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エディアナ王国城下町。
この国は、大陸で一番大きい領土を持つ帝国と海沿いの国2つと国境を接する内陸国の一つである。
遺跡での用事を済ませた勇者パーティの後を追って——正確には勇者様の後を追って、だが——城下町に戻ったのが昨日の夕方。今回の用事を依頼したらしい貴族の屋敷に入って行く彼らを見送って、私は予約していた宿屋に戻り一夜を過ごした。
意外かもしれないが、善良な追っかけである私はプライベートな時間まで彼をストーキングすることはない。まぁ、町で偶然見かけたとかなら運命だと確信してちょっと後を追いかけることがあるかもしれないが。
説明が回りくどくなるけれど、勇者パーティに人里離れたダンジョンの攻略依頼や、長期間を要する何かの依頼が来た場合、それを処理する間はもちろん生活費が稼げなくなるのである。いくら都市部でまったり生活ができるくらいの技術が私にあるといっても、定住生活と放浪生活では入るお金も出るお金もまるで違うため、稼げるときに稼いでおかねば、いざという時とても困る事になる。
だから城下町はもちろん、村や町でも勇者パーティに休息の時間ができた時、私は追っかけを少ーしお休みして稼ぎに走る。そうすることで自分の善良性をアピールすることができるし、旅費の補填も済ませられるのだ。
だって、これから先もずっと彼を追い続けていたいんだ。旅費が無くてそれが不可能になるなんて目も当てられない。もちろん“いつまでも”なんていう不確かなものじゃなくて、“嫁になるまで”というしっかりとした期間を設けている訳だけど。
まぁ、真面目な話はこのへんでおしまいにして、翌日のこと。
日銭を稼ごうと向かった冒険者ギルドの前で、不審な男を見かけた私。
もちろん目を合わせずに通り過ぎようとしたところ、不意に声をかけられる。
「あの、すみません」
——えっ!?ここで私に振っちゃう???全身黒尽くめのフード男子で、しかも顔みえないよ!?そんな人の相手とか普通に怖いから!!神様、スキル発動させて!!!
と内心強く願ったが、私の持つ特殊スキルは経験上、命の危険のない発生必須イベントを回避できない…ようなのだ。この怪しい男子を前にしてそれが働かないということは、彼はある意味私よりも存在上位な人物だと言うことになる。いま変なことを言ったけど、存在上位というのは私の造語で、存在意義が上の人のことを示す。要するに、今という時間この世界において重要な人物の必須イベントなので私に拒否権はなくなりますよ、ということだ。
そういうわけで、スルーできないなら関わらないことには話が進まない。
えぇ、仕方ないので付き合いますよ。
私は優しいと評判のお嬢さんなんです(ふんぞり返ってえっへん!)。
あれこれ考えながら営業スマイルを貼り付けて、首だけ振り返る。
「何かご用ですか?」
「いや、その首の角度辛くない!?」
「あぁご心配なく」
「はっ!俺ってばまた変な女を引っ掛けちゃった!?うわどうしよう!!」
男子はそう言って頭を抱えうずくまる。
難しい角度のまま静かにそれを見下ろす私。
——あ、痛…これ以上は辛いなぁ。
ため息まじりに体を半回転。うずくまったままの彼の方を向く。
「ご用が無いのなら去らせていただきますが」
「あ、え?ああああある!ある、あるから行かないで!!」
ひしっ、と素早い動作で立ち上がり私の腕を抱き込む男子。
——う………ぎゃぁぁぁぁっっっ!?!!
ぞぞぞぞぞ、と這い上がる悪寒に思い切り腕を振り切る私。それは言うなればGのキスに匹敵する嫌悪感。
その瞬間、トスッという何か鋭利なものがどこかに突き刺さったような音が聞こえたが、それを確かめるどころではない。
——なななな何!?今の何っ!?嫁入り前の乙女の腕に抱きつくとかこの人何なの!?………はっ。これが世に言うナンパ?前世じゃ一度も体験しなかったアレ!?え、そうなの??私ってそんなに魅力的?え…うふふ♪もう、仕方ないなぁ☆
非モテ男子にお慈悲をくれてやるか、と態度が一転。急に上から目線になる私。
今なら何でも許せそう。誰にでも優しくできそうだ。
「うふふ…さぁ、言ってごらんなさい!私に何を望むのかを!」
背景に天使の輪っかと羽をはためかせ、極上の笑顔で女神のように語りかける。
男子は頬を引きつらせながら腰を引き気味に口を開こうとする。
——あ、なんかこの態度どこかで見たことあるような。いつのデジャブだろうか?
