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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
19 クローデル峠
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19−9



 夜を徹して…まではいかないけれど、眠る時間を惜しむ感じにそこそこ本気で登ってきたら。峠の中腹を越えた辺りで、私は不気味なフルフェイスさんにばったり遭遇したのであった。

 前の世界の洋館とかに置物としてありそうな顔まで覆う甲冑は、この世界で見てみると割と自然に受け入れられる。そうは言っても町中で見られるようなものでもないし、この時代、好き好んでそれを纏う人というのも、だいぶ稀な方であるので。え?何で?そうなった??と、若干のツッコミはした。

 その後ろに腰を屈める美人顔のシュシュちゃんと、やっぱり、何で??そうなった???な美女に成り果てたソロルくんを見。いや、そこまで確認せずとも、フルフェイスさんは勇者様よね、と。内心、断言できてしまった自分というのが恐ろしい。

 とはいえ、彼の第一声が「ご令嬢」な他人行儀で、これは我々の関係性をその他二人に語っちゃダメね!と。念のため「勇者様」呼びもしないように気をつけよう。そんな風に結論付ける。

 しかし、どうやら内容的に「付いて来て」と頼まれているようなので。

 その先に何か危険があって行って欲しくはないと言うのか、純粋に望まれて付いて来て欲しい話であるのか、とりあえずよく分からないけど、乞われている事をしよう。そんな思いで「イエス」と返す。

 いかにも軍人さんな年嵩の男の人と、下手したらソロルくんより年下よねぇ…?な線の細い少年を見て。


——…うわぁ。新・領主様、めちゃくちゃ若い人じゃない…。


 と。何か失礼な事を思ったのだろう、私の間抜け顔を見て。

 彼は何を思ったか、少々ムッと顔を歪めた。

 一応の名目上は、下の町までの道案内。

 ほぼ一本道な峠であるのに道案内が必要なの?と。素朴な疑問で思うのだけど、側近さんぽい軍人さんから何も文句が無かったし、複雑な思いを抱える少年からも何も無い。なので多少無理があっても受け入れてはくれるのか。そんな風に考えた。

 忘れないよう語っておくと、それは割と遅い時間で。疲れや眠気があったことも幸いしたのだろう。夜中に峠を登って来ちゃった怪しい人物ではあるが、どこをどう眺めてもひ弱そうなこんな私を、別に害になる訳じゃなし、と判断されたというとこだ。

 それにしたって微妙な感じでパーティ・インしたものだから、私の位置はどの辺かしら…?と端でモジモジしていたら。もう一人のフルフェイスさんに、これから領主になるのだろう少年の隣を指され、失礼します、と一応言って腰を下ろすと、いつも通りの寝袋を鞄から引っ張り出して、私はあっさり眠りについた。




 翌朝、辺りが白んだ頃に、火を熾す気配を知った私はぼんやりと目を開けた。

 火の番をするローブの人はレプスさんあたりだろう。


——なかなかどうしてこの人物も老いを感じさせない人だ…。


 姿勢はもちろん動きのほども矍鑠とした様子であって、こうして顔まで隠していると中の人は壮年か?と。そう思わせる雰囲気がそこはかとなく漂っており、お?そういやあの紋章は皇帝陛下のお抱え魔導士……ははぁ、なるほど、その設定か!と私は心でニヤリと笑う。

 そのまま寝起きを装って上半身をあげてみたなら、すでに護衛の方達はハッキリと起きていた。おはようでーす、と呟いた暢気な私の第一声はチラリと見られた程度で終わり、暗黙のうちに散って行く。

 近くで寝ている領主な彼は、あどけない顔を曝したままで。「リューイ様」とソロル氏が淑女の手つきでゆさゆさやれば、わずかに開いた眼(まなこ)の後に、割とガバッと起き上がる。

 ふと見遣れば視線が合って、僅かに眉間を寄せられたので「リューイくんおはよう。あ、私はベルと言います」と、簡単に自己紹介。勇者様達が明確に互いを名前で呼ばない辺り、そういう壁だ!と察した風に、私は側近のおじさんとも親睦を図るのはやめにした。

 なんかすごい護衛がいるけど、まぁ、歳が近いしね!と。話し相手の狙いというのを少年に絞ったゼ☆と。いかにもなお嬢さんを演じる事にしたのであった。

 そうして簡単に食事を済ませ、積み荷も少ない騎獣を引けば。覆面の勇者パーティ+領主と側近のおじさんは、それまで通り下りの道をしずしずと進んで行った。

 若干の興味があって、馬っぽい騎獣を引っぱる領主少年の隣を取れば、「貴方って偉い人なの?」と不躾に聞いてみる。若いってこういう所もまぁ許されるから、便利よね〜、と思いながらも。さり気なく割って入ろうとした側近ぽいおじさんに、ずいぶんと地獄耳ねぇ、と内心で呟きながらも、あざとくキョトンとしてみせたなら。

