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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
20 賢王国ラーグネシア
206/267

20−8



 予定していた限りでは、この時間にはとっくに此処を発っている筈だった———。


 昨日の夕刻、訪れていた城下町のギルドから、連絡が入ってきたのは翌朝早くの事だった。

 遠くの相手に言葉を届ける魔道具越しに、前日と変わらぬ声で淡々と呟かれたのは、やはり監獄に入れられたのはベルである可能性が高い、事。なぜ彼女が収監されたのか、つまるところの罪状は、貴人の命を奪おうとした暴力行為という事だった。まさかベルがそのような事をする訳が無いと思ったが、いつ何処でどんな貴族に?と念のため尋ねてみれば、支部長は「ははは」と笑い、そこは明らかにできないそうです、皮肉を込めて言ってくる。


『更に驚くべき事に、特例が適用されて、ベルリナ嬢の公判は二日後にまで迫っています』


 この国の流れでは、罪人が発生してから初公判まで大抵の場合ひと月かかる。

 その間、罪人側はといえば、財に余裕があるのなら弁護官を雇うなり、一方、国の機関とされる裁審側はといえば、証拠品を集めたりと忙しいのが通常だ。

 いずれかの監獄に収監された順番で、順次執り行われる流れの裁判ではあるが、特例が適用されればまさに彼女の身のように、いくつかの手続きが飛ばされて裁かれる。

 そもそもそんな“特例”が適用されたのは十数年ぶり、普通、大量殺人などの重罪人が対象で、いかに爵位の高い人物を傷つけたとて、収監から裁判までを数日で終わらせるなど、前例のない事らしい。

 しかもベルの収監先はイグレシア監獄であり、もっぱら極刑確定者が入れられる場所だという。このまま流されるように開廷まで行ってしまえば、まず間違いなく死罪になる、と魔道具越しの声は言い、今回の件は冒険者ギルドとしても由々しき事態であるために、急いで彼女の弁護書を用意する予定である。やろうと思えば国を相手に事実を詰める事もできるが、この段階ではまだ穏便に済ますのがよかろう、と。本部の総意はそんなところだ、と向かいの声は語ってみせる。

 しかし、いくら冒険者ギルドに所属している人物だろうと、一介の所属者に過ぎない彼女に容易く手を差し伸べるなど…そんな事例を作ってしまえば後々厄介なのではないか。

 そう思ったこちらの無言を相手は予想していたように。


『ただの所属者であるのなら、こんな事はしませんね』


 あっさりと呟いて。


『彼女のステータス・カードには、只人が到達しえないだろう特異な数値が刻まれているのです』


 と。

 思わず「それは、知力の事か」と返していれば、相手口では『ご存知でしたか』と。

 やや驚きを宿すような声音で戻される。


『ギルド加入時における知力は75、その後たった二年ほどで80にまで達したのです。そこから成るも成らぬも彼女次第。とはいえ、冒険者ギルドでは、若い身空でその数値に至った存在に、敬意を払う方向で一致している、という訳です』


 ざっと調べてみたところ、受けた依頼をこなせなかった事も反故にした事もないようなので、善良性を訴えて弁護に役立てられそうですし。こちら側の規律にも、該当する人物を失う事が“多大な損失である”と考えられる場合において、全組織力を以ってして障害を排除せよ、との成文があるために。使わせてもらう所存です、と、支部長は言い放ち。それではこちらも忙しいので、この辺で失礼致します———、そう語って通話を断った。

 少し、呆然と途切れた話を…思い返して沈黙するも。このまま国を出る事は不可能だ、と頭を振って。

 スッと指で薙いだ軌跡に契約している精霊を喚び、階が異なる仲間の元へ、こちらの意志を伝える準備を手早く済ませたら。所持するスキルを最大限に活用し、王宮の誰にも悟られぬよう、城下町への脱出を試みて。そのままベルの収監先のイグレシア監獄へ、ひた走ったのである。

 その後、早々に着いた先では諸手続きに待たされて。本当に彼女が入れられているという、信じられない事実に落胆するも。案内された冷たい石牢の檻の中、ひどく薄い布切れに丸まったベルを見て。


 これが、自分のせい、なのか……?


 と、芯が冷えていくような…失望に似た感覚に見舞われて。

 それでも気丈に振る舞っているベルの姿を見ていたら、彼女一人を救い出せずして、何が“勇者”なのだろうか、と。

 法は犯していないと語る、ベルの訴えは当然だろう。およそ彼女の保護者らしい、あの男が言っていたのだ。脳裏に未だざらついている忌々しげな声の主は、ここへきて声を大にして“守れないなら返せ”と唸る。

 ベルの“正規の”罪状は殺人未遂だが、そもそも国へ入っていない彼女がどうして貴人にまみえる。この国の法で裁くというなら、その貴人は国の重鎮だろう。もしそうでないのなら、まさか此処には入れないだろう。しかも隣国…国境近くの町といっても、間違いようのない、隣国で。この国の要人がその日その時その場所で、一体何をしていたというのだろうか———。

 考えれば考えるほど、馬鹿らしく。

 けれど、それが自分という存在により…齎された結果だとするのなら。

 あの男の言う通り“守る力”のない俺は、このまま…何も出来ないままで、彼女を失ってしまうのか…?と。己の余りの無力さに、知らずと拳に力が入る。

 否、今回は良いほうだろう。何故ならベルには味方が居るのだ。そもそも原因なのだろう自分こそ、一番に気が付くべきで……もっと言うならこうなる前に、何か手を打つべきだった。

