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14−9



 それから、地上に帰る手段について殆ど手がかりが掴めないまま、あっという間に三日が過ぎていた。

 連日、勇者様達はエデルさんを連れ立って、今度はどこそこの丘に行こうとか、何々の森ならどうだろう?と、朝から晩まで忙しくしていたが、さすがにネタが尽きて来たのか、ここで休みを取る事にしたらしい。一日休み、今度は野宿の予定を立てて離れた島の遺跡に向かうとか。そういう訳で私は朝からエデルさんに許可を貰って、一日中書庫に籠る予定を立てた。

 休みと言っても殆どエデルさん用みたいなもので、ピンピンしているライスさんに目星をつけた幼なじみは、食後のお茶を楽しみながらすかさず外出のお誘いをかけていた。

 シュシュちゃんはエイダちゃんとおもちゃ箱の前で遊んでいたが、魔力使用の仕掛けおもちゃにさり気な〜く一味を加えたらしいレプスさんを見、二人は彼が発現させる手品みたいな見世物に「おぉ…(ノ゜ρ゜)ノ」な顔で食いついた。

 ソロルくんは気怠そうにしていたが、エデルさんがチラチラと熱の籠った眼差しで見てくるのに気付いたら、眉間に皺を一本刻みさっさと部屋へ籠ってしまう。

 そして、さり気なく全員の様子とか把握したらしい勇者様は、ふらりと何処かへ出かけて行った。

 それを見送り、洗い物だけちゃっちゃと済ませると、お昼とかお茶とか準備してもらわなくて大丈夫です、とエデルさんに言付ける。

 割り当てられた部屋へ戻って、いつもの愛用鞄を持つと、さっそく私は蔵書庫へ。

 数日前から広げたままの調べものが散らばる場所へ、ごく自然に腰を下ろした。

 これといった手がかりはこちらもいまいち…な感じであったが、段々と古代エルフ文字的な分類の“記号”を見るのに慣れてきた私の脳は、“果ての島”の記録はもちろん、天上のエルフ様の書物に対する美意識を少しずつ理解し出したら、あっという間に読む事に魅了されてしまったのである。

 歴史書というか記録書というか、そういう棚を見つけた私は、直近の比較的真新しい冊子から時代を遡るようにして、一冊、また一冊と机に重ね上げて行き、何か気になる事があったら紙にメモを残して行って、いつの間にか机の上はちょっとした混沌だ。

 集中して何かを調べ始めるとこういう惨状になるために、幼なじみには昔から冊子(ノート)に書けば?と言われて来たが。最終的な作業というので自分的に大事な所をここから取捨選択したりするので、初めから括られたノートに書くのは嫌なのだ。それに、見た目がコレであっても、どこに何を書いた紙を置いたのか、おぼろに記憶している私は“誰かが手を触れないうちは分からなくなる事はない”と思っていたりするために。十中八九この癖は死ぬまで直らないやつなのだろう。




