2−8
『娘、礼をいう。そうだな。お前は脆弱そうだから、あれをくれてやろう』
帰りのトラップの前まで来て、エルさんは思い出したように長い袖を優雅に押さえ、お座りでスタンバる犬の方を指差した。そのしっぽがものすごい勢いで振れているのだが、これは私への好意と受け取ってもいいのだろうか。むしろ“ご褒美”のエサ認識じゃないかと不安が首をもたげる。あの子食べていいよー、みたいな。
「うーん…わんちゃん使役できるほどステータス良くないですから、お礼言ってもらうだけで十分です」
『なに心配することはない。使役の呪はステータスに刻んでやる故、死ぬまでお前には逆らえぬよ』
「エサとか何あげればいいんですか?」
『あれは大気に漂う魔気を吸収して生きておる。放っておいても死なん』
「そうですか。ちょっと安心しました。魔物ってたしか伸縮自在でしたよね?」
『パシーヴァ、小型になれねば娘が受け取らぬと言っておる』
つややかな声でエルさんが言うと、犬はガーウと一声上げてみるみる体を縮ませた。どないな構造してんねん!?と前の世界の方言で突っ込んだのは言うまでもない。
「では、遠慮なく。どうもありがとうございます♪」
受け取りを宣言すると犬は犬らしくハッハハッハ言いながらこちらへ駆けてくる。
お手をする前に、ステータス・カードを取り出して。
-----------------------------------------------------
冒険者 ベルリナ・ラコット 18歳 ♀
レベル 15
体力 20 知力 80 魔力 56
スキル 家事 8/10
細工 5/10
交渉 6/10
捜索 Max
特殊スキル 絶対回避 Max
-----------------------------------------------------
——おや?どこに刻まれているのだろう??
首を傾げる私に気づいてか、いつの間にか近くに立っていた勇者様がステータス・カードの表面をツンとなぞる。
-----------------------------------------------------
契約 魔獣 パシーヴァ:従属
-----------------------------------------------------
——おおっ!?まさかのタッチパネル!!し…知らなかったよ…!
「ありがとうございますっ」
勢いよく頭を下げる私に、勇者様は「いや」とだけ返す。
よし。契約されているならこっちのものだ、と早速しゃがんでお手をさせる私。
犬はガウッとなんとも可愛い声を上げて、しっぽを振り振り両手を一度に乗せてくる。
「ふおぉぉっ…なんとかわゆき生き物かっ…!」
あ、しっぽのところがなんか誰かに似ているな?と思ったところで、ふわっと浮遊感に包まれる。
ん?と横を見れば見慣れた軍服様相の勇者様の胸板のあたりが。
——胸板のあたりが…?
「ゆゆゆゆ勇者様!?こっ、これは一体!???」
——え、お姫様だっことか誰得?あ、これが俺得ってやつかしら??
パニクる私の頭上から、落ち着いた声が降ってくる。
「立っているのが辛いんじゃないか?」
——なっ何故にそれをご存知で!?
「いつも移動に6時間以上かかると、姿が見えなくなるからな」
エスパーさながらの回答に開いた口がふさがらない。
かあぁっと一気に熱くなる顔を俯けながら、スカートの端をぎゅっと握る。
この状況はすごく恥ずかしいけれど、恥ずかしいながらもなかなか嬉しいものがある。
だってこれって全乙女の夢でしょう!?
前世じゃ夫の腰が気になって、お姫様だっこして!なんて気軽に頼めなかったことを思えば尚の事。
このファンタジー世界では筋力の上限が途方もないことになっていて、それが勇者なんて職業の人だったら尚の事。こんなに軽々と苦もなく持ち上げられてしまったら、胸キュンしすぎて気絶してしまうかも。もったいないからしないけど!
——あああ……もうすっごい、すっごい、良いにおいー!これ何て媚薬??胸板広いー!!引き締まった体サイコー!!ここでさり気なさを装って体ごと寄りかかったりして……きゃっ☆(*ノノ) 私ってばなんて破廉恥なーっ!!!
傍から見たら完全恋人な状況に、うっとりトリップする私。
間違って昇天しないようにしなければと思うものの、俯けた顔の中でどうしても口元が緩んでしまうのを抑えられない。
「幸せすぎて死にそうです…」
そう呟いた小さな声は、発動したトラップの輝きと共に、そのまま空間に溶けていく。
*.・*.・*.・*.・*.・*
勇者の嫁になりたくて。
異世界からの転生者、ベルリナ・ラコット18歳。
心地よい揺れに意識を手放し、気づいたら宿のベッドの上だけど。
明日も追います!愛しい私の勇者様☆
Oct.22, 2011 短編投稿
この小説は簡単に!がモットーなのに、いろいろ説明を突っ込んでしまい反省した2話目です。
が、ここで説明を強化して世界観の足固め+どうしても布石を置きたかったという理由がちゃんとあるのです。…まぁ結局、続編では説明にうんちくが増えてしまったのですが。そして連載化によってより説明が…
余談ですが、レプスさんの愛用の杖の名は流星の杖(ステッキ・オブ・シューティング・スター)という設定でした。魔法使いの杖はワンド、ステッキ、ロッドの三つの型があり、ヤフ知恵でベストアンサーを貰っていた回答を参考に、上から持つところが曲がっているもの、短い棒、長い棒、という使い分けをするという仕様になっています(作者の心の中で)。
ちなみにベルが改良した創星の杖はロッドタイプで、持つところが長いです。結局いずれも日本語のままにすることにしました。候補はロッド・オブ・クリエイション・スターズだったんですけどね。長いし英訳に自信がなかったのでやめときました。