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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
20 賢王国ラーグネシア
208/267

20−10



 ひっそりと開廷された“彼女”の裁判は、冤罪という後ろめたさから関係者の目を欺くように、いつにも増して厳粛に、それでいて特例ばかりを盛り込んだ、異様な空気に包まれていた。

 厳かに入廷してきた老齢の最審官は、こちらの調べによると“特席”として雇われている言わば閑職の“捨て”の駒。

 副官として続いて来たのはオドオドとした挙動が目を引く、不運を引いた哀れな娘。

 そして最大の注目は起訴官としてそこに立つ、賢国の闇を背負った一人の陰気な男にあった。

 この三人が入廷を終え、正義と秩序を司る神、そして居並ぶ傍聴人に形ばかりの宣誓をすると、そこでようやく罪人であるベルリナ嬢の入廷だ。

 たった七日の拘束時間———、そうは思えど若い婦女子には厳しい生活だったのだろう。予め聞いていた身体的な特徴よりも、やや体重が落ちていて、疲労が滲む顔をしていた。

 ここでも形ばかりとはいえ、罪人席に上る手前で彼女は裁判(これ)に挑む意識を、神と官と聴衆に厳かに宣誓させられる。その声音には強い決意と、それなりの緊張があり、真っすぐ官に対峙する様はどことなく美しかった。特に目を引く容姿をもつ、など。とりたてて気配にも特筆するようなものは無く。それ故、そんな後ろ姿が強く潔く美しい。

 この娘なら最悪、奴の寵姫に収まったとて。意外と早く周りのものを懐柔できるのではないか。そうした魅力の一端を、まさに目にしているような、やや高揚した気分であった。

 彼女はそこで「嘘偽りを口にしない」と宣誓した後、兵に引かれて罪人の席へ。裁審官にも傍聴人にも見下ろされる位置ではあるが、部屋の中ほど、床より一段だけ高く設けられた裁きの席へ、後ろ手に拘束されたまま登って沙汰を待っていた。

 このまま“普通”に公判が進む、など。初めから思っていた訳がない。

 傍聴席の硬い扉の向こう側に気配が三つ。おそらくようやく場所(ここ)を把握した東の勇者と、王女と侍女が。何やら不毛な問答の後、部屋の扉を開け放つ。

 既に裁判が始まっている様子に気付いた男はそこで、一瞬息を詰めたようだが。起訴官が罪状を読み始める様子を見遣り、その近くの空席へ静かに腰を落ち着けた。

 王女は勇者が大人しく傍聴する姿を見遣り、一体何に満足したのだろうか。女神の如き、と讃えられている歪んだ微笑を浮かべると、侍女に引かれて狭い室内を淑やかに退席し、暫くの後、傍聴席のさらに後ろ上段にある、貴賓席へと現れて腰を下ろしたようだった。

 起訴官は、この罪人はラーグネシアにとって重要な貴人を傷つけた、この行為は極刑に値する、と要約した後、さっさと自分の席につき決を裁審官へと投げた。

 その視線を受け取って老人は一つ頷き、長い髪に隠れた両目と、長い髭に隠れた口で、罪人へと「相違はないか」と意見を伺う素振りを見せる。

 そこで彼女は意を決し、しかと三官を見定めて、その陳述は誤りである———、と。


「………っ!」


 発する筈の声は誰にも。

 誰にも届かずに。


「………っ!?」


 その動揺だけ、揺れた背中に、強く、悲しく、現れた。




「彼女は声を奪われている!!“沈黙”の状態異常だ!!」




 不意に轟いた勇者の声に、王女が侍女へ耳打ちをする、不穏な気配を感じ取り。

 傍聴席へと一斉に向いた三官の視線はすぐに、法廷に施された遮蔽魔法の発動により、暗黙のままに潰す、という流れに向いたようだった。

 勇者の声に驚いた傍聴席の面々は、まさか、という顔をした者、やりかねない、な顔をした者。様々な色を見せたが。

 怒気を孕んだ勇者の気配にいち早く気付いた婦人が、パンッ、と広げた扇を閉じて。


「勇者様、暴力で解決するには尚早でございますわよ」


 と。

 そう、通る声音でもって、その行動を嗜めた。

 高レベルな勇者の力を持ってして、薄っぺらい遮蔽魔法の一つや二つ。軽く拳でぶち抜けそうだ、と笑ったこちらをチラリと盗み。コーラステニアのご婦人は、夫に強く腕を絡めて「絶対に助けるわ」と。それなりの情を注いだのだろう、法廷で一人佇む養い子の後ろ姿を見、強い決意を口にしながらその意思を知らしめた。

 どうやら一方通行らしいこの異様な空間は、黙秘は肯定とみなします、という副官の張りつめた声音を、ただこちらに素通りさせて。

 いや、でも、声が!と焦っていそうなベルリナ嬢の不幸な“沈黙”を、三官ともに視線を交え、肯定ととろう、などという。そんな意識を傍聴席に知らしめようとした時だ。




「ではここに判決を下す。罪人を死刑に処する———」




 これほど覇気のない判決を、聞いた事があるだろうか。

 これほど粗末な冤罪も、なかなか見られたものではない。

 賢王国ラーグネシアも、所詮、この程度のものか。


 ク、と鼻上のレンズを押して。

 

 では———、仕事の時間、だな。

 席を立とうとした瞬間。






「きゃあぁああっ!!!!!」


 響く悲鳴と。


「ひっ、姫さまぁあああっ!!?」


 嘆く悲鳴が。


 この法廷に。否、城中に。

 畏怖と共に知れ渡る。

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