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基本、どんな依頼にも不足を出さないパーティだけど、さすがにこういう状況は想定外だったのか。泣き止まぬ赤子を前に、ただただオロオロするパーティ。
——おーい、ライスさん、レプスさん。君たち仮にも子持ちだろう…?レプスさんに至っては、お孫さんまで居るだろう…??
勇者様…は置いといて、少年少女は叫ぶ赤子にどこか恐怖を思うのか、意思の疎通ができない相手に及び腰になっている。
——とりあえず、皆、落ち着いて。これだけ泣く元気があれば、状況は良い方ですよ。
私は内心で呟きながら近くの岩に座り込み、さっそく仕事…と鞄に手を入れ例の通信道具を漁る。
「あ、イシュ、お忙しいとこ悪いんですが…」
片手に持った魔道具越しで、こちらがみなまで言う前に、彼はこの状況を感じ取り。
『ノクティア、すぐに母乳を手配してくれる?』
な、簡単な指示を出す。
「それにしても…すごい拾い物したねぇ」
と。今度はこちらに向き直り。
まぁ、あの勇者に拾われるんなら無事に育つって事かな、と。独り言にて話を締める。
「あれ、起動しておいて。最優先にしとくけど、たぶん一時間弱はかかるよ。ついでに、おしめとか子供服とか、いるなら先に入れるけど」
それはこちらも思っていたので「お願いします」と伝えたら、やはり過分に忙しいのか「じゃあまた」と言い会話が切れる。こちらもこちらで道具を仕舞い、いつものアレを引っぱり出して…。
——お、早い。流石イシュ。
と、心の中で賛辞を述べつつ、その中に入れられた赤ちゃん用品を、あれとこれと…と選び出す。
その間、周りでオロオロしている戦力外な彼等な訳だが、中でも一番気にかけている黒髪の人を伺って。
「すみませんが、勇者様。母乳を手配している間に体を清めてしまいたいので、これに温めのお湯とかを作って貰えませんか?」
と。浴場のない宿屋にて体を清める場合に使う、大きめなたらいを引っぱりその人に差し出した。
彼はそれに頷くとレプスさんの方を向き、水を出してくれないか、と。「そっ、そうでござるな!」という若干焦った声音の後に、すっかり忘れてしまったが、確かこんな感じでござったな、と恥じ入るような声がした。「ついでに水を温めるのも某がやるでござる」と経験者はかく語り、仕事が消えた勇者な人は「他には何をするべきか?」と、再びこちらを向いてくる。
「それでは申し訳ないですが…少しこの子を抱いていて貰ってもいいですか?」
と。
その間に簡単にでも横たえるベッドを作ろう。これだけの大きさならば首は据わっているだろうけど…念のため頭を支えて、こう抱っこしてくだい。
そんな風に呟きながら、赤子を彼の腕へと託す。
そこへ。
「オレたちはモンスターに警戒していよう」
な、凛とした声がして。
ライスさんは残った二人に真面目な顔をして、周辺は任せてくれ、とこちらの方に視線で語る。
少年少女もそちらの方が大分仕事がしやすい、と。抱かれ心地が変わった事を敏感に感じて叫ぶ赤子の方を「うわぁ…」な顔で見遣った後に、心底気の毒そうな顔をして勇者様をチラ見した。
そんな気配を感じながらも、私はせっせと布を引っ張り、デコボコした道の合間のなるべく平たい地面を使って、背中が痛くならないように…と柔らかな寝床を作る。これが着替え用の肌着で、おしめはこう、その上に体を拭く用のタオルを置いて…と、前の世界の知識を引っぱり出して、なるべく手際よく出来るよう環境を整えた。
ほどなくお湯が出来上がり、温かさを確認すると、無表情ながら困った様子の勇者様から赤子を受け取り、するりするりと慎重に衣類を剥いでいく。
その間、気が利く勇者な人は、お湯を張った重いたらいを簡易ベッドの側とかに運んでくれたりしてくれて。ありがとうございます、と感動のまま微笑めば、何処か気まずそうにして彼のお方は「いや」と言う。
——あぁ、そういや女の子…。
と。うっかり目に入ったのだろう。裸に剥かれた腕の赤子を「だからか〜」と見て過ごし、女の子の男親って最初はびっくりするって言うし…と、勇者様の変な様子をそんな感じに受け取った。
別に取り出し置いていた、小さめの桶にお湯を掬って。
「はーい、体を洗いまーす。すぐ済みますよ」
と話しかけたら、おっかなびっくり見守る二人がふとこちらに視線を向けた。
「ベル殿、何やら…手慣れているでござるなぁ」
と。
レプスさんが感心しながら呟いたので。
「いやぁ、それほどは」
何処かドキリとしながらも。
「実はお守りの仕事とか、やった事があったので」
と、努めて自然な体を装い、赤子の体を撫でていく。
力一杯叫ぶ赤子も、体に浸みる温かさとかに徐々に気が付いたのか、しゃくり上げる声を潜めて、凝った体の力を抜いた。そのまま頭を撫でて洗えば、疲れを思い出したのだろう。空腹は続いているが、ついに疲労が上回り、仕上げのかけ湯をかけた辺りで、切なく呻いて寝入ってしまう。
最悪、ずっと泣いたままなら、イシュに頼んだ母乳がこちらの鞄に届くまで、眠りの魔法で寝ていてもらおう…そう思っていたために。無事に眠れて何よりです、と、そそくさと肌の水気を拭き取り、おしめに服にと纏わせた。
出した道具を片付けるため、再び伺う勇者様へと幼子を預けたら。レプスさんと二人して、どこかホッとしたように腕の赤子を見下ろしたので…不慣れな感じが微笑ましい…と、不謹慎ながら思ったり。
ほどなく道具を片付け終わり、手持ち無沙汰になったのだけど…。すやすや眠る腕の赤子がよほど可愛く見えるのか、二人はずっとその場に立って彼女の様子を見つめているので、そろそろ抱っこ代わりますよ、とさすがに言い出せず。繋がったままの端末画面に“抱っこ紐”なる文字を見つけて、これも手に入れておこう、とこちらの鞄に移動する。
おぉ、スリングタイプか〜、と。装着に少し手間取りながら、そういやこっちの“人”の仕組みは、向こうと殆ど同じなのよね、と。太陽一つ、月一つ、暦も時間もほぼ同じなら、腹の子が育つ時間も只人ならば10ヶ月。混乱しなくて助かるわ〜、と、私は岩に座って思う。
——それにしても勇者様…。
率先して面倒を見る、その様子を見る限り。
——まさか、子供好き…だとは。
と。私は何かに打ち拉がれて、見かけに寄らぬ…と息を吐く。
でもあの赤ちゃん、金髪で…瞳も綺麗な蒼だったから…。あるいは凄い美人な娘に育ったりするかもな〜、と。ちょっと妬けるわ、と苦笑する。
そうこうするうち“母乳”の文字が指定時間より早めに灯り。
「母乳、届きましたよ〜」
と二人の世界に割り込む私は。
その時ほんの少しだけ、悪役だったかもしれない…。