 少年は視線を使い、余計な事は言わない、と。そんな雰囲気を乗せた感じで「まぁまぁ偉い」と言ってきた。

 帝国領の領主様なら、一国家の王様だ。絶対的な権力を皇帝が握るとしても、一つの国と同じくらいの“領土”を治める力がある。まぁまぁ偉い…どころじゃないね!と、内心「あはは」と笑いながらも、それじゃあ私も今度からリューイ様って呼ぶ事にする、と。それらしく語ってみれば。


「……“様”なんかいらない」


 と、不機嫌に返された。


——お。この子、権力を誇示するタイプじゃないんだなぁ。


 しかも、この年で自分の発言とかにも気をつけられるとは。


——ただ、やる気だけは無さそうだ。


 つらつらと考えながら、再び私はキョトンとしたが。「そう?」と軽く返すに留め、まぁ、これだけ硬い守りなら、息抜きだってしたいよね、と。どうせ下の町までのお付き合いになるのだろうし、節度を守って発言すれば側近さんも許してくれよう。そんな気持ちで話を繋ぐ。

 そこへ甲冑の勇者な人が不意に話を振ってきて。


「ご令嬢、この先に気になる場所はありませんでしたか」


 と。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


——うわぁっ!!(*・△・)敬語な勇者様だよっ…!!!


 ちょっと意識がズレたけど。


「うーん…そうですねぇ。夜道だったんでしっかりとは見てきませんでしたけど、もう少し下った所に一抱えほどの岩が何個か、崖から崩落している所がありましたよ」


 と。相変わらず見晴らしの良い峠道ですね、ついでに語って「遮蔽物とかは生えていませんでした」と、禿げた赤土の峠の様子を遠回しに伝えてみたり。


「あっ、そういや町を出る時、たまに山賊が出るようだから気をつけろと言われましたね」


 そんな話を加えたら。


「…お嬢ちゃん、度胸があるなぁ」


 側近さんが呆れて返し。


「いやぁ、昨日は素敵な夜でしたから。それに私、ちょっとした契約を結んであって。そうじゃなきゃ此処みたいに治安に不安がある場所なんて、一人で旅したり出来ないですよ」


 とか。

 ごく自然に冒険者っぽく語ってみせながら、素知らぬフリでチクりとも刺してみた。

 すると、側近のおじさんが、一瞬だけ押し黙り。


「……治安に不安、かい?」


 と、掘ってきたので。

 あくまで「えぇ」と軽く頷き。


「もうビックリでしたよ〜。隣の国に比べて物価が高くって。領都はまだマシでしたけど、端の村からじわじわと干上がっている感じです。作物が特に不作という訳でもないのに…。でも、最悪、このままいけば、暴動が起こるかもしれないですね」


 痛ましい、と語りながらも、他人事っぽく放ってみれば。


「…この領土は前任の領主様の悪政で、酷く財政を傾けてしまったのだよ。今の領主様がそれを何とか凌いでいるらしいがね」


 途端、彼の側近さんがそんな風に語ってきたので。

 領都でもそんな噂を耳にしましたよ、と。

 こんな領土のお偉いさんで、貴方ってば大変ね。そんな哀れみの視線というのを自然に向けてみたのなら。至極不本意な顔をして、少年は噛み締めるように言葉を飲む雰囲気を滲ませたので。

 何か言いたい事があるなら、言ってみていいんだよ、と。

 知らない顔で、それでもしつこく、彼の顔を見つめてみたり。

 すると。


「……立て直す方法は、他にもある筈なんだ」


 思い切り不機嫌顔で、至極真面目な言葉が口を突くので。

 

——あれ?この子ってば、実はめちゃくちゃ良い子じゃない…(゜゜;)


 私は素でポカンとし。「へ、へぇ〜、そうなんだ…」と。自分より年下の子のそんな答えは予想外…とか、まぁ話の流れ的にも自然な顔をしてみせて。

 ねぇ、もしかして貴方って、私の想像よりも偉い人?———そんな素朴な疑問というのを、噛み締める顔をした。


——あんまりやると“あざとさ”も際立ってくるからなぁ…。そろそろこの辺で沈黙するか。


 そんな事を考えて。

 閉じた口のまま黙々と彼の隣を歩いていれば、そのうち、例の崩落箇所に私達は辿り着き。

 そのまま通り過ぎようとした勇者様を引き止めて。


「すまないな。思ったより多くの岩が落ちてきているようだ。上官に報告したいから、少しこの場を調べてさせてくれないか?」


 と。

 辺りにまばらに転がった、やや大きめの岩に近づく側近さんの行動を。事情知ったるパーティは、整備の予算を掛け合うのか?と思った風の顔をして、一人二人と自然にその場に足を止めて見ていたが。

 巻き尺を出し、一つ、二つ、と調べ始めたおじさんに、誰もが“暫く掛かる”と踏んだのだろう。ふらっと手綱を引きながら下界を見下ろす峠の端に近づいた少年に、私も人知れず付いて行き。

 わぁ、良い眺めだなぁ。とか、暢気な事を思った瞬間。



 カッ…カラ、カラン、ゴ、ゴゴゴゴゴ!!!



