17−9
ソロルくんのお姉さんがボス戦に参加して、無事に勝利をおさめたその後。八時間おきに復活するそのダンジョンのボスさまと、三度ほど戦いを繰り返したパーティは。絞れるだけの体液を搾り取った姐さんを、元のフィールドの薬屋さんまでしっかり送り届けたのである。
去り際。
「それでは勇者様、愚弟のこと、どうぞよろしくお願いします」
と、保護者らしく語った彼女は、戦闘中の姿とは随分異なる様子であって。あぁ、戻ったんだな、と。誰も口にはしないのだけど、ホッとしたような空気がそこはかとなく漂った。
何となく、赤みがささない少年の顔色は、ここでようやく回復の兆しを見せて。
「おい、クライス。早く先へ進もう」
と。
少しでも早くこの場から去りたい気持ちを隠すでもなく、ストレートな要求を口にした。
そんな少年の心の内は誰も正しく知らないだろうが、空気を読める勇者な彼は否やを言わず同意した。
少し進めば町がある、と零された言葉の通り、ちょっと足が疲れたから…と休憩を挟んで追いかけたなら。
先に到着したパーティは各々町に散った様子で。
薄暗くなり始めた路地で、座り込んだ少年を…何故か見かけてしまったり。
ついでに見ないフリとかが、出来なくなったりしちゃったり。
「どうしました?迷いました?」
と、腹を括って声掛けたなら、ソロルくんはジロリと見上げ「んな訳ないし」と呟いた。
私は「ふーん」と心で返すと、少年を置いて行き。少し先の大通りにて購入した串焼きを持ち、何となく路地に戻って、さり気なく腰掛けた。
「よければどうぞ」
と差し出したなら、先にそれに口をつけ。
もしゃもしゃしながらそこに居たなら。
「お前、なんで此処に居る…」
と。
少年は迷惑そうに囁きながら、でもくれるなら食べようかな、と。徐に串焼きを包みの中から引き抜いた。
「今日の宿屋が取れたので、夕食を確保しに出たんですけど。まぁ、たまには誰かとご飯も悪くないかもしれないなぁとか。いろいろ思う所があって」
ただ隣に居るだけだから、そう深く気にすんな。
そんな思いを隠しもせずに、間の野菜をパクリとやれば。
少年は、はぁあ、と盛大な溜め息を吐き、ヤケのように串のお肉を一口でパクリといった。
「姉ちゃんのことでも聞きたいの?」
咀嚼しながら言う彼に。
——姐さんの事を話したいのか…?
反射で思った私の空気。
それをどう解釈したのか、いまいち理解できなかったが。
再び、はぁあ、と息を吐いたら少年は独り言を始めたり。
「おかしいと思ったんだろ?」
と。彼が放った言葉に対し、え?何が?な無音の声を頭の上に乗せつつも。
取りあえず様子見しとこ、と、もぐもぐしながら促せば。
「確かに小さい頃は、そこそこ体が弱かったけど…。風邪薬作るくらいなら、薬師でいいと思ったんだろ。お前、頭良いらしいから…」
そんな言葉が口から漏れる。
まぁ、若干思ったけども、と内心で返しつつ。
最後のセリフが卑屈に聞こえ、返答するのは止めにした。
それを肯定と取ったらしくて、少年はさらに息を吐き。右手を額に添えたまま、前屈みに俯いた。
「僕だって純粋な家族愛は認めるよ…?本性が悪魔でも、アレは立派に僕の姉だし…。だけどな…だけど…根源が愛だとしても、許されることじゃ無いんだよ…。言っとくけどな、姉ちゃんの薬で助かった事とか只の一度も無いんだからな…!それどころか何度も殺されかけたんだよね…!!」
「姉ちゃんの作る薬品は常に効能が極悪だった。小さい時はまだ純粋だったから、僕のために作ったんだ、とか、これを飲めば絶対に丈夫な体になる、だとか、言われては信じて飲み込んでたよ。だけど、そのうち気が付いた。差し出される液体を飲み込んで良い事が、これまで只の一度でもあっただろうかと…!何で気付かなかったんだろうな?ほんと、昔に戻れたら自分の頭を殴りたい。いや、言いたい事はそれじゃないんだ。僕は地道に努力をしたよ…。具体的には姉ちゃんが差し出してくる液体は、断固として口にしないようにした。するとどうだ、あの悪魔…!今度はこっそり食事に混ぜて僕に飲ませようとしたんだよ…!!」
