20−9
勇者様が去り、真向かいさんとの会話が微妙に途切れた後に、冷たい寝床に腰掛けながら足をぶらぶらしていたら、例の三兄弟さまに宣言されていた、本日のお茶の時間がやってきた。
番兵さんに連れられて前日の豪華な部屋に足を踏み入れてみたのなら、出迎えてくれたのはユリシス兄さまのみ。あれ?二人は??と思った声がしっかり顔に出てたのか、三男さまは「一人じゃ不満?」と軽く苦笑を漏らしはしても、しっかりとソファーまでエスコートしてくれた。
机の上には見た目にも美しい菓子、腰を下ろせば魔法が使えるユリシス兄さまが“ポットの水をお湯に変える”なファンタジーを見せてくれ、茶葉が投入された後、ほどなく茶器に紅い茶を注いで渡してくれた。
別にマナーという訳ではないけれど、兄さまがちゃんと着席してから私はようやくカップを掴み、頂きます、と呟いて。今日も今日とて見事なお点前…そんな思いを込めて笑む。
前の世界のクラブハウスなサンドウィッチ的パンを、菓子の合間に見つけて摘み。うわぁ、美味しいぃ…(*´∇`*)な感動で「美味しいです!」と感謝を述べる。口に合って良かったよ、と三男さまはサラリと笑い、こっちも評判良いらしいよ?とオニオンスープもどきな品をベスト・タイミングな間合いで勧めてきたりして。うわぁあ、これも美味しい!と歓喜しまくりな私を眺め、ユリシス兄さまは終始保護者的な微笑を口元に湛えてそこに居た。
一通りの食事を終えると今度は状況説明となり、今日はアーク兄さんが朝から城に詰めている、だの、ルート兄さんは弁護書とそれにまつわる書類を大急ぎで揃えてる段階だ、など。そういう訳で俺しか来られなかったんだ、寂しい思いをさせて悪いな、と。イイ笑顔で心にも無さそうな事を口にするので、え?皮肉??皮肉なの???と思いながらもフォローを入れる。
本当にベルは優しいねぇ、と今度浮かんだその笑みは、心からな雰囲気が漂っていたために。あ、フォローで当たりだったの?と素でポカンとしながらも、たわいない話に逸らされ流れを読んで乗っといた。
最後、俺もそろそろ情報収集に精を出す、と。スイッチが入ったらしいユリシス兄さまは立ち上がり、来た時と同じようにドアまで私を導くと、頑張れよ、また会いにくる、そう囁いておでこにチュッ。
おぉっ…ふおぅっ…マジ照れるっ…!!と、コーラステニアじゃ一般的に子供相手にするキスだけど、年下の恋人とかにも示したりする親愛は、こうお互いに大きくなるとやっぱり照れが入るでしょうよ!そんな風に、前の世界じゃ純日本人な私の意識は、図らずも異性を感じて急騰したりする訳で。よく考えたらこの兄さんも良いガタイをしてらっしゃる…と。十代の薄っぺらさがたった三年で無くなっている…、そんなイミフな感想を胸に抱いたりしてみたり。
まぁ、翌日も会いにくる、と宣言された約束は、思いがけず守られず。
そして思いもよらない人が、面会に来たりして。
翌日、床で柔軟をしていた私の元を訪れたのは、三兄弟に頼まれて食事を抱えたイシュルカさん。こちらは貴族じゃないために別室確保は不可であり、目の前で門番さんがチェックした物につき、差し入れ可能、となる制度。中までぐちゃぐちゃかき混ぜるので、テンションが下がるのは言わずもがな。それでもまだ投げ入れられたり、そこまで意地悪じゃなかった訳で。食べられるだけありがたい…と思う事にしましょうか、と。
もぐもくしながらイシュが囁く、状況が悪いみたい、なあっけらかんな音を聞き。不利な事が起こったようで、三兄弟は手が離せない、だから僕が代わりに来た、な説明を耳にする。
「驚かないで聞いて欲しいんだけど、明日になるそうなんだ。ベルの公判」
「へぇ〜。随分とまぁ、早いんですね」
「うん。それが不測の事態で、ルーセイル三兄弟が忙殺されてる元凶なんだよ」
普通、どんなに手透きでも、この国の裁判制ではこれほど早い段階で公判を開く事なんか無いという話だよ、と。
「つまりベルに対する念が、甚だしいという事さ」
全く困ったものだよねぇ、と幼なじみはしんみり語り。
ふと天井を仰いでみせて「どこもかしこもざわついてるよ」と呟いた。
「僕もこのあと駆り出されるし…」
はぁ、と言って大げさにお疲れ模様を見せた男に。
「それはなんだか…すみません」
と、私は素直に頭を下げて。
「いや、別にベルの方には手間とか感じてないんだけどさ」
結構ぬけてるくせに、そこそこ仕事をする奴らがね。ちょっと面倒くさいんだ。
ふっ、と語って思いを馳せるそんな様子のイシュルカさんは、まず間違いなく三兄弟を思い浮かべた顔をするから。
——ま、まぁ、そうですね。イシュと彼等の仲、っていうと、昔からこんな感じだったもなぁ…(^^;)
私は心で苦笑しながら、頑張れイシュ、とエールをおくる。
そうして、いかにも仕出し弁当な差し入れを平らげた頃、次に会うのは法廷かな、と幼なじみはしみじみ語り。
