21−3
翌朝、あれだけくだを巻いたのにスッキリ顔で起きた彼女に、おはようございます、と洗面用の水を差し出し。あれから何をどうしたのかと顔を青くした美鈴ちゃんへと、事情を少し伺いました、そんな事実を語ってやった。
確か、パーティのリーダー的な大司教の兄さんが、この街の神殿からお願いされて滞在中…。真っ先に例の四人は自由行動を申請し、保護者役の兄さんが美鈴ちゃんを押しつけられるも、私だって自由が欲しいわ!と。彼女の方がなんだかんだと理由を持ち出して、なんとか個人行動時間をもぎ取った…な流れだったか。
「では、準備が済み次第、さっそくお出かけしましょうか」
イイ笑顔で語るこちらに、一体何を感じ取ったか。美鈴ちゃんは硬直するも、テキパキと身なりを整え。まずは宿屋の一階で朝ご飯を取ろうとすれば、お小遣いは貰ったものの、使い方がわからない…と。
——えっ、保護者さん、貴方一体、彼女に何をしてきたの…?(゜ー゜;)
違うか。何もしてこなかった、だから今の美鈴ちゃん…。
これは通貨の使い方から叩き込まねばならないか…と。一瞬、視線に決意が滲み、再びビクッとなる彼女。
「失礼ですが、以前はどんなお仕事を?」
おぼろな記憶のままならば、中堅企業の経理寄りの事務職だった気がするけれど。
こちらが問えば、彼女は不意に向こうの世界を思い出したのだろう、少し目元を赤くしながら「事務職です…」と呟いた。
「計算などは?」
知っているけど、そこも一応聞いておく。
美鈴ちゃんはこくりと頷き、たぶん得意な方かな…と。
「では、ご飯を食べた後、一通りの装備を揃えに商業区へ行きましょう。えぇっと、文字は読めるんですよね…?」
「あ、うん。そこは大丈夫みたい」
「それは良かったです。これが朝食のメニューになって、こっちの数字の横の所に記号が一つ入ってますよね。これが赤銅貨を示す記号で、隣の数字が何枚か、です」
赤銅貨は前の世界で百円くらいの価値ですよ、とか。言えたら簡単なんだけど。
そこは取りあえず“他人”の手前、それから、お互いが生まれた世界を異とする手前、その辺のトコは黙っとく。
自分より年下な女子から急に、前の世界で貴女の母親でしたよ、なんて事。言われても困るだろうし、一応、成人したと思ってる一個人であるわけで…無いと思うが、それを理由に頼られ過ぎてしまうのは、全くこちらの本意ではない、そういう事だ。
私達は適当にオーダーを済ませると、私は総菜パンにスープのセット、彼女はオムレツにスープのセットをそれぞれ受け取り、窓際の席に着く。
たぶん、料理名だけでは判別できなかったのだろう。「オムレツだぁ…!」と喜んだ彼女の気分は、フォークを入れてドロッと出てきたキノコのホワイトソース和えを見、「きのこ…」の嘆きで降下した。あっ、そういやこの子、キノコ苦手だったわね…と。先に教えてあげれば良かったかしら…?そんな風にも思ったけれど。過保護は良くない、過保護は良くない、二度ほど自分に言い聞かせ、私は素知らぬフリをした。
それから程なく良い感じにお腹もふくれ、人通りが増えた路地を見、そろそろお買い物に行きましょう、と。我らは宿を連れ立った。
本日、始めに目指すのは、商業区という新興区画。
少し詳しく語ってみると、そもそもここは約一年前、タケノコよろしく大地から突然ダンジョンが生えた町として多くの人々を驚かせ、今も急速な発展を遂げ続けている町である。クアドア王国内でも村より少し大きいくらいの小都市だったこの町は、斜塔が生えてからというもの、国の調査隊を先陣として多くの冒険者のみならず、ダンジョンを研究している学者達を引き寄せた。そうして人が人を呼び、町の規模はどんどん拡大。区画整備もままならないまま今も発展を続けている。
古いものと新しいものが入り交じる商業区画は、ダンジョンから持ち帰られる新しい素材を含め、眺めるだけでも充分に満足できる場所であり、思いがけない良品を掴める可能性が高いといえる穴場としても有名だ。かといって、イシュのように鑑定・鑑識スキルを持つでもない一般人、レアアイテムを手に入れる!という意気込みは無駄だろう。
