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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
20 賢王国ラーグネシア
201/267

20−3



 賢王国ラーグネシアと語られる小国を、思わぬ不幸で年若く背負った王は、流れる噂に違わぬ格で“訪問の労い”を、数段上の玉座からこちらの方に静かに語る。


「本来なら大商人で事足りるだろうこ度の依頼、勇者殿には少し無理を言ってしまったやもしれぬ」


 申し訳なく思っている、と威厳のあるまま続けられ、こちらはいつも通りに「いえ」と短く返す。

 謁見の間は王と宰相、その他数人の重臣が居て、こちらの方はこの場所に招かれたのは自分だけ。勇者職の権利というのは時に一国の王に並ぶが、故郷の養母(はは)をたてるつもりで大抵は膝を折る。勇者の中にはこうした行為がどうしても受け入れられぬと、渋面をつくったり、そもそも依頼を受けない者も多いらしいが。別に膝を折る程度、自分は苦にはならないし、勇者たる能力を持ち腐れてはならない…と。そう思って可能な限り簡単な依頼も受ける。

 今回の“鑑定”依頼はごくたまに浮上する、比較的断りやすい簡単な仕事だが。次に控える依頼まで少し開いた時間があるし、王家が所有するという宝具の効力を、利害で動く商人に気取られたくはない、という、そういう理由も理解できるため受理する旨の返答をギルド側へと伝えておいた。

 イルファスラの領都からラーグネシアの王都というのが近いという事もあり、得物を振るうでもない平和な内容に、比較的軽い気持ちで赴いてみたのだが。こうしてあっさり王都へ入り、ふと後ろを見てみれば、振り切ったつもりは無いのに見慣れたベルの姿があらず…。どこか釈然としない気持ちで女王の前に折った体を、どうか顔を上げて欲しい、と許可されて前を向く。

 多くの国の王族のように迫力的な美貌は無いが、深い眼差しは洗練されて、物腰は落ち着いている。小国と言われていても他国と渡り合う強さ、先見と知慮深さ、そして王たる厳しさを小柄な体に滲ませながら、この国の女王は悠然と微笑んで。


「こ度の依頼は勇者殿には簡単な仕事でしょうが、もし此処が気に入れば、いくらでも滞在を許しましょう」


 と。向かい合って交わる視線に、大きく言葉を和らげた。

 それから、ちらり、と向けた視線で奥の扉の近衛の男に決められていた合図をすると、一人の女性の入室をこの場所に促した。


「妹のルナマリアです。滞在中は不足が無いよう、この子に世話をさせましょう」


 紹介された女性はそこで、勇者と言えど“下の身分”だと、殆どの王族が態度に出す中に、丁寧過ぎるという印象で恭しく礼を取り。


「ご紹介に与りましたルナマリアと申します。高名な東の勇者様にお会いでき、光栄ですわ」


 と、微笑んだ。


「お恥ずかしい事ながら、勇者様にこんなに早く来て頂けると思わなかったものでして…。係の者の準備が残っているようなので、別室にお茶の用意をしてありますの。すぐに整う筈ですが…今暫くそちらの方で寛いで頂けたらと」


 そして続いた親しみのある申し訳なさそうな表情と、告げられた内容に頷き返し。

 案内をお願いします、と王侯貴族に向ける態度でこちらも丁寧に予備動作を示した所、まぁ、と控えめに感嘆しながらエスコートを受け入れる、楚々とした動きを取った女性を。


——さすが、王族ともなれば、このくらいの演技など。


 容易い部類に入るのだろう、と。平素な心地で考えながら、一度退室の礼を取り。

 “東の勇者”は貴族出身。故に宮廷の礼儀にも明るくて、好感が持てる部類だ。その辺の“勇者”のような粗野な部分も見あたらないし、あれなら安心して仕事を与えられるよ———。という、いつかどこかで耳にしたそんな記憶が脳裏に戻り、さも“感心しました”と顔に出す女性の横で。


