2−4
少年勇者に出会ってから2日後。
私はいつも通り勇者パーティの後を追って、再びエディアナ遺跡の前に来ていた。
入り口に待ち受けるギルド職員を前にして、彼らはおのおの武器を確認している。その中には全身黒ずくめのフード男子の姿も見受けられる。さして興味はないが、ちらりと見たところ彼の武器はロングソード的な普通の長さと質量を予想させる諸刃剣だった。しいて特徴をあげるとすれば、刃の色が乳白色。いかにも聖属性です!というオーラを発していることだろうか。
「そろそろ行こう」
「よろしくお願いしますクライスさん!」
「ははは。フィールくん、そう固くならないで」
「はっ、はい!ライスさんもどうぞよろしくお願いします」
そのまま他のメンバーとも二言三言交わして、彼らは遺跡の中へと歩みを進める。
姿が見えなくなったところで、よし!と茂みから体を持ち上げる私。
「うおっ!?…あぁ、ベルリナちゃんか」
「こんにちは職員さん。遺跡に入ります」
サッと鞄から冒険者カードを取り出して入り口に立つ職員さんに渡す。
カードにはどこの支部で加入したかがわかる紋章と、名前、レベルが記載されている。
「はいよ。にしても噂以上だね、君。隠密スキルでも持ってるの?居たの全然わからなかったよ」
割と若めの職員さんのせいか、いつもより親近感を覚える。
国にもよるが、ここのダンジョンのように入り口にギルド職員が立っていることがたまにある。比較的“遺跡系”に多いのは、普通の遺跡とモンスターの出る遺跡が判別しにくいためなのだろう。従って、彼らの主な仕事は、そこがダンジョンであると知らない人が誤って侵入してしまうのを防ぐことだ。入るためには冒険者カードかステータス・カードを提示しなければならないという決まりになっている。
全く面倒なことに、出現するモンスターと冒険者のレベルに差がありすぎたりすると注意するのも彼らの仕事のうちらしく、昔はよく時間をとられたものである。
レベルが低すぎるというのはもちろん、あまりにも軽装だとか、パーティを組んでいなければ通せないとか、女だからだめだとか。心配してくれているのだろうと思えども、なんだかんだと理由——もはや難癖と言っていいと思う——をつけられダンジョンに入ることを拒まれ続ければ、最終的にこちらだって意地になる。
まぁ結局、そういうのは特殊スキル発動でさり気なく突破してきたわけだが。
そうやって無事に帰ってくる姿を見せ続けたらギルドでちょっとした有名人になってしまい、職員さんが言うようにたまに変な噂が流れるようなのだ。
レベルがレベルなので特殊スキル持ちであろうというところまでは推測されているものの、それがどんなものなのかまで把握されるに至っていない。よって噂には尾ひれがつくこと。馬鹿みたいな話をいちいち相手にしたって仕方ないので、私はそれを振られても無反応で返すようになっていた。
「そんなに立派なスキルなんて持ってませんよー。たぶん存在自体が地味なんで気付かれにくいだけなんだと思います♪」
卑下する訳ではないが真実に一番近いとおぼしき理由がそれなのだから仕方ない。
きっぱりはっきり明るく言ったせいか、職員さんが嫌みのない声を出して笑う。
「ちょっと前に一回入ってるし“失意の森”から無傷で帰ってきたそうだから、そのレベルでも問題ないと思うけど。一応、足下に注意するんだぞ」
返された冒険者カードを受け取って、鞄にしまいながらぺこりとお辞儀する。
「はーい。ありがとうございます」
——いやー、今日は早かった。いい人で良かったなぁ♪
幸先がいいとはこういうことを言うのだろう。
私は背の低い草が生い茂った庭のような場所を抜けて、灰色の遺跡へ向かいながら鼻歌を歌う。その途中、当時は水がためられていただろう池の名残を見つけて、覗いてみようと思い立つ。
干上がった池の跡には枯れ草や落ち葉が溜まり、その上で新たな命が根を下ろし最盛期を迎えていた。こうして誰かの住まいだったものが緑に飲まれ、いつか土の中へと埋まっていくのかと思うと、人の生きる時間はなんて短いのだろうと感慨深くなる。私たちの一生は星が歩む時間の一瞬でしかないのだと改めて思い知る。
ほうっと憂いを吐き出したところで、陽の光にキラリと反射するものが目に入る。
排水口の近くまで進み、草をかき分け、かぶさった土をどけると。
——Oh!貴金属の鍵だわ。アンティークな感じでペンダントトップによさそう。いただきっ♪
早速いいことあったわー、とほくほく顔でその場を去る私。
しばらく庭を進み、薄暗い入り口が見えたところで聞き慣れた声を捉える。
今日は最初のエンカウントが早いなー、なんて思いながら、小走りで物陰になりそうな壊れた柱の後ろに陣取り、そっと顔をのぞかせる。
「ブレイズでござる!」
