19−10
「ルドビカ様は無事か!?」
作為的な崩落を無事処理し終えたパーティは、束縛魔法で側近ぽかったおじさんの身柄を拘束し、程なく戻った人の姿のパーシーくんを見定めた。
彼は少年の横に立つ私の方にやってきて、『死なない程度に体力を削ってきたぞ』としれっと言った。そのうち、ジロジロ見られることに辟易としたのだろう。ふん、と私に聞こえる程度の小さい音で鼻を鳴らして、一瞬後には獣の姿で足元にお座りをした。
何となくそんな姿が懐かしく、ジンときて、ありがとうございます、お久しぶりです、と。
「もふもふ、撫でてもいいですか?」
と、照れ隠しに言ってみたなら。
「…お、オレも撫でたい」
と、不意に横から声がする。
——え、君、動物好きなの?
少年をハタと見遣れば、おそらくオーケーなのだろう、反対側にてパーシーくんがゆっくりと膝を折り、フイと顔を逸らす気配でその場所へ寝そべった。
いいみたいよ、と少年に。失礼します、とパーシーに。
それぞれ言って腰をおろせば、相変わらず綺麗な毛並みを、我らはワシャワシャ搔き撫でて。まんざらでもないのだろう、細目になったパーシーくんを、やっぱ人より獣(こっち)よね、と。安堵が混ざった微笑にてモフモフを堪能していた所。
蹄の音と嘶きを上げ、冒頭のセリフにて峠の下から登っていらした鋭い目をした男性が、この場所へ割って入ってきたのであった。
——はて、ルドビカって誰かなぁ?
まぁ、私、部外者だしね。
なんとなく分かるけど、端で大人しくしていよう。
そんな風に思っていれば。
「リューイ・クレール・ルドビカ、だ」
と、真向かいの彼が言う。
いいよ、別に紹介なんて…(゜ー゜;)と、思わず思ってしまったが。
大人な私は平静顔で。
「へ〜、立派な名前だね」
と。
他に返す言葉もないし、サラッとそれだけ言ってみる。
すると、こくり、と頷いて。
「名前だけは立派なんだ」
と、よくわからない返事を貰い。
そのうちこちらに気付いた人が、ご無事で、と膝を折ったので。
「彼等のおかげで無事だった」
と、リューイくんはまずそのパーティに視線を配べたのだ。
次いで、体を拘束された側近ぽかったおじさんに、冷ややかな目を一つだけ送ったようだった。
それだけで何かを察したのだろう。身のこなしが上等な若い男は「貴殿らの働きに感謝する」と敬礼をして、「ルドビカ様から離された時はどうしたものかと思ったが…陛下の采配に間違いはなかったようだ」と。若干皮肉に取れる声音で、勇者様を見定めた。
そのうち、上から岩が落ちた、と。峠の上部に手下が居るらしい、とか、難しそうなお話がその場でなされ始めたら、ドカドカと後に続いて多数の兵士がやってきて。男は上を顎で指しつつ「不届き者を拘束しろ」と。
取りあえずそんな感じで、一度その場は収まったのだ。
その後、リューイ少年を騎獣に乗せて——調査と賊の捕縛のために数人その場に残ったようだ——峠を進んだパーティは、休まらないスケジュールにて日暮れ頃には領都に入る。
何だかよく分からないけど、命の恩人だから、と。一緒に連れてきてよ、と連行されたベルリナさんは、あのとき颯爽と現れた若い男性に乗り合わされた。
彼が使用していたものは一人乗り用の鞍だったので、それを外して直乗りになったのは言うまでもない。そのくせスピードはきっちり出すので、落ちる…!落ちるよ…!!とハラハラしながら、まぁお尻は痛かったけど、しっかり腰を支えて貰い取りあえず無事だった。
——この世界の騎士?様は、ナチュラルにかっこいい…。
少しだけあった休憩の折り、降りると思ってうっかり後ろを見上げてしまったら、襟を緩めたその人の首に“印”を見つけ…。うわっ、この人、正真正銘、皇帝様の近衛じゃない…!!と。ひとり愕然としたのは内緒の話。
そしてそんな地位のお方に「ベルリナ嬢」と呼び寄せられて。
——………なぜ名前を知っているのだ…?