——目は“当然だ”と語っているな。


 そう思って辟易とする。

 貴族社会のこういう所、時として心とは裏腹な態度というのを相手に見せねばならない事が、そうしたどこか窮屈な“常識”の雰囲気が、不器用な自分には本当に厭わしい、と。

 どうせ“係の者の仕事”は、きっかりお茶が済んだ所で終わる事になるのだろうな…そう頭の何処かにおいて理解しきっている故に。

 貴族で勇者な肩書きを持つ王侯貴族(あちら)側での自分の価値は、こうして単に思うよりあるのかもしれないが。

 ただそんな環境だけが付随したつまらぬ男に、加護持ちの姫まで付けさせて…。愛想を振り撒かなければならないこの女性も不憫だが……こうした茶番は本当に。


——到底、理解不能だな。


 思うと同時に謁見の間を姫共々退出すると、こちらです、と可憐な声で城を案内する人に、失礼にならないように歩幅を合わせて歩く。




「ところで、鑑定依頼の品とは、どのようなものになりますか」


 勇者として出立ちした経験の浅い頃、まだこれほどの身分の層と付き合う事もなかった時分、ある王国の地方領主の気まぐれな依頼を受けて、赴いた高貴な館。そこで出会った苛烈な女性を脳裏に思い出しながら、その後、またあちこちで“失敗”した言動に、ライスが語った“エスコートの基本”というものを、その都度一から思い出しては苦し紛れに実践し。

 まぁ、今でも苦手な訳だが、大分マシにはなっただろう…と。相も変わらぬ愛想笑いで左腕に手を添える、高貴な女性に視線をやれば。


「あ…えぇ、そうですね。姿見だと聞いていますが…」


 どんな力を秘めているのか未知だという事で、わたくしも近くで目にした事はないのです。

 と。彼女は一瞬、惚けたような素振りから居住まいを正した後に、桃色の髪を揺らして恥じらうように言い添えた。

 そんな様子に違和感を僅かに覚えたものの、見た事も無い、と言われてしまったこの話の流れを思い、もう話題が無くなったな…と遠い気持ちでいた所。こちらの様子を悟ったのだろう、尊い血筋のその姫は、ごく自然にクスリと笑い。


「そのままでよろしいですよ」


 と。


「無理に気を使われずとも、わたくしは大丈夫です。ありのままの貴方様で居て下さいな。そのための“持て成し係”ですから」


 そう続けて“演技”とは思えぬ笑みで、純粋な好意というのを向けてくる。

 幾分くだけた物言いも、身構えていたこちらの意識を軽くするには充分で、お気遣い痛み入る、と常の口調で返してしまえば、どうぞお気になさらずに、と社交辞令に情が滲んで。

 どうやらこちらの思い過ごしで、こちらの姫君は、意外と付き合いやすい女性のようだ———、そう意識が変化していく。

 その後も貴賓の持て成しの経験が豊富であろう姫君の話術に頷き、気持ちも軽くお茶を終えれば、勇者様がいらっしゃるなら是非他の品々も見て頂いては如何だろう?と。進言を受けたお姉様の指示により、どうやら宝飾の鑑定は明日の昼になりそうです、と。申し訳無さそうに語られた内容に、ただただ「そうか」と呟きながら、ある意味想定内ではある、と。思いのほか軽い気持ちで流せてしまう自分というのも、最近では珍しい…。そんな風に考えて。

 用意された部屋の階こそ異なるものの、庭園や渡り廊下、魔法の研究棟、書庫を覗いた時に出会った仲間達の様子を見るに、そちらの方にまで心を砕いて貰っているようだ、と。


——苦手だと感じていたが、所変わればこうした王家も存在するのだな。


 僅かとはいえ共に居るうち、そちらの好意も感じるようになった姫だが、無理に迫ってくる事も無く、良識があり、好ましい。

 ふと考える自分を思い。


——……ベルは今頃…。


 この王都で何をしているのだろうか、と。

 いつの間にか染まった闇に生活の数だけ灯る、城下町の煌めきを見下ろしながら。

 気付けば居なくなっていた彼女の姿がそこにあるのを、疑いも無く信じていたのは自惚れというものではないが。それだけ身近に居る事が当たり前になっていたのだと……思い知るまで、あと少し。


 まさか彼女が捕らわれたなど知る由もないこの時の俺は、翌日、どれだけ懇願されても次の日までは伸ばすまい、と。今回の鑑定依頼の期限をはっきり意識に描き。次の仕事の取りかかりなど、無駄に考え馳せながら。

 いつもよりやや遅い時間に寝所へと赴いて、簡便な結界魔法を気取られぬように張りながら、そのまま目を閉じたのだった。

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