表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
17 ルーデル第三研究所
178/267

閑話 霧と女王と王妹姫



「なんですって…?」


 何の変哲もないその日、私に心酔する侍女の一人が、姉に届いた知らせの一部を私の耳に囁いた。


「それで…陛下は?」

「表面上はお変わりございません」


 その言葉を受け、でしょうね、と。

 一つ頷き返してみせて。


「でも、意外だわ。占者(リセリア)の言を信じられずに、神国(デイデュードリア)から死報官をわざわざ呼び寄せて確認するなんて…。それが“死んだ”と言ったのならば、間違いはないのでしょうけど」


 と、憂い顔で言葉を返す。

 一度、軽く顎を引いたら側に寄り添うその侍女に、低い声音で伺うように大事な話を持ちかけた。


「…それで、例の女の事だけど」


 その一言で“心得た”雰囲気を出す私の侍女は。


「存命のようでございます」


 と、憎々しげに囁いた。


「……あの霧が…しくじった、と」

「女が生きている以上、そうとしか考えられません」


 昏い声音で続けた後に。

 つい、思わぬ感情が立ってしまったと、彼女は再び気配を殺す。


「まさか、あれに殺(や)られた訳じゃないでしょうね…?」


 今までは、平民の、只の女だと…そう聞いていたけれど。

 もしや、と思い呟けば、侍女は肯定するように僅かに己の首を振る。


「冒険者ギルドでもそこそこ有名な様ですが…さすがにヘイズ様をどうこうできるとは……」


 あり得ない、という断定を受け。

 まぁ、わたくしも、さすがにそれは無いだろうと思っていましたけれど。

 と。

 では何故“霧が死んだ”のかしら?

 そう思って視線を上げた。


「…ユーグドリアの王子から、新しい茶葉が届いていたわね?」


 長年私に仕える彼女は、その言葉で全てを察し。

 すぐに準備して参ります、と自然な動作で部屋を出た。

 その後、姉への連絡と茶器の準備を終えた彼女は、いつも通り控えめに私の部屋の扉を叩くと、何も言わずに後ろに従いカートを押して歩き出す。




 数百年続く王家は質実と過ごしてきたが、女神の加護を生まれながらに授かった私のために、祖父母はもちろん早世した両親は、私の居室がある棟を他の棟より華やかに改装してくれた。王城の一角にこうした場所がある事も、いつか何かの役に立つだろうから、と。贅を尽くした煌びやかな空間を、今日もうっとり視線を配べて、ゆったりと横切った。

 そのうち、陛下が部屋を抱える重厚な棟に繋がり、あちらこちらに屈強な警備の兵を見かけると、一際造りのしっかりとした扉の前にさしかかり。近衛が私に気付いた時に先に内部に伝えられ、返された言葉の通り、緩やかに扉が開く。


「いらっしゃい」


 と、机から顔を上げた姉上は、いつも通り平静で女王の顔をしていたが。私を伺い、僅かに緩んだ目元の辺りが、どうやら歓迎されている、と。私の目にはそう映る。


——それもそうよね。姉さんは、昔から私の事が大好きなんだもの。


 思えばこちらの口元も知らず知らずに弧を描き。


「お忙しい所、失礼致します」


 と、一応、形式ばかりとはいえ丁寧に膝を折る。

 背後では扉が閉まり、話を詰めていたらしい老齢の宰相が、こちらに礼を取り静かにその場を辞したなら。


「今日はどうしたの?」


 と、親しみのある優しい口調で、姉がそう問い掛けた。


「ユーグドリアの王子から、新茶を届けて貰ったの」

「まぁ。嬉しいわ。ちょうど喉が渇いていたのよ」


 くすくす、と笑った後に。


「それで?まさか味が気に入ったなら、輸入して欲しい、って?」


 普段からは考えられないチャーミングな返答に、ほんの少し驚きつつも「やっぱり、そういう事よねぇ?」と。こちらも協調するように困った顔をしてみせたなら。私達が語らう間に茶を入れていた私の侍女が、すかさずカップを差し出した。

 今日の姉は執務の椅子から立ち上がる気が無いようで、いつも通り手前のソファに私が腰を下ろしたら、頂きます、と呟いて優雅な動作でお茶を飲む。この女王には私のような華やかさなど、ひとかけらも無いのだが。こういうちょっとした動作の中に高貴さを秘めていて…どうやらそれが臣下の心を掴んでやまないようだ、と。姉の周りの“お堅い”宰相様や大臣を頭の裏に思い浮かべては、直に隅に追いやった。

 さて、この話の流れで、どうやって“知ろう”かと。懐刀の消失の痕跡が無いかしら、と、少し考えていたのなら。


「民に流通する分がこの味の半分だとしても…まぁ、美味しい方かもしれないわね」


 と。

 後で話を通してみるわ、と、カップを置いて姉が言う。

 慌てて。


「本当?すぐに王子に手紙を出すわ」


 と、自然を装い返したのなら。


「そうそう、貴女に良い話があるわ」


 姉は微笑みこちらを向いた。

 何かしら?と思っていれば。




「貴女、ずっと東の勇者に会ってみたいと言っていたわね」




 不意にそんな事を言い。

 その一言にまさかと思い、思わず体を持ち上げたなら。


「先日、宝飾庫を整理していた管理官がね、古い鏡を見つけたらしいのよ。宝具であるのは間違いないはずなんだけど、どんな効果を秘めているのか書き記しが無かったらしくてね。東の勇者に鑑定の依頼を出したわ」


 まぁ、内容が内容だけに、急ぐものだとは言えなくて。彼が来るまでもう暫く時間がかかるようだけど。

 と。

 霧(ヘイズ)の“終わり”が気になって何か掴めないかしら、と、訪れたはずの私は。

 彼がそのうち此処に来る!という話に舞い上がり。


「お姉様、それ、本当…!?」


 と、喜色を讃えて返していたのだ。

 今の聞いた!?と侍女を見遣れば、感動の雫を瞳に何度も何度も頷いたので。


「こうしてはいられないわっ」


 と私はそのまま息巻いて。


「ねぇ、お姉様、ドレスを新調してもいい?宝石も、手袋も、靴も新調してもいい?」


 と。

 まるで子供に返ったように、その場ではしゃいでしまったのである。

 姉の了承の頷きに、慌ただしく執務室を後にして。

 霧(ヘイズ)の死因も気になったけど…まぁ、今はいいかしら?と。


 そんな私の後ろ姿を、姉が遠く、眩しそうに見ていた、なんて。

 全く気付かないまま———。


 先に思惑を逸らされた事にも気付かぬ私は、軽やかな足取りで回廊を歩み去り。


 勇者様はいつ頃いらっしゃるかしら?

 あ。そうだわ。あの女。

 勇者様のためにもなるし、ついでに消してあげましょう。

 そうと決まれば。


——さぁ、忙しくなるわよ、ルナマリア。


 と。

 得意なはずの“女神の笑み”をごく自然に浮かべてみせて、私は心も軽やかに自室への扉をくぐる———。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