20−4
「おい女、面会人だ」
誰だこの早朝に…とぼんやりしながら体を起こせば、既に外界は日が高く、どうやら昼である模様。一晩一緒に過ごしたハズの黒い毛並みの魔獣さまとか、人の近づく気配を知って姿を消した後らしい。
朝食はもちろんの事、洗顔用の水などが獄中の人間に用意される筈も無く、ゴシゴシと目元を拭った辺りで、どこか固い雰囲気の案内係の番人さんに鍵を開けてもらって外に出る。
来た時と同じまま、冷たい廊下を戻っていくと、貴賓の見舞いがある時などに使用とかされるのだろう、監獄の中でも上等な装いの一室の前に着き。
「入れ」
と短く言い渡されて、失礼します、とそろっと入る。
するとぼんやりしていた私に。
「ベル!」
「ベル!」
「ベル!」
という、昔懐かしの三重奏が。
「どういう事だ!?何故ベルがこんな場所に入れられている!!」
「責任者に話を付けて、すぐに此処から出してやる」
「体は大丈夫?どこか痛い所はない?」
と。怒濤の域で声掛けられて。
「この部屋に居るうちは自由に過ごしていいらしい」
「コーラステニアからベルが好きだった菓子類を土産に持って来た。どうせ碌な食事など出されてはいないだろう?」
「さぁ、こっちに来て。久しぶりのお茶の時間がこんな無粋な場所でなければ、もっと気分も良かったけどね」
「全くだ。父上達が此処に着く前に、何としてもベルを出す」
「ルーセイル家に喧嘩を売った事、永劫後悔させてやる」
「まぁまぁ兄さん、そういう事はベルの居ない所で話そうよ」
尚も続いた三兄弟のやや物騒な会話の流れに、いつ挨拶を切り出そうか…と間を読んでいた私の方は、急にこちらに向き直り、途端に破顔を見せた彼等に。
「あ、あの、お久しぶりです。わざわざご足労頂きまして、あり、がぁっ!」
———とうございます。
言い切る前に、ギュウギュウに抱きしめられる。
しかもこの三兄弟、だいぶ綺麗な顔に似合わず、全員軍部出身で、実に男子らしいというか結構な馬鹿力。
更に気持ちがこもるタイプで、手加減とかあんまりしない。
「くっ!苦…!!い、息ができません、からっ!!」
一度離して下さいませぬか———。
再びみなまで言い切る前に。
「ベル!こんなにやせ細って!!」
+(と)。
「いや、少し背が伸びたんだ」
+(と)。
「……だいぶ、胸が大きくなってる」
な、ひそひそ声が飛び交って。
——うああ!なんか暑苦しいよ!!(;へ;||)しかもしかも!前にも増して妹分の溺愛モード突入みたいなんですが!!?
と、戦いちゃったベルさんは。
「あ、アーク兄さま!ルート兄さま!ユリシス兄さま!」
と。
必殺☆懇願モード!!にて、酸素が足らない状態で、にへらと奇妙な笑顔を浮かべ。
「ベル!」
「ベル!」
「ベル!」
という、まさかの反撃を、受ける事になろうとは……。
・
・
・
・
・
いや。
いい加減、話を進め。
落ち着いた辺りから。
「それで。どうしてこんな事になったんだ?」
平時であれば沈着な、いかにも長兄です、な威厳漂うアーク兄さま。
コーラステニア王国の軍の割と上に居る、貴族の子女には美味しい感じのルーセイル家の第一物件。本名をアークザイン・ルーセイル、とおっしゃる人が、何とか顔を真面目に戻してこちらの方に問い掛けた。
「イシュルカから適当な報告を受けてはいるが、念のためベルの方の話も聞いておきたい」
そんな感じでより詳しい要望をくれるのは、王太子の近衛という華々しい職に就きながら、次期当主の補佐役として文官まがいの仕事もこなす、次男・ルートウィネア・ルーセイルさま。
「気に掛かるような事があったなら、何でも言ってみて。大丈夫、ゆっくりでいいからね」
と。ここまで女性への気遣いが出来るとは…普段は一体どんな仕事を……と詮索してしまいそうになるのは。ルーセイル家の第三好物件にして、国に仕えてはいるものの、職務内容が杳として知れない感じの第三子。
ユリシスリーネ・ルーセイルという、あぁ…女の子欲しかったのね…と思ってしまいそうな名前に似合わぬ、中身がたぶんこの中で一番“漢”だな…というような人物で。
多少、波乱は見えつつも、私はこくりとお茶を飲み込み。
「実は私も、よく分かっていないんです」
と、打ち明ける。
勇者様を追って国を出て、どうやらそれほどかからぬ内から、命を狙われていたようで…とか。数値は後半だったけど、そこからランクMaxになる程度には、命を狙われてきました、だとか。まさか言える訳もなく。
どうやら結構な地位を持つ、勇者様関係の恋敵から、狙われているのかも…と、感じていた訳ですが。この国の人と断定するには証拠も何も無いけれど、薄々、もしかしたら…と思っていた事もあり。ちょっとこんな手段に出るとは思わなかった訳ですが、故に私も混乱中だったりしますのよ☆……ほほ。
間違っても“そう”は言えない———と。
ひょっとしたなら“妹溺愛モード”の壁を越えそうな、深いスイッチが入りそうな三人を前にして。
——絶対煙に巻いてやる…!!