 そんなことを片隅に考えながら、手に取った記録書をサッサッサッと捲っていると。


「なんか、鬼気迫ってる感じだね」


 と幼なじみの影が掛かった。


「あ、お帰りなさいです。何処行って来たんです?」


 ふと本から視線を上げて適当に質問すると。


「元城下町っぽい所とか、島々の位置関係とか。大事そうな所をね、重点的に見て来たよ」


 言いながら、すぐ側の窓枠に体を預けに動いたイシュルカさん。

 その姿を追いながら外の景色に目をやって。


「うわぁ、もう夕方ですね」


 いつの間にか空が赤い…と呆然と呟くと。


「その様子だとお昼食べてないでしょう?」


 な、呆れたような聞き慣れた声がする。

 私が「あはは」とサラッと流すと。


「で、何処まで分かったの?」


 と、なんかヒントをくれそうな気配がうっすら漂ったので。


「そう言われると言葉に詰まるのですが…。主線じゃないところが面白かった…と言いますか。帰る事についてだと全然って感じです」


 そう続けると。


「ま、そうだろうと思ったけどね」


 こちらの言にあっさりと彼は言い、そして、手近な紙を一枚、掬い上げて覗き込む。

 集中力が一気に途切れた私は「ふう」と椅子の背凭れに体を預け、どことなく思案顔の幼なじみを眺めていたが、そういや聞きたい事があったぞ、と思いつくまま口を開いた。


「今の話に全く関係ない事ですが、ちょっと聞いてもいいですか?あの算盤の事とかを」

「うん?」

「攻撃力は口にした金額依存、と言ってたような気がしましたが」

「うん」

「あのとき言ってた金貨200枚…っていうのは」

「もちろん所持金消費だよ」

「うわぁ、やっぱり( ´△`)」

「ほんとはあのモンスターだと1枚で充分だったんだけどさ。勇者様の前だったから、ちょっと見栄張っちゃったよね。そのくらいした方がなんか嫌な奴っぽくてさ、すごく良い感じでしょ?」


 気になることを聞いてみて、スッキリしたのはあるけれど。

 言いながら、イタズラな笑みを浮かべたイシュルカさんに。


——やっぱりかぁ…金貨200枚…って、うーん……一枚がだいたい前の世界の諭吉様の感覚だから…あれが200万する攻撃かぁ〜( ´△`;) ないない。むりむり。そんな算盤(武器)、私は怖くて持てないですよ。


 と、お手上げ、な苦笑を漏らす。


「たぶんどこにも記した本はないだろうけど、この世界ってさ、単純に。どんな職業の人間だって戦える術はあるんだよ。商人用のこの“算盤”は、持てる財力が力に変換されるだけな話でさ。かつて“農家”な職業の田舎暮らしの純朴な青年が、神々の恩恵(ギフト)を受けた“鍬”をたまたま拾ってね、それで耕した畑で育てた作物が、巨大化したり二足歩行しちゃったりする怪異に見舞われて」

「想像すると結構微笑ましいですが、それはとても気の毒ですね。大きいのは売りに出すにも運ぶのが大変そうですし、まして二足歩行って…。収穫したいのに逃げられたりとか…野菜なのに動物みたいで調理し難くなりますよねぇ…」

「……まぁ。でもさ、そういうのって使いようによってはさ、ものすごい戦力を生み出したりするんだよ。なんでもその青年が何とか歩く野菜を詰めて…あ、根菜だったらしいんだけど、街まで売りに行こうとしたらさ。モンスター・フィールドを横切った時、運悪く強いモンスターに当たっちゃったらしいんだよね。逃げるにも逃げられなくて攻撃を躱そうと野菜が入った籠をさ、こう、前に突き出した拍子に、破れた場所から飛び出した二足歩行根菜類がね、なんと反撃に出たらしいんだ。で、割と頭数があったみたいで、青年が呆然としているうちにモンスターを倒しちゃったんだって」


 それでその青年が根菜に恩義を感じて、売るに売れなくなったってのは余談だけどさ。

 頭の中で二股の人参がモンスターを取り囲む図とか思い浮かべてしまった私は、シュールだな、と内心に。


——そうですよね…野菜だって馬鹿にしちゃダメですよねぇ、モンスターくらいちょろい筈です。


 うんうんと頷くと。

 ふと、廊下で人の気配が横切った感じがし、思わずそちらを振り向いて確認とかしてみたり。


「…イシュ、もしかして勇者様、今あそこ通りましたか?」


 外から帰って来たのかな?

 うーん?と首を傾げると。

 微妙に返事をくれない彼が何となく気になって、首を戻して窓際のイシュルカさんを見上げたのだが。


「あ、そろそろ夕ご飯の時間かな。僕行くけど、ベルはどうする?」


 そんなセリフでイタズラな笑みを浮かべておきながら、彼は私の発言をまるっとスルーしたのであった。

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