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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
18 クラーウァの丘
184/267

18−6



 ここで少々、話は逸れて…。




 目から零れる水分や、鼻から垂れる水分や、口を潤す水分を可能な限り滴らせ、土下座しながら東の勇者を自身の村に留めた彼は、前日と変わらない薄い表情の美麗な顔を、不思議な気持ちで盗み見た。

 祭りの準備のために今朝も早くに起床したのだが、それから殆ど間を置かず同じように起きた勇者は、「庭を借りてもいいだろうか」と挨拶のあと問うてきて、了承すれば得物を片手に素振りなどを始めてみせる。

 もちろん、剣技の心得など無いぽっちゃり気味の自分だが、勇者——それも高レベルと名高い人物——が、初心者めいた練習をすると全く思いもしなかったので。そこで少々驚いたのだ。

 あるいは、そんな運動が、あのしなやかな体躯を維持する基本なのかもしれない、と。ちょっとたるんだお腹をつまみ…。そろそろ痩せる努力をするべきだろうか?と、少し前から庭の勇者を覗き見していたりする、今でも美人な自分の妻の後ろ姿を見て思う。

 その後、祭りの準備も一段落し、いつの間にか起きてきていたパーティの皆さんと、朝食をとったなら。折角なので皆さんには広場にて待機していて欲しいのです、と。頼む!見世物になってくれ!!な心を隠して頭を下げた。特に、美形な勇者様など、平坦な日常を生く村の娘達からしたら、格好の獲物だろうから。よければ贈られた花々は快く受け取って頂きたい…!と切々と訴えた。

 わかった、と低い声音(こわね)で頷いてくれた東の勇者は、祭りの開始の花火が上がり、丘を駆けた少女の群れに、広場に設けた宴席で真っ先に囲まれた。

 色とりどりの花を受け取るその表情は、ずっと変わらず動かぬままだが、彼を囲んだ乙女らは大して気にはならないようだ。好きな食べ物はなんですか!?や、好きな色はなんですか!?と、とめどなく彼女達は問いを投げかけ、ややあってから返される低く静かな声音(こわおと)に、キャアキャアと黄色い悲鳴をいちいちあげている。

 あれだけ娘に囲まれながら嬉しそうにしない男に少し首を傾げたくなるが、あれだけ煩く囲まれながら苛立ちの気配を見せない彼に、あれはあれでいて大変だろうに、よくもまぁ付き合うなぁ、と。同情心が湧いてきて。近場の町から来たらしい綺麗な形(なり)の女性が一人、両手を花に添えながらその輪へと入っていくのを、お一人様追加です、と心の中で見送った。

 一部では、貴族階級の出身なので王侯貴族の依頼しか受けない、と、まことしやかに言われているが。こうして近くで見てみると、さしてプライドが高いという雰囲気でもなく、物静かな性格も相まって、意外と親しみやすい人なのかもな、と。

 だが同じ男として人妻を含むハーレムとかは絶対に許せんな!!と。こそこそ丘へ繰り出して花を摘んできたらしい、自分の妻の後ろ姿をその輪に見つけて涙する。

 斯くなる上は昨日以上に蜜酒を飲ませてやるぜ!泥酔勇者の誕生だ!!と悪い顔で笑ってみるも。酒瓶を持たせた娘達が我先にとグラスに注ぎ「勇者様、次は私に注がせてくださいね」と、こちら以上に黒い微笑でどんどん盛っていくのだが……太陽が真上を過ぎて、丘から戻る娘も減って、戦いに敗れたらしい娘達があぶれ出しても、勇者の顔はクールなままなのだ。

 特産品の花蜜の酒は、甘さの割にそこそこ度数もあるのだが。呂律もちゃんと回るらしくて、酔ったフリをしてしなだれた少女の体を受け止めた。


 いや、そこはもう少し、女体を堪能するべきだ。


 抱き寄せる風ではなくて、はっきり拒絶な手のやり方に、つい思って視線をやると。こういうところに鋭い妻が、冷たい視線を投げてくる。それに思い切り顔を振り切り、たっ、たまたま視線をやっただけ!と心の中で呟けば。

 やだ〜アリサったら酔っちゃったのね〜!早く家に帰った方がいいわよ!と。抜け駆けされた周りの女子が一致団結でその娘(こ)を退ける。

 村に唯一の商店の店番をしているアリサちゃん…いつも買いに行く時は恥ずかしそうに俯いてるのに、意中の男子が前ならば意外と強く出るんだな…。そのギャップをこっそり思えば、数人が同じ顔をしていて。しかもその誰もの顔が似たタイプだったため、あっ、アリサちゃん、面食いなのね!不細工は視界にも入れねぇぞ…ってことなのね!と。同じ事を思ったらしい村の男子数人が、悲しい涙をそっと自分の目元にためていた。

 元は自分のタネなのに、運良く妻に似た息子達は、各々、町の方から来ただろう綺麗な娘を捕まえていて。くそう!あいつら見た目はあれでも、中身は俺似なんだから!!と。憤りを抱えつつ、酒をグイッと流し込む。

 盛大にむせ込んだ後、涙目で見上げてみれば。

 いつの間にやら勇者な男は、娘達を置き消えていて。


——そりゃあ、あれだけ飲まされればな。


 と、厠に立ったのだろう。

 クールな勇者の行方の辺りを、そのままに受け止めたのだ。

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