と私は意思を固くする。
そもそもイシュは何でこんな事…余計ややこしくなりそうな人達に連絡を…と。思わないでもないけれど。
本命はご当主様で、兄さま達はネタ要員。絶対に面白がっている…!———と、断定できてしまったりする、私も結構な性悪だ。
遅くに出来た妹もどきな異分子の私に対して、段階的ではあった訳だが親しみを感じてくれたらしいこちらの三兄弟は、表面上の性格の蓋を開けてみたところ、実は身内に激甘な兄弟だった…!ということだ。かと言って、書類上とはいえど、実の妹になることを必死に止めに入ったあたりに、まだ理性(救い)がある…のだろうなと思うのだけど。
さすがにそれなりの年数を側で過ごしてみたのなら、彼等の包囲網からは逃げられない気がするなぁ…と。勇者様に一目惚れして、街を出ようと思った時は、イシュルカ様にひれ伏す域で頭を下げて懇願し。絶対に捕まらないルートを聞いて出て来た訳で。あの時ばかりは私のスキル、あんまり頼りにならないなぁ…と。心底思った記憶というのが、今でも頭に焦げ付いている。
自分じゃ割と自立している性格だとは思うのだけど、前の世界じゃ経験のない溺愛ぶりに翻弄されて、当時はおそらく、少しだけ…いや、結構な甘ったれ、になっていたと思うに至る。一人旅は大変だぞ、とか、野営なんか出来るものかと、街を出る前、彼等にもしも諭されていたのなら、そうかもしれない…と単純に、挑戦する前に思っただろう。するとこうして旅をしている私は存在しなくなり、勇者様はもちろんのこと勇者パーティの面々等とも絡むことはなかった筈だ。
まぁ、だいぶ蛇足が付いてしまったが、要するにこんな話だ。
勇者様を追いかけて、追いかける道すがら。どうも命を狙われていたようです☆とかほざいたら、家族愛という緩い縄…けれど切れも解けもしない、目にも見えないものでしばられ、それはもうズルズルと…じわじわコーラステニアまで運ばれそうな空気であって。恋の成就!嫁に成る!な、私の大事な夢というのが、こちらの意思とか関係無しに終わらされそうな雰囲気なのだ。
正直、こっちも家族愛的な情があるのも悪いのだろうが。それはもう幼い時分に、血も繋がっていないのに、あんなに可愛がってもらったら…。ご両親に養って頂いたご恩もあるし、そう無下にも扱えない…と。
だからここは知らぬ存ぜぬ、どういう事かさっぱりです———。
そんなスタンスを貫こう…と心に決めたベルさんなのだ。
「よく分かってはいない…と言っても、少しくらいはあるんじゃないか?あー…その、だな。つまり、ベルが追っている男の事とかな」
何とも歯切れが悪そうに、渋い顔をして言った人を見て。
「勇者様はいくら私を鬱陶しいと感じても、絶対にこんな事はしませんよ」
と、返しておけば。
まぁ自分でも、さすがにこういうぼけ方は無いよなぁ…と、思える域ではあるのだが。
「違う。勇者の方じゃない。あいつに懸想をしている方で、だ」
ちゃんと直されて返ってくると、「お、おう」な心の動きが、あたかもハッとするように表に現れてしまう感じで。
「ベルは今回、あいつを追ってこの国には入らなかったな?」
と。やおら言葉を挟んでいらした冷静な次男の物言いに。
「えー…っと、ですね。それは、その…」
つい、言い淀んでしまうのは、仕方が無かった話…というか。
でもこのまま流されたのでは、前の人生経験が…!と。
「イシュが少し前、会いにくるとか、言っていたものでして」
だからあの町で待ち合わせを…!と、それっぽく続けた私。
次兄・ルート兄さまは「へぇ…」と意味深に頷いて、その後ニッコリ笑ってきたが、取りあえず怪しい言い分なれど聞いてくれる事にしたらしい。
「なるほどねぇ。そうか、ベルは“今回”、どうやら“何も”知らなかったようだけど。ラーグネシアの二の姫は、割とこっちじゃ“有名”なんだ」
またしてもやんわりと口を挟んで来た三男は、お前達…兄弟だな…と思わせる要素満載なのだが。え?こっち、って、どっちです??ホント、ユリシス兄さまって何の仕事をしているの???と、ツッコミ所も満載で。
いやいや、今は真面目な話…とぶれる気持ちをしっかりもって、はい?な感じで促せば。
「東の勇者が欲しいばかりに、今までもやんちゃをしていて…ね?」
と。