「僕もちゃんと見届けに行くから、堂々としといてね」
そう言いながら一度チラリと、廊下の奥に目をくべて。
アイコンタクトで「人が来る」と無言でこちらに知らせると。
弁当箱を回収しながら、じゃあまた明日、と囁いて。
来るまでの道案内後、今も近くでこちらをしっかり監視している番兵さんに、「用事が済みました」と一言入れて背を向ける。
あぁ、帰っちゃうのかー…と、少し寂しく思いながらも、去り行くけぶる薄鼠をぼんやり眺めていた所。
角を曲がって見えなくなって、あーあ、とぽつり思っていると。
その一拍後。
いつか見たイケメンさんが同じ角からぬっと現れ、相変わらず後光を纏い、こちらの方にやって来る。
——おぉっ、あれなるお姿は……!!
別の兵士に連れられてこちらに向かってくる人は、久方ぶりの牛乳紅茶色(ミルクティー)。
そういや前の世界において【T. rex】なrex(レックス)は、王さまって意味だった気がするなぁ…と。なるほど、彼なる存在は、キング・オブ・イケメンか!と沸いた頭で思いつつ。
廊下をコツコツしながら歩き、ひっそりと私の入った牢屋に止まったその人に。
「おっ…お久しぶりです」
と、シュタッと右手を上げて宣誓。
そんな態度を取った私に。
「あぁ、久しぶりだな」
とレックスさんは微笑して。
イルファスラを通った時に、噂を聞いたんだ。
「まさか本当にベルだとは思わなかった訳だがな」
と。
真偽のほどを確かめるべく、こうして此処を訪れてみた。
そう続けたその人は、災難だな、と呟いた。
「早く誤解が解けるよう、俺も国に掛け合おう。これでもギルドの位持ちなんだ。進言力はそこそこあるぞ」
そんな、私が法を犯したなどと全く思っていない気配に、一瞬、息が詰まるのだけど。
混乱やら安堵やら、よくわからない気持ちのままに。
「…あ…その、すみません。ありがとうございます」
と、自分のものとは思えない、か細い声を絞って、なんとかお礼を返したら。
レックスさんは「おや?」という視線を廊下の向こうへ投げて、邪魔者は退散しよう、と微笑みながら手を挙げた。
「出られるまで頑張れ」
と最後まで爽やかな雰囲気をぶら下げて、ミルクティー色が番兵さんと廊下を曲がって行った後、ややしてそこから現れたのは昨日も会った勇者様。
思わず、え?どうした??と訝しんでしまったが、格子の前で立ち止まりこちらを見下ろす彼の気配が、あまりに酷く沈んで見えて…。
——あ、もしかして公判の事とかを?気に病んじゃった方ですか??
と。
「だっ、大丈夫です、勇者様!なんとかなりますって!」
と、昨日と同じく両手でアワアワ。ぶっちゃけ、特殊スキルもあって、極刑とかが決まってもなんだかんだと逃れるような…それこそ何かの呪いか!?と思われる勢いで、機器の故障とか執行人の怪我とか続けて起きたりとかして、おそらくそう簡単に死刑執行されないような…?と。その間誰かが…最悪(?)イシュが、何とかやって出してくれます!と私は心で言い募る。
そんな必死なこちらの動きに、ふと目をとめたクライスさんは。
格子の管を右手で握り、心から「すまない」と。
「いっ、いえいえ!あの、えぇと、諸々の事はさっきイシュから聞いていますし…!特例?だとかで私の公判が明日になるんですよね!?でも、その、いろいろな人が弁護する書類を出してくれると言ってくれていますので!ま、まぁ、なんとかなるかな〜と!思ってますよ、私の方は!!」
もう勢いしか無いような酷いフォローであるけれど、大丈夫、大丈夫、と目力で必死に語ってみれば、勇者様の自責の念も少し緩んできたようで。
「…そういう話をしていたのか?」
と、妙な言葉が返される。
すぐに、あぁ!彼等と廊下ですれ違ったとかですか!と、私は二人を思い出し。
コクコクと頷きながら「イルファスラで私の噂を聞いたそうですよ。それで確認しに来たと…」レックスさんは言っていました。そう正直に答えておいた。
こちらの話を耳にしたクライスさんは少し間を置き、そうか、と静かに呟いて。俺は余りにも無力だな、と。自嘲を込めて零すので。
ぎゅっと握った格子の指が、力んで白む様子を見遣り。
「そんなこと、ないですよっ!」
と。反射で発した私の口は。
「あ、あのっ、嬉しいです!…って、こういう状況を喜んでいる訳ではなくて!その、その、なんて言うか、上手く言えなくてもどかしいですが!みんな…イシュもレックスさんも、勇者様さえも、私に罪があるのかも、とか。全く思って無い所とか…!何かの間違いだ、って信じてくれる所とか…!!そういうの、救われますっ。ほんとに、ほんとに有り難いですっ。だから、あの、凄い勇気を貰っている気がするんです!わ、私、法廷でも、無実です、って。自信を持って言えるだろうな、と…!」
だから無力じゃないですよ!!