真っ白なウサミミをひこひこ動かして“いつものように”魔法使いのおじいさんが炎系魔法を発動する。
シャランラー☆なエフェクトと共に現れた火柱が“いつものように”狙った敵を穿つ。
かと思われたのだが…。
単体攻撃用と言われていたその魔法は、なぜか狙った一体のみならず進路をふさぐ複数のモンスターを一度に焼き尽くしてしまう。
「すごい火力…」
巨大な弓を携えて獲物を狙っていたであろう姿勢のまま、金髪ポニテのベリルちゃんがぽつりと呟く。
「ちょっとじいさん!前衛居るのにやり過ぎだ!!」
続いてエルフのソロルくんが、噛み付くような剣幕で叫ぶ。するとそこへ。
「いやぁ、びっくりしたけどオレ達は無事だよ」
のほほんとした声でライスさんが槍を掴んだままの右手を振り振り、勇者様と共に物陰から姿を現した。
「おい、あの勇者は?」
「…死んだ」
「ばっ…お前、疑問符くらいつけろ!」
抑揚のない少女の声にソロルくんがすかさずツッコミを入れる。
常時なら「勇者?興味ないね」と言いそうなものだが、先の魔法の威力を目の当たりにして冷静さがどこかへ飛んでしまったのかもしれない。
と、そこへ答える声がある。
「大丈夫です!生きてます!」
少年勇者がおよそ70メートル先の突き当たりの角から声を張り上げる。
無表情でそれを見つめるソロルくん。
元の場所まで戻り、息を整える彼に声をかける。
「……あの瞬間によくそんな遠くまで逃げられたな、あんた」
「いやぁ、なんか嫌な予感がしたもので(照)」
「おぉ。さすが若くても勇者だなー」
ライスさんのゆるい声にいきなりアットホームな空気が流れ、ソロルくんが苦い顔を浮かべる。
そこへレプスさんが申し訳なさそうな顔をしてやって来た。
「す…すまないのでござる……」
まさかこんなことになるとは…とモゴモゴ口を動かしてひたすら彼らに謝罪する。
その側に歩み寄る勇者様。
「記憶が正しければ、その杖で魔法を使ったのは初めてだと思うが?」
「クライス殿の言う通りでござる。前回は援護するまでもなかったのでござるよ」
「悪いが、見せてもらっても?」
とても深い、味のある声が耳に届く。
——あぁ…この美声でおなかいっぱい、胸いっぱい(はぁと)
好きな人の声というのは、多少距離があったとしてもはっきり聞き取れるものなのだ。
うっとりと余韻に浸る私の視線の先で、勇者様がレプスさんから杖を受け取った。
「………」
「どうでござるか?クライス殿」
不安気に問いかけるおじいさんに、勇者様はロッドに手を添えたまま落ち着いた声音で答える。
「“創星(そうせい)の杖・改”になっているな」
「ベル殿が地味だったから装飾したと言っていたでござる。宝石とレースが付いたからでござろうか」
「………いや。そんなに易しい改変じゃないようだ」
「どういうこと?」
やはり常時なら「他人の持ち物?興味無いね」という態度のソロルくんが、二人の側まで近づいてきて問いかける。
「表面に彫られているこの模様は魔力の増幅回路のようだ。威力×10というパラメータが付加されている」
「増幅魔法陣はせいぜい2倍までの効果しか証明されてないはずでござるが」
こてん、と首をかしげて返すレプスさん。
「だが、明らかに後から付加されたものだ。“創星の杖”の基本効果は
幸運度(ラック)の上昇、
致命傷攻撃(クリティカル)発生率の上昇、
広範囲魔法ノヴァ・エクスプロージョンの発動許可、
瀕死時における奇蹟(ミラクル)の発生…で間違いないだろうか?」
「その通りでござる。某にもそこまでは読めるでござるよ」
杖の効果を確認し、二人は頷き合う。
「その後にまず“発動時の威力×10”と記載されている」
「まず?他にもあるの?」
横から割って入った少年の方を見て、勇者様が続ける。
「そうだ。次は“発動時におけるエフェクトの追加”」
「確かに白い星がきらきらしたような気がするでござる」
「ふーん」
「次に“使用者への致命傷攻撃(クリティカル)無効”」
「…無効でござるか」
「…無効だって?」
「最後に“聖獣(バロン)召喚許可”」
「……杖なのになぜ聖獣が召喚できるのでござろうか?」
「……なんでだ?」
・
・
・
・
・
——えへっ☆
レプスさんの不安げな視線とソロルくんの訝しげな視線を受けて、私は笑顔で誤摩化すことを選択する。
二人がいつまでも私から視線を外さないことに気づいたのか、勇者様のお顔がゆっくりとこちらを向くのが見えた。
——きゃぁぁぁあっ!!!そそそそんな不意打ち卑怯でござる〜っ!!ってレプスさんじゃないけど!今スローモーションだったのよ!ねぇ誰かわかる!?漫画の効果でよくあるアレよ!ヒロインが恋焦がれる憧れのあの人が振り向くシーンで多用されるアレよ!!視線だけで私を逝かせられるのは勇者様だけだわっ!!!
