15−6
——這い上がって来ましたよ!!!
地の底からね!と、確かに気配がにじみ出るボス戦フロアを前にして、私は荒れた鼻息をなんとか整えようとした。
はっ、はっ、と漏れる呼吸に、ちょっぴり流れた汗を感じて、勇者様に引かれないよう最低限でも身だしなみをね!と変な所に気を使う。
すると先のフロアから。
「僕の武器、これで最後だよっ!!」
というソロルくんの声がして。
——既に身だしなみとか気にしてる場合じゃないのかも!?
と。
私はその場に留めた足を叱咤して前へ出す。
——勇者様!!
と、進んだフロアは中々に広さがあって、ちょうど彼等はボスっぽい巨大なトカゲ一匹と、取り巻きっぽい複数のモンスターと交戦していた。
ぱっと見、10メートルほどの、目が退化したとおぼしきトカゲさま。白い体は薄闇に映え、茶色い鍾乳石の林を出たり入ったり忙しない。攻撃しようと動いても、飛行系の蝙蝠だとか壁を伝う巨大な蜘蛛に何となく邪魔されてしまう風である。
先にそっちを片付けようにも、私の予想通り…というか。
前衛二人は手持ちの武器を、既に壊された後のよう。
それでも魔法と怪力スキルで勇者様は善戦してるが、蜘蛛はどんどん卵を産んで子蜘蛛を増やし、回避率が高い蝙蝠は鬱陶しく飛び回り、なんとなくパーティ全体が翻弄されている雰囲気だ。
レプスさんの魔法はちゃんと効いているけれど、詠唱時間に少々難があり。
シュシュちゃんも次々と矢を放っているけれど、蝙蝠の超音波っぽい防御魔法の壁により、所々防がれる。
そんな様子を焦りながら見ていたら、レプスさんと視線が交差して。
真面目な顔で「うむ」と頷かれ、私は“参加承諾”を後衛のメンバーに認められましたから!とか。一人勝手に理解する。
そして、いつぞやを思わせる、ちょっとした猛ダッシュ。
丁度向かってきていた蜘蛛を蹴り上げ、チッと舌打ちしたソロルくんを「柄が悪い…」と思いつつ。
「ソロルくん、これ、良かったら使って下さい」
言って鞄から無事だった“とあるナイフ”を取り出した。
「壊してもいいなら貰うけど」
鋭い目とは裏腹な遠慮がちな回答に、ふっと笑みが浮かんでしまい。
「大丈夫です。たぶん、これなら暫くは保ちますよ」
と。
見た所、レプスさんがもつ“創星の杖”さまと、シュシュちゃんが持つ“豊緑の射手(ビリジアン)”さまは何の変化もなさそうなので。
ここで少しの仮説を立てる。
「一応これでも“無銘のナイフ”という名が付いているんです。ちょっと矛盾してますけどね。造りはしっかりしていますから」
例えば、通常装備・毒の霧、の、この厄介な洞窟が。
ダンジョンの変質を受け、武器寄りの装備品の腐食という、さらなる能力を手に入れたなら。
神々が意思を落とした素晴らしいアイテム類は、あっさり壊れる事になり。
その辺につき、妙な拘りを持っているという神々が黙って見過ごす事なんて“ありえない”んじゃなかろうか、とか。
どのようなダンジョンにでも、絶対と言っていいほど攻略可能な条件とかがあったりするし。
だから。
こういう制約ならば。
“立派な名を持つ武器”の類いは、きっとまともに使える筈だ、と。
ちらっと杖と弓を見て。
「それに、あと五本ほど持っているので、遠慮なく使ってください」
言って少年に押し付ける。
「…じゃあ、遠慮なく貰うから」
そう返した彼の姿は、ちょっとした萌えが詰まっていたりして。
おぉっ…(*' '*)とこっそり照れながら、前衛二人にやれる何かを、鞄をゴソゴソ探し出す。
魔封小瓶の束縛魔法や、麻痺、氷結の異常系など。
ん?そういやイグニスさん??で、ふよふよ浮いてる死霊さまへと「見てないで手伝って!?」とか叫びつつ。
そうしたら、ふよふよしていたイグニスさん。
「フラウ・ホッレ☆」
と万歳しつつ——それはもう小さいお手てで一生懸命…いえ、もの凄く可愛い動作だったというだけなんですけどね、はい——、可愛らしい魔法陣を頭上に描く。
そこからおぼろげに女性の姿を取ったモヤモヤな霧さんが、優雅な動作で現れて。手に持った籠っぽい何かから、モンスターに靄の塊を投げつけた。
途端、キン!と空気が凍り、冷たい炎を纏った氷柱(つらら)が飛んでって。何体かを串刺しにして貫いた。
同時に、ふわん、と辺りに舞った青色の炎さま。まるで意思を持つように近くの敵に飛び火して、ふわん、ふわん、と体を燃やす。
——怖っ。青い火、怖っ。
とか。その後も私にぶつからないよう、敵からの攻撃を散らしてくれるイグニスさんに感謝しながら、本気で実はこの人もそれなりに強そうだよね、と。再度考えてみたりして。
——あっ。ナックル系とかあったかも!
