21−2
「はぁ〜…美味しい……お母さんの味…」
一口飲み込み呟く女性は、目元をうるうるさせながら、手に持たせたお味噌汁をじっくりと味わって。
はぁ…はぁぁ……と重い溜め息を、口を離す度、零すので…。
「ど…どうしたんですか?何か深い悩み事でも…??」
つい、娘に似ているよしみで親切心を見せたらば。
「あっ…ごめんなさい。……でも、あの、少しだけ…相談に乗って貰ったりとか…」
いいですか?と視線が語り。
異国情緒漂うスープに人気の気配が無いのを思い、ちょっと待ってて下さいね〜、と手早く処理を終えた私は。その後、その場の女性を誘いさっさか己の宿を目指して、商業許可区を出ていたり———。
「どうぞ、中に入って下さい」
いずれの町でも選ぶランクの小綺麗な宿屋に戻り、付いて来ちゃって良かったのか?と今更悩む仮・娘さまに、どうぞどうぞと入室を勧め、着席を勧めると。私はささっと鞄に手を入れ、つまめそうなおやつと共にお酒の瓶を取り出した。
またしてもどうぞどうぞと、コップと皿を前に置き、度数低めのお酒です、とそれぞれコップに注いでやれば。こちらが飲み込む姿を見てから仮・娘さまは口を付け、あぁ、危機感がある子で良かったわ…とか。変に感心した私。
ラーグネシアを発つ時に餞別として貰ったお菓子は、さて、いい仕事をしてくれるか、と机の上を眺めて伸ばし。バターたっぷりのサクサククッキー、こちらのカカオのアマンド・ショコラに、あ、もう少し度数が欲しい…と何気なく思っていれば。
「…うわぁ、美味しい」
なんていう、心砕けた感想が。
そして、辛いお酒があれば…な顔をしたお向かいさんに。
——ふふっ、似てる…。
と微笑んで、ひと瓶、机に加えてみせる。
「あっ、そうだ。自己紹介とかしてませんでしたよね…!私、間宮美鈴と言います。えっと…こっちだと、ミスズ・マミヤ?」
ガリッといったアマンドさまに、ついでに指を齧りそうになり。
「ま、間宮っ??えぇと…美鈴さん…???(゜△゜;)」
まんま、異世界の娘じゃねーか…と、口調が若干荒れた私は、そのまま「間宮・美鈴で合ってますよ」とか、ツルっと口を滑らした。
黒髪に茶色の瞳。よくよく見れば日本人。えっ、何で??いや、意味が…。と大混乱のこちらを見遣り。
「あっ、そうですね!私の名前はベルリナ・ラコットと申します!」
と。
どうぞベルとお呼び下さい、急いでそれを付け足して。
「じゃあ、その、ベルちゃん、と」
呼ばせて貰おうかな、と。にこっとはにかむ真・娘さまは、記憶の通りの照れ顔で。少し顔を曇らせてから、いっそ作り話の類いと思って聞いて貰って構わない…と。
「実は私…違う世界から召喚された異世界人で……。ここの事、よく知らないんだ…」
と、心底困惑した表情で、不意の一発を呟いた。
咄嗟に私は「記録にあります!美鈴さんだけではないですよ!」と。過去の文献の記憶を辿り、言い募ろうとしたのだが。彼女はフッと哀を滲ませ、ふるふると首を振る。
「それだけじゃないの…。その、私、職業が“勇者”らしくて…」
途端、まじか!?と思ったこちらに、衣類をごそごそやってみて。「ほら」と言われてぱっと出されたステータス・カードの一覧に。
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勇者 間宮・美鈴 36歳 ♀
レベル 1
体力 70 知力 31 魔力 160
スキル 気配隠滅 3/10
精神統一 3/10
直感 2/10
境界神の加護
調和の女神の加護
語学神の加護
大精霊の加護
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——って、レベル1で私のステータス余裕で越してるしっ…!!!
という、勇者職の脅威を知るのであった。
度肝を抜かれた惚け顔にて思わず沈黙していると、美鈴ちゃんは溜め息一つ。
「……私をここへ呼んだ人…えぇと、一番偉い人?はさぁ、なんか…何となくだけど、召喚が成功するとは思ってなかったみたいなんだよね。すごく吃驚されたから、たぶん、余暇的な何かだったのかな?って感じだったよ。でも追い出されたりしなかったから、親切な部類なのかなぁ。ご飯も三食出してくれたし、部屋ももの凄く豪華だったし。でもさ、やっぱり何もしないで養ってもらったりとか、いい大人が恥ずかしいから、せめて自立しようと思って。冒険者?とかいう職業があるみたいだったから、当て所ないけど、旅に出てみようかな、って」
私としては、一般的な知識が付くまで、ちょっと地元の人とかを…付けてくれる感じでいいと思ってたんだけどね〜…。
と。
そこで再び息を吐き、陰鬱そうな表情(かお)をするから、あっ、これは“お付きの人”に何か問題発生か!?と。
「気が合わなかったり…とかですか?」
先を促し問い掛ける。
美鈴ちゃんは一瞬硬直、ひどく困った顔をして。
「……気が合わない…とかじゃなく。それ以前の問題というか…」
視線を泳がし、これは言ってもいい話なのだろうか、と。逡巡する素振りを見せたので。ここはお酒の力を借りましょうか、と更に強めのものを取り出し、互いのコップに足してみる。
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その結果。
「70%ホモパーティって!!ちょっとどうかしてるでしょ!!!?いや、同性愛を悪く言うつもりとかはないけどね!?愛があれば種族の壁も越えちゃって良いと思うけど!!だけど!だけど!だけどやっぱり!四六時中イチャイチャされて普通の会話も出来ないとかさ!!大人としてどうなの!?ってか、少しはお互い歩み寄ろうよ!!?そりゃ、こんなおばさんのお守り押し付けられちゃって、大陸中を旅しろとかさ、面白くないかも知れないけれど!!こっちだって好きでこんな職業になった訳じゃないんだし!!……わぁあんっ、せめて、せめて、レベルアップしたいよ〜〜!!!いっつも勝手に戦闘終了すんな!あんの色惚け軍団がっ!!!」
な、散々な荒れ模様。
ワインボトルな瓶を三本、開けた辺りから泣きが入って、くだを巻き巻きぐずぐずと机を叩いて抗議する。
——……美鈴ちゃん…そんな苦労をしているの…(゜゜;)
な元・母は。
——これは…イシュなら召喚元を知ってたりするかしら…?
