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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
19 クローデル峠
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19−8



 部隊長の提案は、ごく単純なものだった。

 部隊を大胆に2つに分けて、二通りのルートを使う。

 この先の倒木でいかにも迂回をしてきたという、空の馬車を率いる部隊。

 そして、本命の少年を生身で運ぶ、倒木を越えた予定通りのルートを行く部隊。

 当然、馬車を率いる部隊が手薄では怪しまれるので、我々と隊長含む精鋭を数人抜いた残り全てに、別ルートを辿らせる事にする。別ルートも短い距離だが、難所になりうる渓谷があり、おそらくそこで狙われるという予想が大体一致した。

 だがそこを通る頃には、こちらのルートは峠を越える。馬車が空だとバレたとしても、そこから追うのは至難の業だ。仮にこちらに追いついたとして、その先で襲撃するには地理的に難しくなる。敵も表立って帝意に背くつもりはないだろう。故に街場へ出た後は手を出せないと予想する。

 加えてこちらのルートでは、難所の峠に着くまでは、たまの木立の死角のみ。安全度は確実に高いだろう決断を、隊長殿の意向を聞いてレプスとライスに配べた視線で、それぞれ是とする彼等の意思を瞬間的に受け取った。

 念のため、遠くの相手と連絡が取れる魔道具を有す可能性など、話を詰めてみたのだが。隊長殿は胸を張り、この隊の個人の携帯品は複数人で確認済みだ、予めそうした事態が起こらぬように厳しく制限させている。なに、行軍は3日きり。携帯食を取り上げたとして、文句を言う者もいないだろうよ、と。この会話も安心してくれ、仮に間諜が混ざっていても伝える手段を取り上げている、歯痒い思いをするだけだろう、そんな風に彼は笑った。

 そして選ばれた精鋭は、隊長の他二人きり。

 てっきり、あの出来る男が選ばれるのかと思いきや。

 どうやら隊長殿も、あの男には人一倍の注意を払っていたらしい。

 何故自分が選ばれぬのか、とあからさまに不満を浮かべた彼を、命令だ、と言い退けた。

 部隊はすぐに編成されて、空の馬車を率いた部隊がそれらしく道を引き返す。

 その姿を見送りながら残った我々は。護衛の数に合わせた騎獣の手綱を各々取ると、レプスがソロルを、ライスがベリルを、そして“領主”を隊長殿が引き受ける流れを見せて。


「私の方がレベルが高い。彼は私が引き受けよう」


 咄嗟にそんな言葉を出したその時の自分というのを、その後、心から誉め称えたい気分になったのは。

 相手の策を逆手に取って、より安全と思える道をそれなりに歩んだ頃に。

 それこそまさかと思われる、奥の方までなだらかな視界の広いフィールドで。

 多数の敵の奇襲というのを、退けた後———の事だった。




 対モンスターならいざ知らず、この平和な時代における対人との戦闘は、若いソロルやベリルにとって衝撃的だったらしい。

 それこそ人の姿を模したモンスターとの戦闘で、似たような感情になるかと思えば、全くそうはならないらしく。

 如何に人の姿を取っても、それがモンスターである事が前提としてはっきりあるので、躊躇は無いと彼等は言うが。

 本当の同族として敵側に立たれると…やはり、弓引く両腕が震えてしまった、と。


「どれほど僕が只人を嫌厭する種族であっても…やっぱり、後味が悪いよね」


 と語ったソロルに。


「…簡単に殺せると思ったら、そんな自分が怖かった」


 と。ベリルが続けて呟いた。

 丘陵の凹凸の僅かな死角と地中から、放たれた矢は百余り。

 鍛えられてはいるものの極めるまでは達していない素人が醸す殺気のおかげで、その矢がこちらに降る前にレプスが全てを焼き捨てた。

 戦い方は常套的な、死角から放つ矢による第一陣の攻撃、のちの、後方からの魔法援助と前衛部隊による接近戦への移行であった。

 こちらは騎獣、あちらは徒歩で、つまりはそのまま逃げ切る事も可能であった話なのだが。逃げ切るぞ!と騎獣の腹を蹴った隊長殿に“待った”をかけた自分の意思を読み取ったメンバーは、騎獣の上に座っていながら出来ることを考えて、向かって来る軍人達を“致命傷ではないけれど、追うのはほぼ不可能である”状態に追い込んだ。

 ソロルもベリルもその後にあんな事を言うものだから、そういえばまだ繊細な年齢だったのだな…と。多少反省はしたものの。これまで「レベルアップのため」と厳しく鍛えてきたせいか、幾度かあった窮地の記憶がすんなり体を動かしたのか。攻撃箇所の判断は実に迅速で正確で、こちらが思う以上に優秀に育っている、と。安堵する気持ちと共に、そら恐ろしい気持ちが湧いた。

 瞬く間に敵を沈めるこちらの手腕を垣間見て、走り出していた隊長殿は舞い戻り目を丸くした。

 彼に続こうと姿勢を取った兵士の二人は、騎獣に「走れ」と指示した所を、慌てて「止まれ」と引いたので、不満を表す嘶きと地団駄によるあおりを食らい、その場で暫く揺れていた。