「………あ、いえ。あの…東の勇者が滞在している貴族の屋敷がどこなのか教えて欲しいんですけど……」
今にも消え入りそうな声が耳に届き、それを理解した瞬間、私の顔から笑みが消え失せる。
東の勇者。
それは私が愛してやまない勇者様の別称だ。大陸の東の国で生まれたため、他の地域の勇者と区別するためにそう呼ばれ始めたと聞いている。
これまた不思議な話だが、この世界の勇者は一人きりではないのである。もちろん数こそ多くはないが、それでもこの大陸に10人程度は存在が確認されている。年齢はバラバラで、若いうちは修行を主とし、歳を取れば引退する者もいるという。だから“勇者”と言えばふつう現役層の者達を指す。働き盛りに仕事をするというのは他の職業の人達となんら変わらない。特に仕事内容なんかは冒険者と同じというか、その延長線上とでもいうか。勇者と冒険者のこなす仕事の閾値が、いまいちはっきりしないのだ。
何故かというと、この世界、魔王なる存在が今まで確認されてない。魔種と呼ばれる種族は存在するものの、その頂点に君臨するはずの名がどんな史書にも記されていないのだ。勇者がいるなら必然的に対魔王となるべきところを通り過ぎる不思議な世界。じゃあ、なんのための勇者なの?と思ったのは私だけではないはずだ。
それはさておき、自分でも驚くほど冷たい声がのどの奥から発せられる。
「人前に顔もさらせないような人物に教えることはできませんね」
それじゃ、とその場を去ろうとしたところを、後ろ手に掴まれる。
この状況人生で2度目だが。
いちおう気持ちを言っておくと、全然萌えない。むしろ引く。
「待って!あの、これには深い理由が…えぇと…その、顔出しはヤバいっていうか…」
「顔出しNGとなっ!?お前はどこの芸人だ!!」
「は?ゲイ人?俺ノンケだし、いちおう職業:勇者なんだけど…」
「嘘つけいっ!!」
間髪入れずに突っ込む私。
おっといけない。思わず口調が乱暴になってしまったじゃないか。
そんなことより溢れ出る親切心で妙な変換を入れてきたのをスルーしてやったのだが、芸人という単語はないのに、ゲイもノンケも世界語として定着していることに若干の驚きを隠せない。
「なっ?!嘘じゃねぇよ!!地元じゃ正直者で有名なんだぞ俺!」
「あー、はいはい。詐欺師はみんなそう言うからね〜(遠い目)」
「信じてねぇな!?くそっ!俺のステータス・カード見せてやる!勇者のステータス見れるなんて普通じゃありえねぇんだからな!?ありがたく思えよ!!」
吠えながらカードを投げつけてくる男子。
私はひらりとそれをかわす。
「おまっ!避けるとか何してやがんだよ!?土ついちゃったじゃんか!!!ほら!持っててやるから穴が開くほど眺めろ!!」
そう言って自称勇者は、土にまみれたカードを服の端で拭き取ってからズイと私の目の前に突きつけてくる。
仕方なしにそれに目を通す私。
「………むぅ」
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勇者 フィール・ヴェナ・アルキネス 15歳 ♂
レベル 35
体力 300 知力 50 魔力 562
スキル 気配察知 Max
危険回避 Max
逃走 Max
隠密 7/10
変装 7/10
変わり身 6/10
陽動 8/10
索敵 5/10
カウンター 4/10
精神統一 3/10
特殊スキル 女難の相 7/10
師匠の愛
剣技の神の加護
愛の女神の加護
…(つづく)
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「私より頭が悪いなんて…」
「可哀想なものを見る目で見るな!」
「それに逃げるためのスキルが多いような」
「生き抜くために必要だったんだ!」
「女難の相が特殊スキルって…そういうのあるんだ?」
「俺だって辛いんだよ!」
最後にはorzの格好になって「大地とこんにちは」するフィールくん。
なるほど。これが持つものに不利に働く系の特殊スキルかとしみじみ思う。
それにしても女難の相とは…女難だけでいいんじゃないの?と考えて、あぁ、と納得する。
「だから顔を隠してるのか。それより“師匠の愛”が神霊の加護級とは…すごいね」
そこは素直に感心する。
「…頼むからそれだけには触れないで下さい」
言うなりシクシク泣き崩れる勇者。
なんかもうしょうがないのでため息を一つ。
「貴方が勇者なのはわかった。それはいいとして、私の愛しい勇者様に何の用なの?」