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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
2 エディアナ遺跡
18/267

2−7



 そこには予想していたよりも奥行きのある空間が広がっていた。

 高い天井には光石(こうせき)が惜しげもなく使われていて、地下だというのに真昼のような明るさが保たれている。

 半球状の空間の中央には、遠目にもそれとわかる巨大な獣が伏しており、その丁度真上には意味深な鎖がぶら下がっている。

 漫画のように横でごくりと生唾を飲み込む音がして、思わず口がすべってしまう。


「見てごらんフィールくん。あそこにでっかい毛玉が転がっているよ」

「…は?」

「だから、でっかい毛玉が」

「いや、それはわかったから。それより俺たちのこの状況の方が深刻な問題じゃないか?」


 神妙な声で言う勇者に、正面を向いたまま反射的に眉をしかめる。


——くそう!この男、私のささやかなボケを無視しやがった!!あれか?ボケるのを内心ちょっと恥ずかしがったせいでボケレベルが一気に下がってしまったのか!?っていうか、冗談のわからない男だな、フィールよ!せっかく気を利かせて緊張をほぐしてあげようと思ったのに!!


 雑な言葉で憤慨する私に気づかぬまま、彼は再び口を開く。


「ボス戦なのに男女がお手々つないで登場とか、ないだろ」

「もういいよ。君に理解を求めた私が馬鹿だったから。ほら、さっさと行くよ」


 渋るフィールくんの手を引いて巨大な犬っぽいモンスターへ近づいて行く。

 案の定、私の特殊スキルの効果か、ユニークモンスターはすやすや寝息を立てて気持ち良さそうにお休みしていた。

 見事な濡れ羽色の体毛が覆う腕に足を乗せたところで、フィールくんが焦ったように手を引いたためバランスを崩しそうになる。


「何をする」

「いやいやいやいや。それこっちのセリフだからね!?何、躊躇なく乗っかろうとしてるわけ??いくら寝てるからって大胆すぎやしませんか!」

「だってそうしないとあの鎖に手が届かないじゃない。あれすごく怪しい。引っ張るべきだと思う」

「怪しいなら引っ張らない方がいいんじゃないの!?俺的にやめた方がいいと思うんだけど!」

「面倒だな危険回避(その)スキル。でも早く帰りたいしなぁ…」


 少々躊躇ったが、私は再び犬の腕に足を乗せた。


「ちょっ!?あーもう、わかったよ!だから女なんか嫌なんだよ!!」


 小声でわめきながらも彼は片腕でヒラリと犬の背に乗ると、繋いだままの左手で私を引き上げてくれる。


「グッジョブ☆フィールくん」


 私は親指を立てて差し出した左手をそのまま鎖に持って行き、蛍光灯の紐を引く要領でそれを引いた。

 と同時に。

 目の前に広がる世界は一瞬のうちにモーションを切り替え、すべてが呆れるほどゆったりとした速度で動いていく。

 迫り来る黒い陰に目を奪われて、瞬きを一つ。

 衝撃と、浮遊感。さらにもう一度、衝撃を受ける。


『くくく…我の領域に久方ぶりの闖入者よ。滅多に人は訪れぬ故、飽いていたところだ。ひとつ我が相手をしてやろうぞ』


 艶のあるアルト寄りの女性の声が空間にこだました。

 天井からぶらさがる鎖の中程に複雑な魔法陣が現れて、ゆっくりと逆さまのまま姿を現したのは、妖艶な美貌を持つ中年層の女の人だった。その姿は人に似ているが、雰囲気があきらかに「違います」と言っている。


——え…えーっと…おかしいな。いや、おかしくないか。この人が目的?のユニークボスで、さっきの犬は前座だったのか。どうりで弱そうだと思った。いくらスキルが発動したといっても「寝てる」とかなさそうだし…。それはともかく、右手は、と…?


 ずるりと自分の体が下がったのを感じて、ようやく置かれている状況を把握する。

 鎖を引いたら現れたとおぼしき人型のモンスターを目にしたフィールくんは、目にも留まらぬ速さで私を抱きかかえ犬の上から飛び退いた。その際、繋いでいた手は解かれ、私は冷たい石畳の上にいつの間にかあひる座り。フィールくんは剣を抜いてすでに敵と対峙している。

 何この置いてけぼり感。

 と、ちょっと憤るも、最悪なシナリオが脳裏に浮かんで見えてゆるゆると首を横に振る。


「とりあえず待て!少年よ、戻ってこい」

「…できるだけ時間かせぐからさ。逃げきりなよ?」 

「だから、話を聞けってば!」

「地上に戻れる方法…ベルリナなら見つけられるさ」

「えぇいっ!微妙な死亡フラグを立てるな!!」

 

 叫ぶと同時にギン!と金属の擦れる嫌な音がして、ビクッと体がはねる。


『ほう…ならば、こちらは?』


 艶やかな声がした方を見やれば、黒い固まりが残像を残して次々と切結ぶ光景が飛び込んでくる。やや押し気味な様子に、言う割になかなかやるじゃないかと感心するも、年上女性の体の運びはかなりの余裕が伺えた。

 あ、これはやはりフィールくんの負けだなと顔がこわばった時、何かがはらりと散り、女性が一気に距離を取る。


『小癪な…』


 蠱惑な口元が歪む。

 レベルの低い私には彼らの戦闘の軌跡はおおざっぱな残像でしか認識できなかったが、察するにフィールくんはなかなかに器用な剣さばきで彼女の攻撃をいなし、どうやら自慢の白髪(はくはつ)の一部を散らしたらしい。


『『『 ブ ラ ス ト 』』』


 状況把握に努めていた私の耳に、こだまする声が届く。

 やばい!ととっさに足に力をいれたところで、何かの黒い陰が私の陰に重なった。


——うぉう、犬!?すっかり忘れてたよ!まさか私の死因、ネコパンチ!?