 そこへきて未だに動く人影へ一つ一つ技を繰り出し、程なく全てを沈めた後に。


「追っ手が付くと面倒だ」


 と。

 暗に、これから峠を下る、背後に付かれたままでは何かと厄介だ、そんな風に語ってみれば。

 隊長殿は深く頷き。


「おい、お前達。ここに残って此奴らを見張っておけ」


 と、そんな指示を彼等に出した。


「まさかこちらの道にまで伏兵を忍ばせるとは…」


 思ったよりも準備が良い、と隊長殿は呟いて。

 確かに貴方の言う通り、この人数の追っ手に掛かって上から岩でも落とされたなら、いくら腕に自信があってもひとたまりも無かっただろう。そう考えるとこの場所にこれだけの数を置いたのも、何となく頷けるような気がする。これから先の峠の道は赤土で、それ故か、背の高い植物は生えにくい。道幅もそれほど無いため、土を掘った跡などはハッキリ分かる。仮に罠が置かれていても気付ける筈だ。そう考えるとこの先に伏兵が忍ぶのは、だいぶ無理があるように思われる。ただし…魔法の事はよくわからぬので、痕跡が無いようにそれらを施せるなら、話は全く違ってくるし…私にはお手上げだ。と、肩を竦めておどけて語る。

 おっと、長話をしている場合じゃないな、では宜しく頼んだぞ、と。

 気を改めて二人の兵士と別れ、先ほどの戦闘を恐ろしいと感じたのだろう、未だ細い少年の肩が縮こまるのを目撃すれば。


「それにしても驚いた。皇帝様の近衛(ちかきまもり)は本当にお強いのだな」


 そんな風に隣を合わせた隊長殿が囁いた。

 こちらは、そういう設定だった、と改めて思うと共に。


「…まだまだ修行の身でありますが」


 と。無難な答えを返すに留め。

 殆ど無言の少年領主を同じ騎獣に乗せながら、ポツポツと振られる話に応えるのを繰り返す。


 そうして昼を迎えた頃には峠道に差し掛かり、進む手前で休憩を取り保存食を齧っていれば。

 突如響いた獣の嘶き、次いでドサリと倒れる音に、各々獲物を持ち直し、辺りを警戒する気配。

 反射的に肩を竦めた少年を守る位置にて、攻撃はどこからだ?と辺りを見回すも。

 のたうち回る騎獣の口から泡が零れる様子に気付き、そっと立った少年が。


「…あれは、毒だ」


 と呟いたので。

 最後にビクリと痙攣し、それきり動きを止めた騎獣に、一人、腰を上げながら彼に続いて手をやれば。

 勇ましく主に従う美しい彼ら騎獣は、少年の語った通り、毒状態で死んでいた。

 ハッとするなり、未だのたうつ最後一頭に気をやれば、既に詠唱を始めていたのかソロルがすぐに近づいて、毒状態の回復と体力の回復を速やかに行った。

 その場で急に腰を屈めた少年の動きを見れば、彼は騎獣が口にしていた干し草を漁り始めて。ほどなくその指先で摘み上げた一本を。


「クアラコルネだ。クルーク種には猛毒になる」


 そう、淡々と語った後に。

 寸での所で助かった最後の一頭に近づいて、憤る様子を見せながら。


「お前だけでも助かって良かったよ」


 と、何度も何度も体を撫でた。

 その騎獣はあやうく死ぬ所だったのだ。そんな恐ろしい体験をして錯乱するかと緊張すれば、自分を救った知恵の主を正しく理解できたらしい。それとも他の要因なのか知る事はできないが、私はこうして生きているから、そろそろ安心しなさい、と。どうしてだろう、そんな声が嘶きの中に見て取れて。全く忠義に厚い騎獣だ、と頭が下がる思いが浮かぶ。

 騎獣のために用意された干し草の塊は、村で渡された道具袋に入っていたものだった。干された結果、同じ枯れ葉に見えてしまう毒草は、ほぼ確実にこれを狙って混入されたものだろう。1日目にも日に数度、同じように供されるのを目にした記憶があるために、倒木のあるフィールドで敵の息が掛かった誰かが、上手くこちらの荷物の中に紛れ込ませたのだろう。

 残念ながら救えなかった3頭を埋葬すると、我々は残った騎獣に最小限の荷物を括った。オレが引く、と譲らなかった少年領主に手綱を任せ、そこから先は徒歩での行軍になる。二日目で峠の下の町に入る予定だったが、やはり半分も降りない場所で野営となった。

 できるだけ安全な場所で一夜を過ごそうと、選んだのは岩肌が抉られた地形の所だ。日が落ちる前に夕食と焚き火の処理を終え、夜間に明かりを曝さないよう注意を払う。幸いなのはこの国のこの時期の温かさ。夜になっても補助魔法で体温を少し維持すれば、掛け布が無くても耐えられる。


 そうして不測の事態に耐えて、各々早い仮眠を取れば。

 日付が変わる頃の深夜に、人が近づく気配を覚え。

 元々の緊張感で眠れなかったのだろう領主と、ソロルがたてた僅かな衣擦れに目を開けた隊長殿が、誰ともなしに配置についた我々の動きを悟り、緊張感をさらに張りつめさせた時。


「わっ…!」


 という若い女性の驚きの声を聞き。


「こんな所で何をしてるんですか?…いえ、えぇーと、すみません。思いっきり野営ですよね」


 な、申し訳ない声音と共に。

 陰る雲間にタイミング良く覗いた月の光が射して。

 やや訝し気な顔をした、見慣れた彼女が浮かび上がるのを。


 ベル———。


 と内心で呟いたのはおそらく自分だけじゃなく。

 その時その場に僅かに走った畏怖のような戦慄に、パーティの誰もが“ここで彼女を逃すな”と。

 故に、すぐさま持てる知識で。


「ご令嬢、こんな時間に下から登ってこられたか」


 と。

 旅の予定が急ぎでなければ、少し力になって欲しい。

 そう、少年と隊長殿に怪しまれない言葉を選び。

 すると彼女は瞬きするうち、何となく察してくれたのだろう。


「では、案内代を少しばかり恵んでくれますか?」


 と。素晴らしい芝居と共に心にも無いそんなセリフを、にこりと微笑みながら向けてきたのだ。

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