14−11
翌日、私は出かける素振りの勇者様らを押しとどめ、長引くだろう食後のお茶を苦い気持ちで飲み込んだ。
常ならばいかにも能天気そうな行動に出る私の動きが鈍いのを、目敏くも感じ取ったソロルくん。正直、他人の機微とかに一番鈍いと踏んでいたソロルくんさえ解る雰囲気を私はだだ漏れさせてるのかと、微妙に凹んだりもしたが。これなら普通に問題箇所を理解してくれそうだよ、と、努めて気持ちを持ち上げる。
それを最も理解している幼なじみのイシュルカ殿は、最後まで自分のキャラを包み隠す気でいるようで、さっきからもの申しているこちらのチラ見光線を本気でスルーの態度である。
——まぁ、ある意味、イシュがそうなら、たぶん、問題ない…んでしょうが。
そうして短く息を吐き、妙な緊張に絡めとられた二人に向かい言葉を紡ぐ。
「残念ですが」
語り始めはこう言うのが正解だろう。
だって彼女らはこれからのことを、おそらく少しも望んでいない。
だからまず、一番重い結果を言おう。
「この島の封印は、解かれてしまった…みたいです」
それからすぐに勇者様を見、まだ軽い結論を言う。
「私達は思いの外、簡単に地上へ戻れます。……このお二人が、許して下さるのなら」
私が放ったあんまりな第一声は、知っているイシュを除いて全員を縫い付けた。
「少し長くなりますが、説明をさせていただきます」
誰かから否やが出る前に。
さくっと話を進めてしまおう。
そう考えて私はさっさと言葉を繋ぐ。
「その昔…彼方の時代、人口の増加に喘いだエルフ族は、地上への移住を決めました。七つの王族を伴った大移動(ミグレーション)です」
地上へ降りた、のくだりの話。まだ美しい筆跡で、記録書にはしっかりとその理由が書かれてあった。
賢くも美しいエルフの民は、自分達の寿命に合わせ上手く命を繋いで来たが、授かった命の手前、たとえそれが予定外だったとしても、間引く事は決してしなかった。
モンスター・フィールドがあったとしても、エンカウントするのはせいぜい空魚。死亡率も極めて低かったのだ。
初めはほんの少し仲間が増えて、ただただ幸いと思っただろう。だが気付けば人口はあっという間に増えていく。城から見える島々は、多いとも思えるが。土地は限りなく有限だったのだ。
故に彼等は決断をした。
「しかし、体力に不安のある者、極端に幼い者や年老いた者、その世話をする一部の家族、それから残った者達を取りまとめ、一つの島を地上へと落とす役目を負った紫(ネブラ)の系譜の王族が、果ての島に残ります」
「民族の存続を賭け、行く事を決意した全ての民は、残る者達に最大の祝福と、叶う限りの恩恵を、と神々に祈り落ち、声を聞いた神々はこの地に住まう者達に“時の魔法”をかけました」
「地上へ落ちたエルフ達は、持てる力で一つの島を粉々に砕き切りました。他の地上種を自分達の地へ昇らせないように。迷いが起きて再びこの地に舞い戻ったりしないようにと…それだけの決意を以て地上へと降りたのです。そもそも地上には空高くを浮遊する島々に足を踏み入れられる種があるかと言えば、そう多くありませんから…あるいはそれは、少しでも永く島に生きるエルフの民が生き延びるようにとの、神々の配慮だったのかもしれません」
「神々の“時の魔法”は王たる血筋の帰還の刻、解かれるようになっていました。そもそも島は力ある石で成り立っていますから、そこに何かのきっかけがあれば…そう、例えば決められた者のささいな願い、偶然だっていいんです。この場合のきっかけは王たる血筋の再来とそれを証明する何か、ですが。その条件を満たす事により“島の欠片”は寄り集まって、再びカタチを取り戻し、そこへ乗る者をこの地に導きました」
「それが私達という事です」
言い終えて一息つくと、呆然とした彼等のうちに、ふと思いついて声を上げる者がある。
「…あのさ。それがどう繋がるの?…なんか、よく解らなかったんだけど」
つまり、何が“残念”なのか。
えぇ、えぇ、私は昔も今も、説明下手な人間ですから。
何度だって質問してください、と、私は静かに少年を見る。
「問題なのは、地上へ降りたエルフ王が帰還してしまった事で、この地が解放されてしまったという事です。そして、ここに住む人々に掛けられていた時の魔法が、解消されてしまったこと。申し訳ないのですが、私達が地上に戻るというのは全く些細な話になって…。まぁ、これはいつか果たされるだろう約束事だったんですが…」