 そんな地響きを響かせて。

 驚きに振り返る赤い赤い山肌に、巨大な岩が転がり落ちる瞬間を見定めて。

 どうしてだろう。

 低レベルな私の目にもゆっくり映る、その巨石の群れを飛び越えて。

 岩を砕かんと立ち向かう勇者パーティを差し置きながら、何故かこちらに向かってきている“側近のおじさん”を。


 その瞬間。


 辺りが凍ったように動きを止めて。

 少年を突き飛ばすその無表情な横顔を、緩やかに見送ってから———。


 止まった足を。

 凍った足を。


——今!動いて…!!


 と叱咤して。

 無表情のまま見送る男を。

 その横をすり抜けて。

 けれど、何故か無情のままに受け入れる少年を見て。


——どうしてそんな表情(かお)をしてるの…っ!?


 と、悔しさも湧いてきて。


——絶対、死なせないんだからっ!!


 半ば、そんな意地もあり。




 思い切り伸ばした腕は、彼の胸ぐらを摑み取る。

 死なせない、という怒りの顔は、笑えるくらい真顔だろう。

 数瞬交じった我らの視線は、ある種の死線の目合ひで。

 何故助ける…?と問うた瞳に、私はニヤリと口角を上げ。


——貴方みたいな“偉い子”が、死んでいい訳ないじゃない。


 と。

 まさに火事場の馬鹿力。

 後に思えば不思議でならない、そんな奇蹟(ミラクル)の発動で。

 立ち位置を強引に変えた私は、何故そんな事が起きたのか。“理解出来ない”顔をした側近のおじさんの、驚愕を見て二度笑う。


——残・念・で・し・た☆


 と、冷静に。

 ひんやり笑った私はそこで、山肌を駆ける巨石を砕いた勇者な人が、驚き、こちらに足を向ける雰囲気を感じ取り。


——大丈夫です、勇者様!少年とおじさんの事、任せますからね!!


 サムズアップを見せたのは。

 まぁ、お約束というやつで。

 ここで来なけりゃクビにするぞ!と。

 口にするのはその名前。




「パシーヴァ…、おいで、パーシー!!」




 肺に入った空気の分だけ、強く漏れ出た彼の名前は、明確な意思を宿して気中の魔気に浸透し。

 イシュに最近、例のイベントがようやく終わったみたいだよ、と。


 だから呼んだら来られる筈よね———?


 そう、遠くの空に問う。

 半球分(ヘミスフィア)の青空が私の視界を覆う中、あぁ、前にもこうやって、落ちた事があったっけ。

 思うのは青紫の愛らしい女性の姿。


——ヨナさん、元気にしてるかなぁ?


 現実逃避で思っていれば。

 一つ、瞬いた晴天に、紫電の亀裂が入り込み。

 亀裂…と思った紫の火が、空間に箔押しされた巨大な陣を形成するのを。


——んんっ!?って、おおっ、マジか…!!?(゜Д゜||)ノノ


 まさかそうくる!?

 そうなっちゃうの!!?

 何故にそんな派手な出現っ!!!?


 戦いちゃったご主人は。


 お犬の姿のパシーヴァさんが遠くの空から駆け抜けるのを、「カッケーな!」と心で思い。

 須臾の目配せをそちらにやると、さらにそこから変化した人の姿をとる彼に。


 次には間近に臨んでいたり。

 抱きかかえられていたりして。


 うおぉ…!と見上げた黒髪に、一瞬覗いた紫暗の光を、さらに「うおぉ…!」と思っていれば。

 落ちた分だけ虚空を蹴ってパシーヴァさんがヒラリと舞って、崩落を終えた道の端へと、スタリ、な音で着地した。 


『ご主人、アレらを殲滅するか?』


 久しぶりに聞く低い声音に、つられて彼の視線を追えば、崩落した峠の先に、気のせいか何かが動く。


——こっちの方も意図的か…!


 遅ればせながら気付いた私は、お願いします!と言付けて。

 タン、タン、タン、と駆け上がる彼に。


「あの!今更ですが!なるべく殺さない方向で…って、できますか!?」


 と。

 ふと足を止めた魔獣さんは、相変わらず髪に隠れた両の瞳を揺らしたのだろう。この状況でご主人は不思議な事を言うもんだ、と少し首を傾げてみせて、御意に、と頷いた。

 いつの時代のか分からないけど、やたら目を引く騎士服は、面持ちが分からなくても着てる男を映えさせる。勇者様並に長身のスッと伸びた背筋を見遣り、久しぶりだと何だかやけにカッコ良く見えるなぁ…と、魔獣様を思っていれば。


「…なぁ、あれ、英霊か?」


 と、幼い領主はこちらに問うて。


「いえいえ。彼は人化できちゃう魔獣様というやつです」


 峠の上で魔法の光が炸裂する模様を見遣り。

 その辺のモンスターなどは一撃でキルしちゃえる程の…ちょー強い魔獣様です…と遠い目のまま返したのは。

 たぶん、その後、いい思い出になるかとは思うのです。

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