 大きな肉球が眼前に迫ってくるが、弱小冒険者の私には避けるこどなどできはしない。犬っぽいのにネコパンチだなどと思ったあたり余裕のなさが伺える。結局自分は死なないのだとわかっていても、こういう場面は慣れないものだし……なによりも心臓に悪いのだ。

 反射で目を瞑ったあたりで重いもの同士がぶつかる鈍い音が耳に届き、強風が頬をかすめていった。


「なんで逃げてないんだよ!?」


 衝撃がない上に怒声を聞いておそるおそる目を開けると、視界から犬の体が消えていた。

 風が吹き抜けた方に目をやれば、犬は丸めた体を伸ばしこちらへ駆けようとしているところだった。

 正面に視線を戻し、急いで手近にあった黒衣の端を握りしめる。


「なん…」


 続く言葉を遮るように前方で轟音が弾け、不満を露に振り返ろうとしていた少年が驚いて前を向くと、圧倒的な質量を予想させる風の塊が硬い何かにぶつかって、1つ2つと弾かれていく光景が見えた。


「無事か?まさか魔人が潜んでいたとは…」


 視界の端でふわりと黒い髪が浮く。

 深い声がした方を見れば、大剣を手にした彼が私たちを庇うように立っていた。


——あぁぁぁぁ!!!言っていいですか!?言っていいですよね!?ここで言わなきゃいつ言うんだって話ですよね!?じゃあ、せーのっ………

 勇者様、キタ——°*.ヽ(≧∀≦)ノ.*°——ッ!!!!!


「え…あ…クライス、さん?」


 その時、逃しきれなかった風がぶわっと吹き付けて、フィールくんのフードを取り払う。

 黒から放出された白群(びゃくぐん)の糸が、しなやかに空間を舞った。同時に、やや不健康そうな象牙色(アイボリー)の肌が目を奪う。

 それは勇者様の登場で有頂天な私を一瞬で覚醒させる破壊力を秘めていた。


——なんという美少女ばりの配色…!!くっ…薄々感づいていはいたけれど、きっと、顔の作りは女性受けする美少年(ショタ)顔に違いないっ。女難の相…恐るべしっ!


 何かに打ち拉がれた感が体を襲い、私はがっくりとうなだれる。

 そこへ少し動揺したようなフィールくんの声がする。


「エル・フィオーネ…?」

『なんと!?…その魔眼!まさか!!』


 ひらりと優雅に身を翻し、魔人は少年の前に降り立つ。あまりの速さに勇者様もフィールくんも共に体がこわばった気配がしたが、女性はおそるおそるといった手つきで象牙色の頬に触れ、何かを確かめるように瞳を重ねた。


『…あぁ、恐ろしい。うっかりヌシを殺してしまうところだった。この輝き…なんと懐かしや。千と百余年待ってようやく相見えた…アーサー……我が、伴侶』


 そう呟いて、うっとりとため息をこぼす。


——あれ?もしかしてこれ、特殊スキルの発動結果?ユニークボスとの戦闘がいつの間にか邂逅イベントに……ともかくフィールくん、思いがけず熟女getだね!…って、いきなり熟女とか………だってさ、ハーレム作成って普通、初期は元気系か健気系の少女たちだよねぇ。熟女って後の方だよねぇ。うわー……さすがだわー。


 目の前で繰り広げられる光景をぼんやり眺めながら、スキルって恐ろしい…としみじみ思う。この場合どちら——私orフィールくん——のものが上位で発動したのか不明だが、もはや命の危機は去ったと確信して良さそうだ。

 安心した私は二人の世界に入ってしまったらしい彼らを通り越し、愛しい勇者様を見つめる。

 彼は凛々しい立ち姿で、少し離れたところでお座りをして待っている犬のほうに視線を向けていた。剣はまだ鞘に納められていないのだが、さすが空気の読める男。背後でいちゃつき始めた彼らをものの見事にスルーしている。


「………あの、俺、貴女に会った事ないですし、フィールって名前なんですが…?」


 態度を一転、頬をひくつかせながらと想像できる困惑声で、少年勇者がぽつりと漏らす。


『今生の名はそう申すのか。ではそう呼ぼう。見えているだろうが、我の名はエル・フィオーネ。魔種の序列にして公爵を務めておる。焦らずともよい。ヌシが覚えておらずとも、その眼がすべて覚えておろう。さて、愛しい其方に付いてゆきたいところだが、惜しむらくは我が囚われの身であることか…』


 心から残念そうに、彼女は自分の腰に下がった鎖が繋がれている錠前をすくい取る。

 その仕草の上品なことと言ったら。まるで艶(あで)やかな日本画のようではないか。


——ん?錠前とな??


「あの、もしかして鍵ってこれですか?」


 取り出した拾い物のその鍵に、一同の視線が集中した。


——やんっ☆そんなに見つめちゃいやんっ♪なんてねー。すっごい寒いけど、一回言ってみたかったんだよねぇ。

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