「反抗する体力の無かった僕は、神に祈る事しか出来なかったんだ…。でも、そうこうするうちに月日は流れ、いつの頃からか聖職者の卵として、初級の回復魔法は使えるようになってたよ。勘も働くようになってた。そのうち五分五分の確率で防げるようになってたし。だけどな、受難は終わらなかった…。ある日、こっちが本気だと悟った姉ちゃんは、ありとあらゆる手段を講じて薬を飲ませようとしてきた。その日は結局魔力切れで僕が負けちゃったんだけど…久しぶりに死ぬ…!とかな、思いながら倒れたら。意識が飛ぶ瞬間に、あいつがこっちを見下ろして笑ってるのが見えたんだ。その時僕は完璧に理解した。姉ちゃん、やっぱり、僕の体で実験してたんだな!?と…!!何が残された姉弟愛だよ!?ほんとふざけんな!!って罵りたいけど、姉ちゃんは昔から、あり得ない次元(ほうこう)に強いんだよね…。久しぶりに会ってさぁ、僕、もうレベル82だけど、勝てる気がしなかったのはなんでかなぁ…?これはあいつの弟である限り、逃れられない運命なのか……?」
怒濤のように語った後に、少年は「はぁ…」と息を吐き。
「でもまぁ、状態異常の耐性魔法は一通り覚えたし…回復もまぁまぁだしな。単体でしか掛けられないから時間がかかるのが難だけど…どこかに最初から状態異常を全部カバーしてくれるみたいな、レアアイテム落ちてないのかな…」
そんな風にポツリと言った。
体から魂が抜けたみたいな、白抜きチックな彼だけど。そこはテキトーにスルーして、ふむ、と一人考える。
状態異常の付与確率を下げてくれるようなアイテムは、この世界では結構珍しい。レアアイテムの括りの中でも割とレア寄りな存在だ。そういう反則チックなやつは、竜王の居城である“竜の城”というダンジョンに落ちている事が多いらしい…とよく聞くけれど。感覚的にあのダンジョンはこの大陸でも上位にあって、挑もうと思うなら最低でもレベル70、欲を言うなら勇者のパーティ、それもレベル90近い…という風だ。
まぁ、仕事が落ち着いたなら、いつか勇者様にお願いとかして、挑んでみたらどうですか?と、思えども。
東の勇者は人気者だし、竜の城までの往復となると、相当日数が掛かるなぁ…と。それはちょっと無理かもな…とか、冷静に思ったり。
しかしここまで吐露したら、そこそこ鬱憤が晴れたのか。
魂が抜けかけてるけど、落ち着いたみたいだな、と。
フロレスタさんが薬師ではなく調合師な辺りを思い、エルフなのに聖職者である少年のバックボーンとか、いろいろ含めて納得の頷きを二回した。
そのまま少年はふらりと立って、「そろそろ帰る…」と背を向けたので。
「あ、そうです、ソロルくん」
と、私は鞄に手を入れた。
「今流行ってる宗派じゃなくて、相当昔のヤツなんですが。良かったら読みますか?古い教典…」
取りあえず言ってみて、それを差し出してみたのなら。
そこも一応“聖職者”の素養であるのか、虚ろな目だけどピタリと止まり。少年はこちらを見ると「いいの?」と言って引き取った。
帝都の外れの古本屋さんで興味本位に購入したが、肌身離さず持っていたい!な、信心は薄い方なので。気に入ったならあげるから、とテキトーに付け足すと、私も包みをガサゴソやって「じゃあね」と歩き出す。
——薬師じゃなくて、調合師、ねぇ…。
前の話題を掘り返し。
まぁ、スキルとかは似てるけど…確かに“性格”は違う方向なのかもなぁ、と。
ぼんやり思って帰路につく。
その後、書物を読み解いたソロルくんから感謝されたりするイベントは、暫く先の話…だけれど。
*.・*.・*.・*.・*.・*
勇者の嫁になりたくて。
異世界からの転生者、ベルリナ・ラコット18歳。
どうせなら勇者様と出会うイベントを希望!でしたが。
図らずもエルフ少年の生い立ちとかを耳にしちゃった夜なのでした。
今回も残す事はありませんので…次話へどうぞです。