2−5
「なんでこんなことに…」
はぁ、と何度目になるかわからないため息が横から聞こえて、思わず眉間にしわを刻む。
無言のままずっと我慢していた私の方も、そろそろ限界が近いようである。
——あのね!それはこっちのセリフだからね!?
本来ならば隣に居るのは彼ではなくて、愛しい勇者様だったハズなのに。
理不尽な状況と年下という認識と慣れにより、少し前から私の口調は気安いものになっていた。
前人未踏の地下遺跡で地上に通じる階段を探しながら歩き回り、すでに5時間が経過している。特に鍛えた経験のない私の足はずいぶん前から痛みを訴えており、鎮痛剤をかじりながらの徘徊だ。
ひっそりとした回廊は所々に蛍光石が埋め込まれているらしく、暗闇にほんのり明かりを灯している。とは言え、心もとない光量であることに変わりはない。いっそ真っ暗なら腹をくくれるだろうに、その微妙さがかえって不安を煽る。
時折、居室のような小部屋が現れるが、どういう訳かそこには人の生活の跡がない。
一言で表すならこの地下遺跡は「不気味」だ。
ただ、ここにはモンスターの気配がない。
レベル35の少年勇者と二人きりという不安要素てんこ盛りのこの状況において、それだけが不幸中の幸いというやつだろうか。ゲーム初期に訪れるダンジョンで、進入できなかった場所からさらに奥に進むことができるようになると出現するモンスターのレベルが上がる、というのはテンプレだ。
「あの角曲がったら休まない?」
「賛成。さすがに俺も疲れた」
いくつめになるのか覚えていないが、それまでと同じように回廊の角を曲がる。
「………広間?」
「…………だね」
6メートルほど先に広い空間から漏れるような光が射しているのを見て、私たちはどちらからともなく歩みを止めた。
「…ものすごく嫌な予感がする」
「おぉ。気が合うねー。そういえば危険回避のスキル持ってたんだっけ」
彼のステータス・カードを見せてもらった時、“回避”という単語に目を奪われて、そこだけは特にしっかりと記憶に残っていた。
なるほど。これはユニークモンスターと戦闘できるイベントか。
ならば途中に敵が出てこなかったのも頷ける。
——だとすると…
「あそこにいるモンスターに勝てたら地上へ戻れるという仕組みかな?」
「…先に言っとくぞ?俺には無理だからな?」
「勇者なのに?」
「職業がなんであれ今の俺のレベルで勝てるとは思えないんだよ!」
それに、とどこかバツが悪そうな雰囲気を醸し出し。
「ここで調子に乗って挑んで俺が死んだりしたら、あんた一人になるだろ。こんな気味の悪いところに女を一人きりにさせるとか、男としてありえない…」
フードのおかげでどんな顔をして言っているのか知れないが、まさかの紳士発言に、私は思わず固まった。
全くなんということだ。
これだから。
これだから勇者って人たちは…。
ふ、と息を吐きながら固まった体を緩める。
「ベルリナだよ。名前で呼んで。あんたって言われるよりはいい」
突然の自己紹介に虚を付かれたのか、フィールくんはキョトンという態度を返す。
「私ね、もういいかげん足が痛くてたまらないの。愛しい勇者様の姿が見られない状況が続くのはストレスフルね。そろそろ我慢の限界よ」
だから。
「守ってあげるから付いて来なさい」
「は?え?ちょっ…」
無理矢理左手を取って、明るい方へと歩みを進める。
足がもつれ、つんのめりながらも、彼は手をひかれるままに付いてくる。
ユニークモンスターが居ると思われる広間まで、あと1.5メートル。
「いい?絶対この手を離さないでよ?つながりが途絶えたら命の保証はできないからね」
「いや、だから、何言って…」
私は発展途上の同じ目線の高さの彼にフード越しに視線を重ねて、意地悪く笑ってやった。
「私、フィールくんのより断然使える特殊スキル持ってるの」