東の勇者の実家の方に、婚約を願う文を送った各国の貴族達、十数家をね。一見それと分からぬ手口で次々潰してきたようで。ま、どの国からしても頭を悩ます問題一家、そんな背景もあったりで、今までは見て見ぬ振りをされてきたようだけど。いくら困った貴族(いえ)でもね、腐っていても貴族(それ)なんだ。残された者達に、もう少し上手い後援(フォロー)を考えていてくれたらねぇ…。そうすればもう少し、各国の心証も悪くなかっただろうにね。
はっきり言って、あの程度。すぐに背後が知れるあたりが粗末というか幼稚というか…。それで自分は上手い仮面をつけているつもりなら、それこそ愚かというやつで。
「とは言え、相手は一応王族。表面上、とはいえど阿(おもね)っておこう…というのは、当然の働きか」
ふっ、と最後に吐かれた息は、どんな思いが込めてあるのか。
兄弟の中でも中性的な面差しをした三男さまは、憂えるような顔をして一度遠くへ視線を外す。
そこへ重みのある声で。
「最終的には…対、王族か」
と入っていらした長兄さまは、少しややこしくなるやもしれん、と渋い感じに呟いて。兄の何かを悟ったらしい次兄さまも頷いて、決意を新たにするように双眸を細めて笑う。
「ベル、この先、少しだけ、辛い思いをするだろうけど、絶対に出してやるから気を強く持つんだぞ」
「食事に何を混入されるか分かったものじゃないからね。日に一度は必ずこうして時間を設けるようにするから、この場所でだけ食べるようにした方がいいだろうねぇ。特に差し入れには気をつけて。知り合いの名が記してあっても、こういう場所じゃ殆ど偽物(フェイク)だ」
兄さま達のそんな話をお菓子をもぐもぐ貪りながら、監獄って怖いなぁ…と、二度、三度頷いて。
——まぁ、夜は夜とかで、パーシーくんが近くに居るし。
暗殺とかも大丈夫かな…?(・_・ )
と、軽く考えを改める。
「お菓子、ごちそうさまでした。私の不注意で、このような面倒事に巻き込んでしまってごめんなさい」
常時であれば此処から其処まで、一般的な騎獣を用いてゆうに二週はかかろうかという、国の遠さをたった四日に短縮してきた人達に。一体どれほど高価な騎獣を借り受けて来たのか…と。恐ろし過ぎて問い掛けることもままならないような気持ちだが。堅実なおうちだし、一人一人の稼ぎもいいし…微々たる出費(もの)でありますように…!と心底祈っておきながら。
「でも、あの…久しぶりに兄さま達の顔が見られて、何だか勇気が湧いたというか…」
知り合いとして、見放されていなかった…という。嬉しい気持ちが湧いてきて。
こんな状況で不謹慎ながら、こそばゆい思いにかられ。全く柄にも合わないのだが「えへへ」とニヤつけば。
「ベル、お前」
と絞り出したアーク兄さまが。
こうして三年、会わないうちに。
「強く、なったな…」
と。
そうして各々笑んだ彼等は目元を眩しく細めるものの、なんとなく滲む雰囲気が寂しげでもあり。おっ、これって、巣立つ小鳥を見るような目…って事かな?と。
「はい!実はレベルの方も15まで上がりましたよ!」
自信満々に返してみれば。
「…15?」
「……15??」
「………15???」
といった、段階的な三重奏。
「三年でたった15か…?」
と宣ったのは長兄さまで。
「旅をするのにたった15で…??」
と宣ったのは次兄さま。
「あれ?でもベル…高レベルダンジョンに付いて行ったとか……???」
と宣ったのは三男さまで。
どれも独り言の域から出ない、呟き声だったから。
あざとく「え?」と小首を傾げ、順番に彼等を見回すと。
「これは」
「少々、イシュルカに」
「問いたださなければいけないようだね」
スクッと音でも聞こえてきそうな素早い動きでその場に立って。
相変わらず綺麗な所作で「また来る」と言って去った彼等は、やっぱりお貴族さまだなぁ…とか。
最後の高級クッキーをモグモグと頬張りながら見送った私の様子を、目敏く見つけた番兵さまが少し嫌そうな顔をしたので。
——おっと。そうだ。ここからは気を引き締めて行きましょう。
と。
問いただされるイシュルカさんには少し悪い気もしたけれど。
戻るぞ、と言った番兵さんに私の方も真面目に戻すと、怒られないよう従順に後ろに付いて、元の牢獄に帰って行ったのだった。