と、一番大事な部分というのを、ちゃんと伝えられているのだろうか、甚だ疑問ではあるが。
「きっと大丈夫な気がします」
繋がってるのかどうなのか。
脈絡すらも不明になりつつ、必死に彼をなだめる口は、つっかえつっかえまごつきながらも、最後まで言葉を紡ぐ。
「私、ちゃんと法廷で、無罪ですって宣言するので…!」
見守って…とかは言えないけれど、少し安心して欲しい。間違っても屈したりとかしないつもりではあるし…味方してくれる人も居るので、きっとなんとかなりますよ。
そんな気持ちで微笑めば。
ふと、勇者様の力も抜けて、悲痛さも薄らいで。
おぉ、少しは安心したか?と、ほっと胸をなで下ろす。
頭一つ分上の方から静かに私を見下ろす瞳は、納得するにはもう少しという光を宿してはいるが、こちらが割と前向きに事態を捉えている事を一端なりとも感じ取ってくれたのだろう。格子を握りしめていた白んだ指に血が戻り、うっすら入りかけていたご尊顔の眉間の皺が無かった事になっていた。
そうして暫し心の中で「大丈夫です、大丈夫」と、気持ちを込めて向き合えば。
勇者様は私を見下ろし、こくり、と一つ頷き返して。
「……明日は、俺も見に行く」
とだけ。
絞り出された小さな声を辛うじてこちらが拾えば、え?勇者様、見に来るの??と。ぽかんとした間抜け面を思わず浮かべた私を置いて、彼のお方は足取り強く、番兵さんを連れて行く。
——え。マジで見に来るの…???
あれ?仕事とか、大丈夫なん??
ふと思った私がちらり、金属格子に目をやれば。
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——うわっ。手形っ!手形がついてるっ!!
私がやっと握れる格子を握りつぶしていたなんて…あの人どんだけ馬鹿力か…!!!
と呆れ調子に思った所で。
——あっ、そういや勇者様、怪力のスキル持ちなんだった…(・・;)
と。
——わぁ、すごい。手のひら大きい。
ここで第二関節か…あ、ちょっとだけ残り香ならぬ残り温…(〃∇〃)
とか。金属格子をさわさわさわさわ。
一人照れ笑いを浮かべる私にお向かいさんがそっと一言。
「やっぱり、本物の勇者なんだな…」
黄昏れる音を近くに聞いて。
——うわ、私ってば!これじゃ本物(マジもん)の変態さんみたいじゃないか!!
と。行動を深く反省。
しずしず寝台に戻って行って、それまで通り大人しく。
夜半に戻ったパーシーくんが、ご主人は逃げないのか?と。心底、不思議な音を宿して尋ねてきたのを真面目に返し、緊張があったのか。明け方、むくりと体を起こしたパーシーくんの行動に、寝ぼけながらも「どうかした?」と返した視界に映るのは。今そこに誰か居たような…?という、錯覚まがいの冷たい廊下。
はて?とうっすら思いながらも、そのまま眠りの世界へ行けば。
「おい、女。付いて来い」
との無情な目覚ましアラームが鳴り。
あ、まだちょっと眠いかも。とか、靄がかかった頭の後ろをずるずると引っ張りながら。囚人服と言うらしい、地味で簡素な服を着せられ、後ろ手に手錠のような拘束具を付けられて。
——まるで悪い事をした人の気分になれる…。
など。
内心、軽口を叩けた私は、その後、なかなか感じられない絶望という文字とかを。
肌で感じる事になろうとは、思いもしなかったのである。