20−7
——あぁ…なんといったらいいか……独房生活って、暇です…暇デス…ちょー暇デス。
ルーセイル家のご兄弟さまが去って行った後、すごすごと牢屋に戻ったしがない平民の私の元には、ユリシス兄さまが語ったように“不自然な差し入れ”が、一つ、二つと届けられてきたりした。
私はその筆跡を見て、粗雑だなぁ…とか、丁寧だなぁ…と。いくらなんでも分かり過ぎるよ…と、呆れ調子に思ったが。巡回の時間なのだろう、その度にここの番兵さんが、チラリチラリと未開封っぽい包みをしっかり見て行かれるので、あぁ、そうやって上に報告?と、気配を伺い素朴に思う。
夜になって戻っていらした漆黒の毛のパーシーくんは、どうやらあちらに見えぬ仕掛けを魔法でちゃちゃっと施してるのか、寄り添う温度が近い感覚に、咎められない気配を知って。ほんと、魔法って便利ねぇ…と、寝ぼけた頭で思った記憶。
無事、五日目を迎えた朝は割と早くに起き出して、ちょっとしたストレッチの後に、ぼんやりと天井を見遣る。
あの後、全く無かったものを思い出したというように、ごく自然に出された食事とか。言われる前なら食べただろうが、毎日通ってくれるらしい三兄弟を頼りにし、見るからに怪しいキノコが浮いているスープなど、本日は見学だけに留めておいた。
日が昇りきらないうちはいろいろと夢想して、それなりに時間潰しをしていたが。夜だけとはいえパーシーくんが寄り添うようになってくれ、イシュによる面会を受けて、三兄弟の面会を受けて。精神的な安定を得たおかげなのだろう、ここ三年、常に移動の生活をしていた体は、素晴らしい持久力とかを思い出してくれたらしい。
特にやる事も出来る事も無い監獄での生活は、ただただ暇だ、という感想を延々と抱かせてくれた。
そうしてゴロゴロ、固いベッドに背中を向けて寝ていたら。
「おい女…面会人だ」
と、聞いた硬い声がする。
おっ、あの部屋に行く時間かな?と、鍵が開く音を待ってみたなら、一向にその気配はあらず。
「………?」
無言でヨイショと体を起こせば、この目を疑う景色が。
「………ベル」
と呟かれた深良い声は、私の能天気さを打ち破る勢いで、どこか悲痛さを滲ませてこちらの方に向けられる。
「え…っと……勇者様…?」
そろり、と足を着いたなら、信じられないものを見た!と、私はそそくさ近寄って。
何も言葉にならないらしい、愕然とするその人に。
「あ、いえ!法は犯してないです!」
必死にノーヾ(・_・;)と言い募る。
何故か傷ついた表情を一瞬浮かべたその人は、「わかっている」と絞り出した声で、続けて。
「すまない」
と短くこちらに謝罪した。
染み付いた反射の動きで。
「いやいや、謝られるような事なんて!」
と。すぐにフォローに回るのだけど。
これは勇者様のせいなんかじゃないですよ、とか。言えば言うほど気に病みそうな、悲痛な空気が漂ったので。
——ほんと、全く、これっぽっちも、貴方のせいじゃないと思っているのですけどね…。
なんか、色々回り回って、元を辿れば自分のせい、とか。
思い込んでいるのかなぁ…と、こちらはこちらで悩み込む。
どう伝えれば分かりやすいのか。こちとら女子で感情的で、理論的な話し合いとか苦手な部類なのだけど。男の人への説明付けとか本当に難しい…と、そっと彼を盗み見る。
が、クライスさんはそのままずっと、真っすぐこちらを見ていたようで。
「すぐに出して貰えるよう、女王陛下に話をつける」
そんな恐ろしいセリフをぽつり、私に向かって吐き出した。
途端、向いの暗がりで、ゴッと何かがぶつかる音が強かに響いてきたが、間におわす勇者な人には瑣末な音源だったらしい。後ろの音は無視ですか…?とちょっとびっくりしながらも。
——いやぁ、さすがに女王様に懇願とかは難しくない…?
思った私は両手をオロオロ。
いやいや、そこまでしてくれなくても…!たぶん、あの兄さま達が!それが無理でもご当主さまが!何かをどうにかしてくれて、それとなく出られるような!?ま、まあ、ちょっと無理でも最終的にはイシュルカさんが、いろいろ策を巡らせたりしてそれとなく出してくれるかも…!??
いち平民のストーカー的な怪しい女子とかを、たぶん無罪だろうから監獄から出してくれ、など。自分の事をストーカーしてる変な女を許すどころか、無罪だと信じるのか?と。そんな事しちゃったら、様々な階層の人の心証が悪そうだ。
それに、なんか断言しちゃって悪いような気もするが、結構人気な女王様でも、所詮身内の事である。妹さんの気持ちがなくとも、高名な東の勇者、その人の血が王家に欲しい…と思わない事もないかもで。
こんなファンタジーな世界の住人の事である。何がどう転ぶとも知れないし、妹と結ばれた後、嫉妬みたいな事になり害されでもしたらたまらない…とか。怪しい芽は先に摘む的な発想の元、むしろ率先する域で私を此処へ入れた…とも、考えられなくない訳で。被害者的な勇者様へと、全くの善意をもって行われた事かも…?と。そういう線もなきにしもあらず———と、私は思ってたりもする。
そこへ「無罪だから出して」など言ったなら、何故、被害者(あなた)が異を唱えるの?———そう思われない事もないかもよ…?と。なんだかめちゃくちゃ面倒な事になっちゃうかもしれない…(・・;)
そんな風にも考える。
だからこの微妙な気持ちを、いやいや、待って、という風に胸の高さで表せば。
「……絶対に、助ける…」
と、彼のお方は絞り出し。
——え?……え?
ポカンと見上げる私と視線を絡めると。
気のせいでないのなら、どこか名残惜しい感じを最後の瞬間(とき)に滲ませて。
決意を固く、踵を返して、暗い廊下を去って行く。
そんな姿を未だにそこでポカンと見送れば、人の気配が無くなった事を確認したお向かいさんが。
「な、なぁ、お嬢ちゃん。あれは、あいつは本人か?」
と、しどろもどろに聞いてきて。
「勇者って、なぁ、あれか?今の男は黒髪だろう?だから、東の勇者、本人様だったのか??」
そんな妙な確認をする。
「女王と話ができるんだ、本人さまじゃなけりゃ、なぁ?」
あぁ、なるほど。そんな話を今し方しましたね、と。
私が思うに、東の勇者その人ですよ?と、言ったなら。
「…お嬢ちゃん、あんた一体、どんな身分の奴なんだ」
心の底から訝しむ、そんなおじさんの声音を聞いて。
「え…っと、そう、ですね。自分の記憶が正しいならば、生まれた時から平民ですが……」
実は真剣なクライスさんのあんな姿に吃驚していて、私も半ば夢心地…いえ、混乱中なんですが、と。
ぼけっとしているこちらの様子に何か気付いたのだろう。
お互いになんとなく次の言葉が浮かんでこずに。
それから暫く我々は、牢屋の格子の間近に臨み、ぼんやりと彼等が去った方角の暗がりを、ただただ眺めて過ごしたのである。




