表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
20 賢王国ラーグネシア
204/267

20−6



「俺はアークザイン・ルーセイルという。こうして顔を突き合わせたのは、初めてだなぁ、東の勇者」


 第一声から怨(えん)のこもったそんな言葉をかけられて、自分はこの男に対し、何か恨まれる事をしたか?と。発せられる殺気と顔を記憶の篩にかけながら、いや、間違いなくこの男とは、初対面である筈だ。出した答えを頭に置いて、どの方向の縁者だ?と。

 今でこそ“取りあえず”とはいえ、そつなくこなせているつもりだが。職業柄、恨まれる事も少なくない自分はたまに、こうして絡まれる事があったのだ、ということを。少し忘れていたようだ…と、気持ちを集中させる。

 肯定を含んだ声で「何か用か」と改めて問えば、アークザイン、と語った男は更に怒気を孕ませて。


「大有りだ、馬鹿野郎」


 と、怒りのままに吐き捨てる。


「お前のせいで、ベルがどんなに辛い思いをしているか」


 王宮でのうのうと暮らしやがって…憎らしい。

 続けて絞り出された声はそのまま耳を通り過ぎ、初めの言葉に混ざった名前にピクリと体が反応すると、余計に気を悪くしたのか、男は熱を下げて行く。


「ベルに、何かあったのか」


 言いながら過るのは。

 薄暗い部屋に居て、物寂しく蹲る、普段とはかけ離れた姿で何処に居るとも知れぬベル。

 まさか、あれは現実か———?

 愕然とするこちらを見遣り。男は「ハッ」と悪態をつき、「何か、どころじゃねーんだよ」と。


「ベルは今、何処にいる」


 小馬鹿にされる状況を、努めて冷静に切り替えながら、目の前の男に問えば。

 更に苦々しい顔をしながら「監獄だ」と吐き捨てられる。


「…何故そんな場所にいる?」


 呆気に取られて語尾を上げれば。


「全部お前のせいだろうが!」


 と、頭ごなしに怒鳴られて。

 そこまで憎悪を向けられるほど、悪い事はしてないだろう。

 少なくともあんたには。はっきり言って記憶に無い。

 徐々に荒々しくなっていく、こちらの心の声を聞いてか。

 男は不意に瞑目し、はち切れん怒気を僅かに畳むと。

 ギロリ、とでも音がしそうな暗い、暗い瞳を開き、心底お前が嫌いだ、と。射る視線に乗せながら。


「守れないなら返せ」


 と唸り。


「好きじゃないなら終わらせろ」


 と。


「ベルに期待をもたせるな」


 という、痛切なる激情を吐き。


「あいつは今イグレシア監獄に捕らわれている。もちろん冤罪だ。この国のトップが絡んでいるぞ」


 お前にベルが救えるか———?


「俺はあいつを救ってみせる」


 そしてコーラステニアへと連れ帰る———。


 そんな明確な意志を示して、後ろ姿で吐き捨てる。

 一方的に言われたままのこちらの体は正直に、男の意思と、その関係と、自分の迷いに動きを止めて。


——それは…どう、いう……こと、なのか。


 イグレシア監獄…といえば、ラーグネシアの監獄で。

 王都に居る…という考えは、まるきりこちらの思い込み、なのか。

 それを確認しに行こう…と思った自分は混乱していて。

 あの男はベルの知り合いで…連れ帰る…とは。連れ帰る…?

 否、その前に、冤罪などと。

 無い罪であの女王は…人を裁くということか?

 ベルを出す…無実であると証明するということは…。

 果たしてこんな自分でも、出来うる事、なのだろうか……?と。


 守れないなら返せ、と言った男の言葉が頭に残る。

 好きじゃないなら終わらせろ、という音感が繰り返されて。

 ベルに期待をもたせるな、という最後の言葉が胸を刺す。


 否。今は。それよりも。彼女を助ける事が先。

 念のため、だ。念のため。

 ギルドでこの国に入ったか、取りあえずは確認を———。

 まずは、そうして。そこからだろう。

 状況を整理しなければ。




 守れないなら返せ、だと?

 好きじゃないなら終わらせろ?

 ベルに期待を持たせるな?


 そんな事、言われなくても———。




「…っ…!」


 そこから先は記憶に薄く、確認すべき事柄を、ただただ調べに走ったような曖昧な感覚で。

 どんな言葉を並べたのかさえ覚えてはいなかった訳だが、割に快く示してくれた冒険者ギルドへの、入国証明ともいえる彼女の仕事の印(サイン)が無いのを。


——……そもそもベルはこの国へ、入国すらしていなかったのか。


 と。落胆した気持ちで見遣り…。

 最後の印はイルファスラ。最後に見たのは国境の町。

 そうして動きを止めていたらしいこちらに何を思ったか、赤毛のギルド支部長が「そういえば…」と語り出す。

 数日前、国境の町であったと言われる噂を聞いて。まるで悪人とは思えない若い女性が一人、多くの兵士に引き立てられて何処かへ連れていかれたのだとか。


「この噂、関係がありそうですか?」


 と問い掛ける、支部長の目は不思議と凪いでいて。

 肯定する事も、否定する事もできぬこちらに。


「可能性有り、な訳ですね…」


 独り言のように呟いた。


「その女性、まさかベルリナ・ラコット嬢の可能性があるとは…ねぇ」


 やや口調がくだけた様子でさらに呟く支部長は、それから暫く黙った後にスッとその場に立ち上がり。見せるものは見せたので、そろそろ帰りなさい。誰に何を聞かれてもこちらは、仕事の打ち合わせをした、それだけを答えましょう。これからこちらも少し独自に調べてみようと思います。何か掴めるものがあったら…連絡は要りますか?

 その問いに、掠れる声で「頼む…」と返し。

 何故かニヤリと笑みを零したラーグネシアの支部長は。


「彼女、なかなかやるじゃない」


 と、よくわからない言葉を返す。

 遠方の相手へと声を届ける魔道具を持ち、空いた手でこちらに“去ね”と二度ほどサインを寄越してきたので。その通りにギルドを辞して、宛てがわれた王城の自室に辿り着いたのは、晩餐が始まる時間のほんの少し前だった。




 色とりどりの見事な食事に事務的に視線を落とすも、食欲など到底湧く筈もなく。様々な陰謀が渦巻くらしい、王宮と呼ばれる場所に腰を下ろした姫君の、自然な会話に乗りながら。

 何故ベルが貴女の国の、監獄に居るのか———?と。

 迂闊に問うてはいけないだろう、空気を見定めて。

 まるで味など感じない美しい盛りつけを見て。


——そういえばベルの食事は、凄い効果が付くのだったな。


 いつかの夜を思い出し。

 ふっ、と心が和んだこちらを、どんな風に見たのだろうか。

 一分の隙無く向かう女性は、どこまでも澄んだ瞳で、穏やかな笑みを浮かべて見せたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