久しぶりの正面勇者様——それは勇者様を正面から眺める構図——の展開に脳内テンションが上がりすぎて危うく意識を失いかけた私だが、愛する人の目が事情を説明して欲しいと訴えているのを感じ、物陰から意を決して上半身を持ち上げる。
「はい!解説させていただきます!まずはそれを持った可愛い魔法使いさんがへっぽこ魔力でも大丈夫なように、増幅魔法陣を彫り込みました!あ、魔法陣は古い魔道書に書いてあったのを直列つなぎで10個ほどコツコツ転写しただけです!それから、振った時にシャランラー☆なエフェクトが現れるように幻石(げんせき)をはめ込んで、ついでにソーラーエネルギーよろしく大気に漂う魔気でまかなえるように魔力路を構築し、電池の役割を果たす魔石を追加しました!また、不測の事態から使用者を護るために守護石も加えました!あ、もちろん杖を握っていれば効果があるように設計してあります!あとは、可愛い魔法使いさんには可愛い小動物が必要不可欠ですので、幻獣が宿ると言われている召喚石を杖の中に仕込んでみたりしました!石はどれも星形にカットしてもらって見た目をよくしてますし、ふわふわレースも宝石も可愛いくセットしています!私の自信作です☆」
シュタッ!と右手を上げて宣誓する。
「ちなみにその杖を作り終えたところで細工スキルが4段階もアップしました♪」
一通りの説明を終えて、やりきった感に浸った私はそっと腰を落ち着かせる。
すると、そこに聞き慣れた少年の叫びが入る。
「だから、お前一体何者だよ!?」
見ればソロルくんが頭を抱えながらうなっていた。
静かにしていればすごく可愛い坊やなのに。
いやはやなんとももったいない。
今度こっそりアドバイスしてあげようと、私は腕を組みながらうんうんと首を縦に動かした。
「ベル殿…増幅魔方陣が書かれている古書は帝国の大図書館の禁書棚にしかないはずなのでござるが、どうやって借りたのでござるか?」
「え?落ちてたのを拾っただけですよ?そのあとちゃんと返して館長さんにものすごく感謝されました」
「しかも幻石などよく手に入ったでござるな」
「あぁ、きれいな石だなーと思って拾ってきたら幻石だったんです」
「それに守護石というと希少石の中でも人気があって値が張ると思うのでござるが…」
「うーん。実はそれも落ちてたのを拾ったので懐は痛んでないんですよね」
「召喚石までになると、もうどうやって手に入れたらいいのか想像もつかないのでござる」
「そう言われてもただの拾い物ですしねぇ」
「お前拾ってばっかだな!?」
ソロルくんが再び会話に入ってきたので、私は華麗にスルーした。なんだよもう。うるさい子など無視だ、無視。
そこへ勇者様が絶妙のタイミングで口を開く。彼は空気を読める男でもあるのか!と密かに感動する私。
「今一番の問題は威力が10倍になっていることだ。使う魔力を今までの1/10に調整することは可能だろうか?」
「そうでござるな…少し練習の時間をもらえればできると思うのでござる」
「なら、慣れるまでしばらくレプス一人に戦闘を任せる。俺たちは援護に回り、積極的に手出しはしない。これでどうだろうか?」
「…わかった」
「かまわないよー」
「それしかないでしょ」
パーティメンバーの了解の意を取って、勇者様は残る彼を見る。
「フィールも協力してくれるか?」
「はいっ!もちろんです」
どこか嬉しそうに返す少年に、すまない、と勇者様が返す。
何はともあれ、戦闘を10回ほどこなしたあたりでレプスさんは魔力コントロールを覚え、その顔に笑みを戻した。
ここがレベルの低いダンジョンだったこともある。
だから私たちは、どこか油断していたのだと思う。