と、シュシュちゃんに手渡すと、素手攻撃の切れを見て、矢に引っ掛けて彼等の手元に送ってくれる。
しかし一、二発を打ち込むと、やっぱり腐食するらしく…。
これつかえるかな?と心配しながら、使えそうなのを探すけど、お魚さんにえいや!と使う銛(もり)だとか、木の枝処理の鉈だとか。薪を割る斧だとか、オーダーメイドしちゃいました!な前の世界のシャベルとか。
段々と生活品に近づいてきたならば。
——あれ…使える武器とかやっぱ無くない…?使えないな…私てば。
と。
——仕方ない…イシュに貰った爆弾をここで出してしまおうか。うーん…でもなぁ。できるなら屋外がいいよなぁ。生き埋めとか怖いしさ……。
段々落ち込みがちになり。
——…あ!そういや、さっき拾った腕輪とか!!
腐食してなかったんだし、実は凄いアイテムなのかもしれないよ!?
そう思って落ちた気持ちを頑張って持ち上げた。
サッと引き抜き、シュシュちゃんにハイと手渡すと、丁度良く間合いを取った勇者な人が、華麗な動作でそれを受け取った。
すると。
ひらりとトカゲの攻撃を避け、蜘蛛を殴った彼の人は。
何も無かった空間に、鋼に光る剣を出し……。
——ん!?
詳しい所は見えないけれど、辺りに散った体液さんとか。ザシュ、ザシュ、ザシュな効果音が脳内で再生されて、どっから出したその刀剣!?と私は驚き目を見張る。
武器を手にしたその人の攻略スピードは凄まじく…。
何だかよく分からないけど、初めて動きに“溜め”を取り、突撃していくその人を見て。
——あれ?なんだか大技(?)っぽい??
と。ぽかーんな顔で見つめていると。
彼の人を巻く空気の渦がドッと辺りに拡大し、まるで爆発するようにして次には一面に飛び散った。
その後を鋼の粒子がキラキラと瞬いて、最中(さなか)に立つ勇者な人が五割増しで良く見える。
さっきの風が魔力の刃でも生成させたのか、ちょっと遠くにいた敵の影や形も消えていて。
——えっ。まさか殲滅ですか…?
と、やや物騒な単語を思ったり。
——あ。そういや勇者様ってレベル80越えしてる。
とか。
冷静ぶった調子で思ってみたりするけれど。
——レベル80の“勇者”様。仮に必殺技とかあったら、まさにこんな感じ…でしょうか。
言葉にして考えたなら。
急に鳥肌がぶわっと吹いて、視線が思わず硬くなる。
かっこいいけど。
かっこいいけど。
でも何となく怖く感じて、私は見えない部分を掴み、震えるまいと奥歯を噛んだ。
勇者って強いんだなぁ、と努めて暢気な事を思って。
ゆっくりとこちらを向いた黒髪のあの人を。
色の無い灰色の瞳を想い。
引きつっただろう口元を隠せて良かったな…と。
ガスマスク越しで良かったと、ちょっと思ってしまったのである。




