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思わず滑った口を拾って、息を飲んだままのお人を、それとなく復活させながら。
人づてに聞いたので真偽のほどは分かりませんが…と、しっかりフォローを交えつつ。もしどうしても気になってしまったら、後でお養母様に連絡を取ってみて下さいね、と。
やっちゃった感が消えやらない心中の私は一人、とても本人には言えないので、サーセンっした!!と心で叫ぶ。
やがて意識を取り戻してきた勇者な人は、ぎこちなくも動きを復活させて、取りあえず手元のラグーを飲んだ。
最早、勇者様の衝撃が無事に消滅する時間まで、この場でのんびり過ごしましょうか!!な切迫した心地な私は、おもむろに引いた鞄にがっつりと右手を入れて。推理小説どこでしたっけ…と、逆に現実逃避にかかる。
——え。ヨナさんに聞いた情報、間違ってたんだろか。いや、勇者様の口から即否定が出ない、って。そっちの方がおかしいんじゃないですか??お養母さん、知らせてないの?てか、大事な事でしょうに、何で彼等は噛み合ってないんでしょう???
え?貴族?え?何故に??
とか。次から次と湧いてくる素朴な疑問という奴に、捕らわれたりとかしちゃいけない。深く突っ込んではいけない。
と、思えども。
引っ張り出した小説を持つ両手が不思議とカタカタ鳴って、内容が一ミリも頭に入って来ないのだ。
つまり。
——私、実はものすごい地雷というのを、踏んじゃったんじゃないですか…!?
だが。
そんな簡単な状況すらも理解したくない頑固な頭が、ここに乗っていましてね…?と。
文字と文字の間の無地をひたすら眺めていたのである。
さて、そうしてどのくらい経っていたのか。
ラグーを飲みきってしまったらしい無言の勇者様の目が、不意にこちらに動いたようでして。同時に自分の状況とかをやっと客観視したのでしょう。
「すまない」
という短さに、けれど誠心誠意を込めて。デートを再開しよう、な心の意気を、聞いた気がしたんですけど。
「いっ、いえいえ。大丈夫です」
と返したこちらの方が、申し訳なさでいっぱいなので…。
「私はこのままのんびりとかでも全く構わないですが…」
と、提案とかをしてみたり。
すると、ぐっと押し黙った勇者様だったのだけど。
腕輪のお代にこの程度では見合わない…とでも思ってしまったのだろう。
「パルシュフェルダに来たのなら、せめてゴンドラに乗るべきだ」
と。意外にも水路下りの提案をしてくれた。
まぁ、あれだ。
私が立てたデートコースにもばっちり入っていた訳だけど、相手方から誘われるとか全く思っていなかったので。期待していなかった分、私の心は色めき立った。
たぶん、顔にも出たのだろう。
ぱあっと嬉しそうな色を振り撒く反応を受けてみて、勇者様はほんの少しだが柔らかく微笑した。
女子はそういうの好きだよな、とか思ったのかもしれないし、ここでデートするならコレ!な外しが効かないイベントを無事に引き当てられたっぽいと、安堵したのかもしれない。
そんなの私にしてみれば、どちらだっていい訳で。大事なのは大好きな人と、デートの定番☆ゴンドラの舟下り、とか出来る事ですからね!!と。
なので。
「行こうか」
と言う優しい声に。
「はいっ」
と応えた私はもちろん。
満面の笑みだったのだ。




