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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
16 水の都パルシュフェルダ
166/267

16−9



 さほど奥行きが無い海岸は少し歩けば波打ち際で、海岸沿いの通りからもそれほど距離がない。マーライホーンの彫像は通りと浜の境に置かれ、足下(?)の所々が白い砂で埋められていた。

 何とか端のマーライホーンが目視できる辺りまで、勇者様とゆったり歩いて近づいて、それを間近の彫像さんまで順番に数えたら、今度は逆の端の方まで同じように歩んで行った。

 視界の奥には街に入る前の丘で確認できた白い灯台がそびえ立ち、その岬の海側にちょっとした人だかりが見える。


——あ。あそこが鐘の場所?


 ぼんやりとした何かの像を意識の端に留め置いて、マーライホーンのカウントアップがデートのカウントダウンだな、と。いやぁ、仕事でもこんなとこまで付き合ってくれたこの人は、ほんとに偉い人だなぁ、としみじみ横の気配に語る。

 まさかいつものキラキラオーラがスキルによる底上げの結果だとは思わなんだが、おかげで特に見咎められず静かなデートができたのだ。それに“慣れない”と語っていても、充分にエスコートをしてくれた気がするな、と。この街のお気に入りのお店の場所を教えてくれたし、秘密の休憩場所とかも教えてくれたのだ。憧れのゴンドラ移動も楽しませて貰ったし、しかも鮮やかなオールさばきはファンとして必見ものだった。

 そう考えたら随分と豪華なデートだったなぁ、と。

 やはり名残惜しいと思う自分がしっかり存在していて、困ったものだと苦笑する。

 やがて彫像の本数も減り、あ〜、ついにおしまいか〜、と。残念だけど今日のお礼を言う覚悟で居てみたら。


「全部で63体か。思ったより多かった」


 と、ぽつりな感じで彼が言う。

 それに相槌を打ちながら、そろそろ「さよなら」の時間かな、と。

 赤い太陽を海の彼方に、緊張しながら向かい合う。


「今日は…」


 ありがとうございました、と続けようとしたこちらを遮り。

 うん、と何故か頷くと。


「夕飯も外で食べてくるとライスに伝えておいた。市場の食堂で良かったら一緒にとろう」


 ごく自然と、当たり前に勇者様はそう語る。

 思わず内心「はっ?」と思うが、彼的なデートというのは夕食までも共に取るものなのか。

 つい、この辺で終わりかな〜と思い込んでいたために、転がり込んだ僥倖に、思わず「はい」の「は」の所まで口を開いたその時だ。


「クライス様!!こんなところにいらしたのね!!!」


 と、やけに通る高い声音が私の「い」をかき消した。


「嫌ですわ!もう晩餐のお時間でしてよ!さぁ、このような場所にもう用はございませんわね!!私と共に帰りましょう!!」


 と語る女性が現れる。

 貴女はどこの舞台女優か…?と、ぽかんとしながら見ていると、フリフリレースのドレスを纏う、その女性は日傘を畳み。西日に合わない水色ドレスの裾を上手く捌いたら、強引に勇者様の腕を引こうと試みた。

 それに。


「いや、夕飯は街で取る」


 と、びくとも動かず彼が言い。


「そうライスに伝えた筈だが」


 静かな声で彼女に語る。

 続けられた言葉を受けて。


「あら、伺っていませんが…。そうですか…。料理長が朝から腕によりをかけて晩餐を仕込んだと聞いていますが…無駄になってしまいますのね……」


 と。

 白々しいとしか言えない音で、彼女はしれっと返すのだった。

 一目で領主の娘と分かる、ヒラヒラドレスのお姫様。さぞやあの白い城には似合うだろう、な水色なのだが、芝居がかった手の添え具合に「うーん…」と私は思ってしまう。勇者様は真面目だし、ライスさんとて頼まれ事はきちんとこなす人柄なのだ。話が通っていない訳とか殆ど無いと思われるのだが、それでも彼女は素知らぬフリで堂々と呟いた。

 勇者様は慣れているのか“火に油”的な事は言わぬが、どこかうんざりしたように彼女の後ろの護衛を見遣る。

 つられて視線をそちらにやれば、見たような顔が一つあり。

 その節はお世話になりました、とそっと目礼をしてみたら。

 驚愕に満ちた視線の中に「デートの相手は勇者かよっ!!?」という、無音の絶叫を聞いた気がした。

 勇者様は心から、久しぶりの市場の味を楽しみたいと思っていたのか、実に心残りな視線をこちらに向けてきて。けれど、その人が“人が好い”のを知っている私の方は「食堂の味が楽しめないのは残念ですね…でも、こちらの方とかは気にしないで大丈夫です」と。精々そんな心の声を視線に乗せて伝えるだけだ。

 勇者様は短く頷き、こちらの無言に礼を返すと、ただ一言「すまない」と言い、お姫様を連れ立った。

 当然と言わんばかりに両手を腕に絡めた彼女は、去り際に「ふん」な一瞥をこちらに寄越し、勝ち誇ったような歩みで堂々と馬車に消えて行く。

 護衛の人達がぞろぞろとその後を追い、うち一人が気の毒そうにこちらの方を向いたけど。


——慣れてるんで大丈夫ですd(>_・ )


 むしろ元は相当に取りましたしね、と。

 気にすんな!と伝えるために私は微笑を返したのだが。


「まぁ、そんなものですよね」


 と、残されて出た言葉はそれで。

 唐突に終わりを告げたデートはやはり名残惜しくて。


——まだ日暮れには時間があるし、人魚像でも見に行こうかな。


 と。

 ちょっとだけ寂しいなぁと思ってしまう心を閉じて、ふらりと灯台の岬の方へ足を進めたのだった。

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