14−7
——わぁ…凄い…凄過ぎる…。
エルフ姉妹が待っていたやや大きめな小島から、眼前に聳え立つ城群(じょうぐん)を掠めて進み、微妙に趣向が異なっている七城のうち一つの城に招かれてから、私の声は感嘆ばかり。
浮遊する島々に白亜の城が犇めく様は地上人にはあまりの絶景で、城に入る前から呆然としていた観光隊の面々を見て姉妹は顔を見合わせた。
「いつもなら勝手口から入るのですが…よければ門から入りましょうか?」
その言を聞き、……お城に勝手口とかあるの?と、漂った庶民的な雰囲気を強く意図して封印しにかかる。
誰も否定しなかったので——あるいは良識たっぷりなライスさんとか勇者様とか、他者の家にお邪魔するのに裏口からなどありえないと思ったかもしれないが——、私達は導かれるまま威厳たっぷりの“ネブラの門”をやはり呆然と無言のままで潜って行った。
そのまま城の入り口を過ぎ、美しい回廊を経て、玉座の間を堂々と横切ると、エデルさんは“いかにも王族の居住区です”な奥の宮へと足を進めた。時折、何かを問いたげにチラチラとこちらを伺う妹さんを嗜めながら、美しい装飾はそのままながら生活するのに心地良さそうな一角までやってきて、椅子やソファーが置いてあるリビング的な部屋へ入ると「お茶の準備をしてきますので」と一人退席していった。
残された我々は、何が何だか…。取りあえず、この状況にものすごく恐縮しながら、立ったままもアレなので…と一人、一人、と腰を下ろして。そのうち、リビングの片隅のおもちゃ箱へと手を伸ばした妹さんに気付いたイシュが、そういえば風を装って鞄から子供向けのおもちゃを引っぱり、おいでおいでと手招いたなら。何となくそんな流れで、最も近くに立っていた私とか、巻き込まれる感じになって一緒に遊び始めたり…。
ここまできても——むしろ、ここまできちゃったために?——やはり言葉少なな感じの勇者様方大人グループは、ほどなく茶器一式とお湯が入った容れ物をカートに乗せてやってきたエデルさんの姿を見ると、また少しだけ雰囲気を緊張で硬くしたのであった。
好きな場所に腰掛けて、と促されてようやく至り、リビングの椅子類に腰を下ろした我々は、円陣を組むようにしてお互い顔を見合わせる。誰から話し始めるのかと緊迫の糸を探っていると、やはりパーティ・リーダーな勇者様が口を開いた。
「自己紹介が遅れてすまない。私はこのパーティのリーダーで、勇者職に就いているクライス・レイ・グレイシスという者だ。彼は魔法使いのクローリク、槍使いのライス、弓使いのシュシュ、聖職者のシルウェストリス。この五人でパーティを組みながら、大陸中を旅している」
「僕は下界で商売を営んでいる、商人のイシュルカ・オーズです」
対王族でも丁寧なのかそうじゃないのか分からない、いつも通りの勇者様。続いた幼なじみの彼は柔らかい物腰で自身を紹介しに走る。こう順番に回されたなら、私も従うまでである。
「一応、冒険者をやっておりますベルリナ・ラコットです」
そしてペコッとお辞儀をすると、受けた姉妹は改めて自分たちを表した。
「私はエデルリーナと言います。エデルリーナ・フィア・イン・ネブラ。そしてこちらは妹のエイダルーナ・ノア・ルブ・ネブラ。この“果ての島”に住んでいる、最後のエルフです」
最後の?な言葉を拾い、問いを返した勇者様。すると彼女は頷いて「この地には私達の他に、もうエルフは居ないのです」と少し寂しそうに囁いた。
「里なら地上に全色あるぞ。紫(ネブラ)の民もちゃんと生きてる」
それについ最近会ったばかりだ、とソロルくんがシュシュちゃんに振り、シュシュちゃんがコクリと頷くと。
「…そう、なのですか?」
と驚きに安堵を混ぜた答えが返る。
「その、貴方も…?」
と期待に満ちた問いかけを彼女が振ると、「この耳と髪の色、見たら普通分かるでしょ?僕は緑(ソロル)氏族だよ」と素っ気無く少年が言う。
そこで「あぁ、やっぱりそれで」な不安顔を浮かべながら、エデルさんはシュシュちゃんを見て「彼は貴女の恋人なの?」と悲壮な感じで問い掛けたなら。ものすごい勢いで首を横に振るシュシュちゃんに被せるように、「恋人って何だよそれ。何で僕がこいつに惚れなきゃいけない訳!?」とソロルくんが冷たい声で言い放つ。
さすがにカチンとくる部分とか多少ながらあったのか、瞬間、ガツンな殴り込みがシュシュちゃんから入ったのだが。少年の無事とか気になる前に、明らかにホッとした顔のエデルさんに意識を全部掴まれた。
——ものすごく勿体ない。エデルさんは完璧にネブラの系譜の王族で、いつぞやの男子を思わせる、けぶる美貌の持ち主なのに…!!なんで惚れたし!?こんな子供に!
内心、ゴロゴロ転がりながらこの世の無情を嘆いていると。
「すまない。話を戻させて欲しいのだが」
と、申し訳なさそうながら、私のハートを捕らえてやまない勇者様の美声が届く。
それを聞いてハッとして、エデルさんは全身で照れを表現しながらも、それでも真面目に向き合った。
「自分達がどうしてこんな場所に来てしまったのか、地上へ帰る手段があるのか、全く分からない状況なんだ。もし何かを知っているなら教えて欲しい。地上に戻る手がかりだけでも構わない」
勇者様は静かに語り。
「…ご事情は理解しました。しかし地上からの客人は私達も初めてで…蔵書庫の記録書にも記載されているのかどうか…」
「ねぇ、お姉ちゃん。あの“きろくひ”に何か書いてあるかもしれないよ」
「あぁ!そうね。記録碑ならば…もしかしたら手がかりが刻んであるかも」
そう姉妹は語り合い。
「明日、記録碑にご案内致します。確実に答えが手に入るかは断言できないですけれど…。それで、よければ…」
地上へ帰る手がかりが掴めるまででも、城(うち)に滞在して貰えたら…。
言い終えながらチラリとソロルくんを忍んだ姿に、勇者様らも思う所があったのか。
この際、滞在先への遠慮は各自呑み込むことにして…と。
畏れ多くも我々はネブラの城の一角を、帰還するまでの宿として借りる事になったのだ。