幸い、例のダンジョンは塔タイプではあるものの、いかにも“ダンジョン”らしいモンスターレベル上昇タイプ。冒険者ギルドに張られた説明書には、二階からエンカウントが始まる事と、それこそレベル1からのスタートである事が、見える所に書かれてあった。だとすると、初期装備的には安い防具で済む筈で、たぶん保護者さんに貰ったお金で事足りる筈である。
数日間の滞在…という話からして、まぁ、今日明日を乗り切るくらいのお金は、素材を手に入れて売ったお金で賄える筈でもある。私のレベルはここ暫く15から動いてないが、勇者職という美鈴ちゃんの潜在能力と、自分の特殊スキルからして、まぁなんとか彼女のレベルを20くらいまでは上げられるかな…?と。同時に目算している所だ。
そんな話をつらつらと考えながら歩いていれば、一人歩きではあまり余裕が無かったのだろう、美鈴ちゃんの気持ちも軽く、色々目移りするようである。視線をあちこちに飛ばしては、私に聞いても良いのだろうかと気配を探っているようなので、少し笑いが湧いてくる。そこまで気を使わなくても、普通に聞けばいいのになぁ、と。まぁでも、突然異世界なんて気を張って然るべき…保護者さんもパーティの人達も、どうやら男性のようなので。萎縮しちゃったままなのかもな、と。それなりに不憫…とは思う。
何か気になるものがありますか?と、普通に普通に問い掛けたなら、背中の後ろに尻尾が見えて思わず「ふふっ」と笑ってしまう。あれは何?あれはどういう?やっぱり職業で服が違うの?———質問は様々で、うっかり「前の世界でいうと…」と言いそうになる説明を、濁し濁し答える仕事の難しい事といったら。ムンバの肉は鶏肉の味、で済む話だったとしても、ムンバはムンバの味ですよ?と、ボケるしかなかった私は。最後の方では、グッタリしながら、口から魂が抜けかけていた。
あぁ、やっと商業区!と喜ぶのも束の間に、軽食(ファスト・フード)の通りとは一味違う大混雑。武器も防具も滅多に買わないからなぁ…と、いつもは避けて通る業種の賑やかさに若干怯む。こりゃ、店先を覗くだけでも大変そうだな…と。ちらっとそっちに視線をやれば。
「うわぁ…!すごいね!まるでゲームの中みたい!!」
と、キラキラ笑顔の美鈴ちゃん。
「ねぇねぇ、ベルちゃん。そこのお店から覗いてみようよ!」
と。
言うが早いかこちらの腕をさり気なく引っ張って、人ごみにグイグイ攻めていく。
なんというバイタリティ…(・・;)と戦いているうちに、「わ〜、これって皮の胸当て?こっちの方は鎖帷子?あっ、すごい、これってレイピアってやつじゃない?肘当てに膝当てに…何これ!?あはは!これにする〜!」と、引っ張り上げたヘルメット。
——……頭上の文字が…こっちの言葉で…あ、“安全第一”と。美鈴ちゃん、それ、引いちゃうか〜。
と、思うのは前の世界での紛う事なき血の繋がりか。
確かに彼女が引かなかったら、きっと自分が購入していた。そんな確固たる自信があって、私は「ははは」と空笑う。
値段は銀貨1枚程度。店主の方も珍妙な品を引き取ってくれる客とあってか、おっ、姉ちゃん目利きが良いね!と威勢良く持ち上げて、気をよくした彼女の方も、まんざらでもなくお金を渡す。こっちの世界の常識からして、その付け値から割引できたが…まぁ、お互い清々しそうだし、言わなくてもいいか〜と。美鈴ちゃんのほくほく顔を横目で見るのであった。
「ところで、武器の類いとか…」
「あっ、そうだね。武器だけはあるよ。えぇと、私の特化が攻撃系の精霊魔法なんだって。だから杖を借りたんだけど…えっと…杖でいいのかな??」
「なるほど。魔法発動の適正があるのなら、魔法使い用の杖で武器は合っていると思います。今、頭の防具を購入したので…残りは胸当てと…気になるなら軽い脛当てと篭手があればいいかな、と」
私もここは彼女に合わせて、簡単な装備を身につけよう。そんな感じで、あれやこれやと一通り揃えたら、次に回復アイテム類を一通り揃えるために、調合師が店を出す通りの方へと歩いて行ったのだった。