「浮遊する都市・エルファンディアを再び世界に解放する時。島に住む者にかけられた時の魔法が解(ほど)かれて、地上に散ったエルフ氏族が再びこの地へ戻るため…あるいはその他の地上種がここに足を踏み入れることをほんのひととき許された“運命の日”みたいなものなのです。———私達が居たあの島は…言わばあの時、あれだけの地が寄り集まって浮いたのですから、下で事件にならないはずがありませんよね?」
まぁ、つい癖で面倒な言い回しをしてしまいましたけど……。
ふ、と視線を動かして、申し訳ない気持ちでいっぱいのまま、沈黙している姉妹を見遣る。
「つまり、この島は。私達が昇ったあの日、世界に解放されてしまった…という事です。降りるために必要なのはちょっとしたコントロール…この地に住まうエルフ族、紫(ネブラ)の氏を持つ王族のエデルさんかエイダちゃんの一押しのみ。果ての島の中央の王族のみが入る事を許されていたという“聖域”で、浮き島の一つを地上へ降ろすという呪文なりボタンなり。簡単な操作のみで可能になると思われます」
「ただしそれには大きなリスクが伴ってきてしまう…と」
「はい」
ここでようやく口を開いた幼なじみのイシュルカさんに、わかってたくせに、なジト目を送り。今頃地上で抉られた大地を囲み、どんな騒ぎになってるかとか、頭が痛い…と目を伏せる。
一度地上へ降りた大地は、次にこの空へ戻る時、一体どれだけの数や種族を乗せて昇ってくるのだろう。
その時、たった二人の王族しか残らない天空のエルフの国——と言っていいのかさえ不明だが——は、ちゃんと秩序を保てるだろうか。悪意を持たぬとも限らない、無作法者が紛れているやもしれぬのに。
イシュはポーズで「ふむ」と考える素振りを見せて、三人の大人達も各々最悪の事態というのを想定しているようだった。難しい顔で黙り込む大人達のすぐ横で、少年も少年なりに頭を捻っているようで。シュシュちゃんは読めないけれど、エデルさんも不安そうな顔をする。
どうすればいいだろう、と私も疎い分野とはいえ真面目に施政の手掛かりを考えだそうとしたとこで。
「大丈夫」
と、深く揺るがぬ少女の声が辺りに浸みる音がする。
「しばらくの間、この地に同族以外の者が立ち入る事を禁止する。また、悪意ある者が踏み込む事も許さない———と、わたしが宣誓すればいいと思うの」
何となく見慣れてしまった眠そうな目のエイダちゃん。
重い空気を撥ね除けて、まるで何の事もない、と、そんな風に呟いた。
「面白いからお姉ちゃんには今まで内緒にしてたけど、わたしの声には力が宿るって、おばあちゃんが言ってたの」
「え…?」
「エルフ族には、たまにそういう体質の子が生まれるんだって」
だから、たぶん、大丈夫だよ。
エイダちゃんは静かに語る。
「あの…すみません」
そこへ、いつになく低姿勢での幼なじみが声を上げ。
「もしよろしければ僕の秘書をお使い下さい」
と。
嫌味を全く感じさせずに、心底協力を惜しみません、な空気を滲ませ、そんな提案を述べていた。
聞けば、彼の秘書殿は、大変に有能なエルフ女性だという事で。エルフ族の雇用率も高いため、いっそ社を上げてエルフの国(エルファンディア)再建支援をしていきましょう、と言い出した。
さらに。
「よければお納め下さい。粗品ではありますが、僕が今持てるだけの財になります。今回の事の謝罪と共に、心ばかりではありますが、エルファンディア再建への祝いの品とさせて頂きたく思います」
と、そう語り。荷馬車に収めた類いの品をどうか受け取って下さい、という…もの凄い押しっぷり。
「いえ、そこまでして頂く訳には…」
困ったように口ごもるエデルさんに至っては、申し訳なさそうな雰囲気が一杯だったのだけど。
「何が欲しいの?」
なエイダちゃんの直球が飛び、イシュが光る眼鏡の奥で楽しそうに微笑んだ。
「とりあえずは…エルファンディアにおける今後50年の独占商業権…ですか。それと、僕の永住権が欲しいです。ここは美しい都ですから、リタイアした後ぜひ住んでみたいのです。もし聞き届けて頂けるなら、地上種に軽んじられないための最高級の品々を、すべてこの僕が誂えましょう」
そしてそんなセリフを聞いて、エイダちゃんがフと零す。
「…あと、私の髪飾り、探してくれる?」
それならその要求を飲んでもいいよ。
まだ幼い雰囲気なのに、彼女のこの上から的な女王然とした貫禄は何なのだろう…。
そう呆気に取られながらも二人の様子を見ていると、不意にイシュがこちらを向いて。
「あのときの髪飾り、出してくれない?限定化されたやつ」
と。
懐かしいアイテムをご所望になったのだ。