と。泣き寝入りした彼女をよいしょ、とベッドまで運び入れ、通信用の魔道具片手にコール音を三回聞いた。「はい」と返るいつもの声に、仕事中に失礼します、と。
「急ですが、明日ちょっとだけお時間頂けますか…?」
懇願してみたこちらに対し、魔道具越しに彼は頷き。
『あぁ、うん。もちろん良いよ。彼女に会ったんだ?』
という、ちょっとした爆弾を一つ。
そして。
「……イシュ、もしかして、知ってましたか?」
な静かな問いに。
『当たり前だよ。僕を何だと思っているの』
な、クツクツ笑う含み声。
——って。………イシューーーーっ!!!!(|||_|||)
そこ黙っとく所じゃないよねぇっ!?
いや、転生した時点を以て、既に赤の他人な位置だが…!!
でも、縁とか縁(ゆかり)なものとか!!ちょっとくらいあるでしょうよ!?と。
記憶の中より大人になったが、なんだかちょっとストレス的に危うい感じの彼女を見遣り。イシュに対する文句は飲んで、では明日の夕方に、と。
あぁ、だから付いて来たのか———。げっそりしたような気持ちに浸り、でもまぁ、おかげで客観的にお付き合いできそうです。何かに傾き過ぎることなく、と。彼なりの親切を感じて、ふと表情が和らいだ。
ラーグネシアの城下町を発ち、女神降臨の噂と共に隣国・クアドアの国境線を跨いだ勇者様らは、後ろに私とイシュを引き連れ、とある街へとやってきた。
道すがら、例の姫君が加護を剥奪されたらしい、そんな噂を耳に挟んで、イシュと大人の話を少々。他国にもファンはたくさん。誰からも好かれていた話では…?と。思ったこちらの内心をよそに、噂は厳しい内容(もの)だった。
無実の娘を殺そうとした、なバッチリ路線の話もあれば、実はどこかの姫君を平民といって殺そうとした、など。そうだったらいいのにな、と思わないでもなかったが。実はその娘のみならず、たくさんの貴族の娘を陰で殺してきたらしい…という大量殺人路線もあれば、その娘達の生き血を啜って美しさを保っていたらしい…など、マッドというか、サイコというか、そんな路線の話もあった。
一応、一様に根底にあるのは、東の勇者への恋慕だったが。そんな人間が好かれる筈、無い。俺はちらっと見た事あったが、あの姫様の異様さはその頃から滲んでいたぜ、と。明らかに何かへの嫉妬だったり、自己正当化、自慢の類いの、乗っといた的な話だったり。聞いていて、やや不憫に思えるほどの、言いたい放題…な雰囲気だった。
イシュが自業自得というのも、それだけの社会的地位…信じたものを裏切ったという報いなのだろうから、と。そう思えども飲み下せないモヤモヤがあったりで、姫君が殺そうとした娘は実は勇者の想い人、という、平時なら「ごちそうさま( - 人 - *)」な話に遠慮を感じてしまう。
例の監獄に東の勇者の手形が付いてるらしいぞ〜、とか。げらげら笑う酒場の民がまことしやかに語った時は、「そういやそうだ…!」とちょっとだけ、汗を流したものだけど。この街に入れば話題は代わり、少し心が落ち着く反面、急な出会いがあったりで。
イシュがこうして居てくれる…だからこその平静かも、と。窓の外に聳える“塔”を、勇者様を想って見遣る。
勇者パーティはこの街で、およそ一年前に生まれた新しいダンジョンへ、国やギルドの依頼を受けて只今、挑戦中らしい。
——まぁ、タイミングはいいのかも?
ふと美鈴ちゃんに視線を落とし。
——前の世界の縁だから…職業訓練してあげましょう。
ちょうど目と鼻の先、この街にはポーダの斜塔(トゥルリス・ポーダ)があるのですからねぇ、と。
レベル20の手前くらいまで、教えてはあげられそうだ———。
私は明日の予定を組むと寝袋を取り出して、前の世界の元・娘さまのベッドの横で目を閉じる。
あぁ、こういうの、懐かしいなぁ…と、思うのも束の間に。
睡魔は予想より早く、私の意識を飲み込んだ。