思った不思議は秘めといた。
さて、領都に無事到着した、これから領主になろうかという少年のリューイくん。都に入った瞬間から物々しい行軍を見て、その場で頭を下げる都民も、過ぎてはヒソヒソし始める。
皇帝様は何を思って領地を子供に託すのか…。今の領主様の方が、腕も良いし、経験もある。我らは治世に不満は無いのに、何故領主を替えるのか。
余りにもハッキリ聞こえて、ここの人達、ダイジョブかしら…?と。
心配しながらフルフェイスの勇者様に支えられて行く、騎獣の上の後ろ姿をぼんやりと眺めた私。
だが、彼は彼なりに、施政者としての片鱗をしっかりと受け継いでいたらしい。
意外と心は太いようであり、後ろでコソコソ言われても振り返る素振りも見せず、キリっと前を見定めていたのであった。
ほどなく一行は領主の館に到着し、知らせを受けて出てきたのは間もなく“前”と付く領主。その後ろには領主を見守る多くの人が、特に何を言うでもなく控えていたが。彼に対する信頼が行動によく見えて、この領主様が替えられる謂れなどあろう筈がございません、と。向かい合った二人の様子を自信満々に伺っていた。
だが、結末は、皇帝様が示した通り。
二人の間にスッと入った例の騎士様は、陛下よりの預かりものです、そう堅く語りながらも立派な書面を少年に手渡した。
それを開いた少年は、内容を読み上げて。
今回、領主が替わる理由を、その場の者に知らしめたのだ。
前領主の悪政で…と言われ続けていた不景気は。もうとっくに埋められるだけの利益をあげていて。
それどころか“悪政”を蓑にしての不正蓄財は、いずれ帝国に歯向かうための軍資金として消えていた。
不景気を続ける事で、同時に民の不満も煽れ、もしかしたなら一石二鳥だったのかもしれない。
一つの国がある意味で属国と成り果てて、そこから今一度独立を果たしたいという意思は、まぁ、当然起こるものだろうけど。さすが厳しい皇帝様は不人気だろうが前領主の子をそこに並び立たせる事で、事前にその芽を摘む判断を下したらしい。
歯向かう前に、この領地を富ませろ、と。
最後に、そうも受け取れる小難しい声明を聞き。
厳しさの後の優しさは心にグッときますわ〜、と。皇帝様、イイ奴じゃん、とか。軽く思った私の立場は、やっぱり“旅”の“部外者”だ。
雑然とした場が平定されて落ち着きが戻ってきたら、リューイくんは私に近づき「恩人にお礼がしたい」と。「仕事を用意するから、良ければこの地に残ってほしい」そんな殊勝な事を言ってきたので。
おそらく彼は私の事を、根無し草だと感じたのだろう。
そう思って「ふふっ」と笑う。
「私は私の使命を全うしますので、リューイくんもお仕事がんばって下さいね」
特に、私みたいな身寄りのない子供達の事、どうぞよろしくお願いしますよ———。
それだけ言ってお別れを。
一晩だけでも屋敷に泊まって行ってくれないか、とも引き止められたがここが肝心。
明るく、軽〜く手を振って、振り返らないカッコ良さ。
——私は今、映画スター並みにカッコ良い感じがする…!!
と。馬鹿な事を考えながら。
ベルリナさんは領都の宿屋で勇者パーティがこの地を去るのを、ひっそり待ったという話。
*.・*.・*.・*.・*.・*
勇者の嫁になりたくて。
異世界からの転生者、ベルリナ・ラコット18歳。
何だか色々あったけど…リューイくんの善政に期待しよう、と見上げた朝日。
それからまさか私の身にそんな事が起きるとは…と。イシュが「近々会いに行く」と言ったセリフを深く掘り、そういう事か…!と気付くのは、しばらく後の事でした。
長らくお待たせしました。
次話へどうぞです(*゜▽゜)ノ