 だが、本当に、予想外だった事もある。

 原因はその程度…自分からしてみれば“その程度”としか思えない、他者からの好意なのである。どうしてそれだけの好意であるのに、人ひとり分の命を処すのか。よく物語で書かれるように、位が高い者というのは、位の低い者の命はその辺に転がっている石と等価であるなどと、本気で思っているのだろうか。それとも“それだけ”と思っているのはこちらの方だけで、相手はひとりの命と同じだけの愛情を、まさか宿しているなどと言うのだろうか。

 未だ知人に過ぎないような、一介の追っかけ(ファン)に対して。そこまで暴挙に出る理由とは何なのだろう。


 本当につい最近、気付いたばかりであって。

 だからといってこれからも、どうするつもりも無い訳で。


 勇者は子供を授かれないと知っていたほどなので、それでもいいと受け取れる表現をする彼女なら、もしかしたなら許してくれるかもしれない…と、思ってしまった節はあっても。

 あの時、魔獣とはいえど男の姿を取るものに、抱かれて戻った光景に不快感を覚えた事実を…。

 そして王宮で対峙したあの男の言い分も…。

 決して自分には辿り着けない彼女の懐に、自然と寄り添っていたらしい不愉快な物言いを。

 一晩経ってもほんの少しも忘れられない心状は、穏やかなようで荒れ狂っているのだ、と。

 真実、知らなかったのだ。こういう誰か特定の、一人の女性を想う事など…暫く無かった事だから。自分の心がこれほど動揺するものだとは、全く思っていなかったのだ。

 それを飲み込み、飲み込んで、こうして自制を保った上で。

 ほんの少し残った良心(こころ)と屈強な理性は叫び。


 だからといってこれからも、どうするつもりにもなるな———。


 と。

 いくら子供が出来ない事を許せる女性だったとしても、実際我が子を抱けないのではあまりにも哀れだろう。

 とはいえ他の男と彼女の間に出来た子供など、全く愛せる気がしない。それを許せる自分でもない訳なのだ。

 そもそも彼女は年若く、可能性を秘めた女性で……十も上、それも自分のような“職業が付加しただけ”のつまらない男の相手など、している場合ではないだろう。

 出来るだけ気のないように、穏やかにやり過ごし…自分は以前の自分のままで、彼女は追っかけのままでいて。そのまま自然に別れる時がいつか来ればいい、のだと。

 そう思って…根底ではそこまで思って耐えているのに。


 本当に、この暴挙とは一体“何”なんだ———?




 ふらふらとした足取りで格子の向こうに立った彼女は、心労なのだろうか、いつもよりより細く見え。

 絞り出した謝罪の後に「女王に話をつける」、そう宣言したこちらの声に驚いたような顔をした。

 彼女が秘める知識や知恵には遠く及ばない愚かな俺でも、あの男に“絡んでいる”とわざわざ教えられた所で、あの特有の感情をこちらに向けるルナマリア姫、ひいては姉の女王が後ろに控えているかもしれない、その辺りまでは予想したのだ。

 ベルは驚いた顔をしてから、困惑したような表情になり、女王との話の後で最悪な事態に至ったらしく、少し顔を固めながら「やめた方が…」と両手を振ったが。

 自分でも良いカードだとは思えない札なれど、これまで築き上げたといえる信頼と能力を、どうか加味して欲しいものだ…と願うように心に思う。

 王侯貴族が持ち込む依頼を率先して受ける“東”は、ただそれだけが切り札なのである。

 もし穏便な話し合いにてこれが解決されない場合。


——俺は最悪、この国の依頼を今後一切受けない、と。


 強く出るつもりがあるし、それによる圧力もそこそこ大きいと踏んでいる。

 これまで築き上げてきた信頼を断ち切るほどに、東に何をしたのか、と諸国に指をさされたくなくば。

 現状、この大陸で最も高いレベルを刻む“勇者パーティ”を使えぬ不利をも、数十年間嘆けばいい、と。

 暗い気持ちが出たのだろう。


「絶対に、助ける」


 という決意を零したこちらを仰ぎ。

 およそそうした悪意を知らぬ、澄んだベルの双眸は。

 呆気に取られた顔をして、どことなく愛らしく…。

 難しい事を考える割に、どこか純真で鈍感だ、と。


 だが今は。


 未練はあれど、仕事をしよう———、そう思って踵を返す。






 ただ、この時の自分にとって予想外だったのは。

 敵であれ、そうでないにしろ、とにかく話を通すためには女王に会わねば、と。

 予定外の滞在を説いて「女王に会わせて頂きたい」と。丁寧に語った相手に、その気が無かった事、であり。流石王族と言うべきか。ルナマリア姫はのらりくらりと巧みに話題を変えながら、こちらからの懇願を一切受け入れなかった事だ。

 それどころか微笑を浮かべ。


「ご安心下さいませ。間もなく勇者様の憂いもなくなるでしょう」


 と囁いて。

 彼女は何を語っているのか。信じられないものを見る目で、彼の姫を見た所。

 美貌の姫はどこをどのように勘違いしたのだろうか。


「大丈夫です。罪など、何とでもできますわ」


 と。

 初めからこちらの意など介さぬ人物だったのだろう。

 正気を疑うそんな言葉を女神のごとき微笑を讃え、力強くこちらに向けて発言したのであった。

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