閑話 ハーレム一号は熟女様
「あの…どうして付いて来るんですか…?」
魔術師の外套のような丈の長い黒衣をまとう少年が、側を歩く白髪の美女に声を掛ける。出会ってこのかた、現実を直視したくないという雰囲気で俯いたままの彼の言葉に足を止めたその人は、袖の長い服を優雅に寄せ、艶っぽい表情で思案する様子を見せた。
そんな彼女を訝しみ、少年が振り返る。
と、柔らかい笑みを浮かべて彼女は語る。
『其方が我の伴侶であるゆえ。なに、心配せずとも我は其方の手を煩わせはせぬ。ただこうして側におるだけでよいのだ』
「あの…ずっと気になってたんですけど、どうして伴侶なんですか?…そこ、確定なんですか?」
『まぁ覚えておらぬのだから仕方あるまい……だが、我は全て覚えておるぞ。其方の魔眼(め)の輝きも、我に向けた求婚の科白(かはく)さえ、一文字たりとも忘れておらぬ…』
「え、求婚!?」
うっとりと何かを思い出しているらしい女性の前で、少年は思わずといった様子で声を荒らげる。
『再び相見えることをずっと待っていた…フィール、我はこの命の尽きるまで、其方を心より愛すと誓おう』
何者をも魅了する微笑をたたえ、そう告げる彼女に、少年はピタリと動きを止める。
『たとえ、何度生まれ変わり、一切の記憶を失っていようとも』
もはや一片の言葉さえ耳に届いていないだろう様子の彼を見つめながら。
『たとえ我が君がそれを望んだとしても。我は永遠に其方の味方であると誓おうぞ』
囁かれた最後の声は、街道を行く人々の音に埋もれて消えていく。
しばらくして我に返った少年は、気恥ずかしいという態度を隠す事なく無言で前を歩き出す。あるいは彼が若すぎて、それを隠してしまえるスキルを備えていないだけなのかもしれないが。記憶がなくとも記憶通りの反応を返して寄越す少年に、ある種の感動を覚えながら。魔婦人はそっと口元に手を添えると、それはそれは幸せそうに微笑むのだった。
これから熾烈なハーレムが形成されてゆくことを知らぬ2人の、平和な午後の一幕。