17−3
「じゃあベルリナちゃん。また来てね♪———今後ともご贔屓に〜」
薬屋さんの“入り口”は、お気に入りの常連さんと、扉の共有儀式を終えた決まった街の一角に定期的に現れる仕組みらしい。
どうやらそれは例の里、ソロルの森にもあるらしく、お姉さんはそちらのドアから入って来たようだった。
帰りはその人の希望の場所へ通じる仕組みになってるそうで、この“薬屋”を経由して遠隔地とかに出ることも——やる人は少ないけれど——出来ない訳ではないらしい。
お姉さんは勇者様を見、大方、ソロル少年を見てから帰ろうと。思ったのだろう、まず始めにフォスフォさんに確認取ると、用事を終えてしまいますからちょっと待ってくださいね、と勇者様を引き止めた。
まさか、ソロルくんのお姉さんも常連さんとは思わなんだが、二人の会話を少し拾うに、どうやら同じ職種らしい。余計な会話は一切無いが、双方とも親しげに、注文や納品や情報の交換をポンポンポンと終えていた。
その流れで勇者様へと現在地を聞いたなら、続けて今後の予定を聞いて、次の依頼まで二日ほど余裕があるかと問うてきた。勇者様は「問題無い」と承諾の言葉を返し、余裕を見てあと三日ほどこの店を出したままにしてもらえるか、と、フォスフォさんに聞いたなら、彼は快く「いいよ♪」と言ってお姉さんを送り出す。
そこでようやく視界に入ったらしい私の事を見留めると。
「勇者様の知り合いかしら?初めまして、私はフロレスタと申します」
と、気の良い態度でこちらの方にエルフ式の礼をした。
「はっ、初めまして!です。私はベルリナ・ラコットと申します…!」
ふんわりとした新緑のウェーブがかかったセミロング。
こちらの世界じゃ珍しい、細フレームの眼鏡を乗せて。
一見、看護師(ナース)!?と思わせる独特の白い衣装に思わず目を奪われて、反応が遅れたが。
それでも微笑を崩さずにフロレスタさんは頷いたので、うわぁ!めっちゃいい人だ!!と認識が改まる。
——なんだよもう、ソロルくんてば。お姉さん、完璧に慈愛の天使様じゃない。
悪魔、が入ったあのセリフは反抗期の照れ隠しかな。
そう思ってニヤニヤしながら元のフィールドに戻ったのだが。
少し離れた木陰にてダレていた少年は、ふと、こちらに視線を向けて。
勇者様のお隣に立つ女性の姿を認めたら。
ピタリな音がしそうな動きで体を停止させてから、居るはずが無いという表情(かお)をしてお姉さんを凝視した。
冷や汗でも垂れていそうな露骨に硬い表情のまま、そろそろとその場所に立ち上がり。
「シーウェ、元気そうでなによりね」
な、掛けられた声を聞き。
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「……姉ちゃん、なんで、ここに居る…」
と。
たっぷり間を置き絞り出す。
掠れ気味の男子の声は青い顔と相まって、ちょっとした違和感を私に覚えさせてくれたのだけど。
「シュシュさまも、お元気そうで何よりです」
そう言って少女に掛けられた、一段と丁寧な礼を見て。
——あっ、そうか。緑(ソロル)の姫君…なんだっけ。
ふと思った遠くの私は、それ以上の詮索をここで止めにしたのであった。
それからライスさんとレプスさんにも普通に声を掛けたなら、こんな所でどうしました?な問いを投げられ、彼女は優しい物腰で「お願いしたい事があり」と。
「久しぶりに弟の顔が見たくなったのもあるのですけど…今、皆さんはアルワナ国のノキア平原に居ますよね。ここから少し東に行くと、ダンジョンがあるんです。勇者様から二日ほどお時間を頂いたので、そのダンジョンにお付き合い頂ければ…と思いましてね」
「なるほどでござる。目的のダンジョンは“ルーデル第三研究所”でござろうか」
「はい。テンタクラーの七本目の触手から採取できる体液が欲しいんです。私、接近戦は苦手なので。一人だと時間が掛かってしまいますから…」
そう語るフロレスタさんは確かに細い手足をしていて、後衛と言われても「大丈夫なの??」と思ってしまうが。
そんな見た目にあてられて不安になった私の意識は、こちらの死角で主張していたソロルくんの強い視線を、どうやら素で見逃してしまったらしい。
そういう訳で、同じようにお姉さんを心配し、彼女を守る配置を決めた東の勇者パーティは、進路を東に切り替えて。早速、目的のダンジョンへと向かって行ったのだ。