でもある、な巻貝の紋章前に。
バックスタイルを見ただけで、そびえ立つ美丈夫の気配。
息を飲んだ数名が、誰ともなしに足を止めれば。
のっそりと、その男はこちらの方を振り返り。
「……いつぞやの“魔獣”使いの娘。お前、鍵を持っているな———?」
など。
ぎょろりと向いた縦長の両目で、こちらを見下ろして来たのであった。




