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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
12 ユノマチ温泉郷
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閑話 blue eye's rabbit



「お、お前はレプス・クローリク!!」


 女湯の暖簾をくぐり脱衣所へと進んだ少女と砂漠の魔女(ワスティタース)を見送って、男三人、脱衣所を過ぎ、それぞれが湯につかるべく体を洗っていた時だ。ヒコヒコ動くウサ耳と、腹から背中にまで伝う深い蒼の入れ墨に忘れ難い記憶を持った通りすがりの人物が、思わずといった調子で上擦った声を響かせた。


「おや。誰かと思えば…久しぶりなのでござる、隊長殿」


 名指しされた人物は、しかし何の含みもなしに穏やかに返答し、そればかりか驚くほどの親しみを持ち微笑さえも浮かべる始末。


「…お前、本当にクローリク…か?」


 続いた声がどうしようもなく頼り無い音になったのは、若かりし日の彼を知る老齢の男にしてみれば。それほどの変貌ぶりを遂げていた…という事か。






「俺達の年代の冒険者だったらな、知らない奴は居ないくらい、有名な男だったんだ」


 ウサ耳を持つ老齢の魔法使いに名指しで絡んだ老人は、返された微笑みに虚を衝かれたように暫し呆然としていたが、思う所があったのだろう、それとなく自分を取り戻すと彼らの列に腰を下ろして、同じように疲れた体を洗い始めた。

 全身を清めると、一人また一人と立ち上がり、湯船の中に身を浸す。

 指の先から体の奥までジンと伝わる温もりに、「ふぅ」と誰かが声を漏らせば。それを切っ掛けとするように、緑の髪の少年が近くで寛ぐその人物へ「じいさんの昔の知り合いなの?」と問いを一つ投げかけた。

 そしてその老人は、魔法使いを「有名な男だったんだ」と語った後に、何かを思い出したのか天井を見て瞑目し、そのまま後ろの壁の方へと体を斜めに立てかけた。


「いつ誰が言い出したのか…血眼(けつがん)の暴兎って呼ばれていてな。あぁ、“ぼうと”の“と”の字は兎の字だぞ。暴れ兎って書いて“ぼうと”と読む。それまでは獣人で兎って言やぁ、そらぁ大人しいイメージだったのによ。クローリクの登場で冒険者(おれら)はその認識をかなり改めさせられたんだ…」


「銀に限りなく近い薄い金の髪色に、まぁ、今や名残だけだが、随分と整った顔をぶら下げててよ。頭から生えている兎の耳は思わず手を伸ばしたくなる純白色だったんだ。その姿を一目見りゃあ、誰もがお近づきになりたいと思うくらい…“見て呉れ”だけは最高だった」


 そう、見て呉れだけ、は、な。

 短く区切り漏らした声に、最後、溜め息を付け加え。

 老人は持参したタオルを適当に折り畳み、目元にそっとそれを置く。


「まず、な。性格がダメだった。無愛想で生意気なんだ。しかも相手の怒髪天を衝くのが得意でな。緩衝役が頑張ってなんとかパーティに組み入れたって、リーダーの言う事なんか聞きゃあしねぇ。この作戦で行くと言っても、やれ粗が多いだの、効率的じゃないだの言って、終いにはメンバーを殺す気なのかと真っ正面から詰め寄りやがる。まぁ、クローリクの言う事も正論なんだがな。充分な実力のないメンバーでそれをやろうと思った所で、無理だって話な訳だ。そんなのは言われなくても自分たちが一番わかってた」


 若い頃のこいつはな、理想っつうのが高過ぎたんだ。そのくせ自分だけは才能に溢れてやがるから、理想と現実の落差ってやつに、まるで気付いちゃいなかった。いや、気付いていても、不可能は無い、努力しろ、やるならば頂点を目指す意気を持て、それができなけりゃ冒険者(しごと)を辞めろ、くらいのことは腹で思ってたかもしれねぇな。

 そこで再び息を吐いた老人の言葉を受けて、緑のエルフの少年はやや強ばった表情でそちらの顔を伺った。


「それはその…なにぶん若かった時分ゆえ…」


 許して欲しいでござるよ、と。

 頬を赤らめ、恥ずかしそうに語る魔法使いに“若い時分”の面影がまるで見えない現実に、それはそれで少年は恐ろしくも感じたのだが。

 昔を知る人物が口を開く気配を察し、開きかけた口元は再び横に引き結ばれた。


「性格も悪かったんだが、もっと恐ろしい事に…魔法を使っている時の人格がヤバかった。あんたらは見た事あるか?こう、クローリクの瞳がな、真っ赤になるんだ。血が上るとな」


「そうなると手がつけられん。敵味方の区別なく…いや、一応区別はあるようなんだが、遠慮が無くなるって言えばいいのか?顔面すれすれを通るような、こっちの心臓がもたない制御で辺り一面にぶっ放しやがる。しかもそれが機嫌が悪い時だとな、気に入らない奴が居ようものなら知らんフリして故意に当ててく。例えそのパーティにたった一人の剣士だったとしても、だな。まぁ、そういうことをしていくうちに、当然だがこいつには大勢の敵が生まれた」


 ほら、アレだ。

 こいつを一等有名にした、単身での“星落ちの塔”攻略の話だよ。


「俺も聞いたところの話なんだが、事実はもっと酷かっただろう」

「確かにこうして落ち着いてから考えてみると、でござるなぁ。当時はそれほど辛いとは不思議と思わなかったでござる」

「どういう事?偉業だったんじゃなかったの?“ほしおちのとう”ってあの“星落ちの塔”のことでしょ?」

「そう言う事ではなくてだな。いや、少し、話が逸れたな。わかりやすく言うとだな、単身での星落ちの塔攻略はクローリクの意思でも目的でもなんでもなかったというやつだ。初めは、な」

「それは…まさか、嵌められた、というやつですか」


 今まで沈黙を守っていた青銀の槍使いが、思わずといった調子で話に入って来たのを見遣り、老人は「そうらしい」と魔法使いに視線を向けた。

 そうして彼と同じようにこちらに視線を向けた二人に、その人は耳を揺らして穏やかに言葉を返す。


「いや、なに。少し、一人では不利な状況で、置き去りにされただけでござるから」


「おかげで、どうせなら攻略して帰ってやろうと、戦意が湧いたでござるよ」


 と。

 柔らかく微笑む顔に、ほんの一瞬、物騒な光が射した気配を感じ取り。


「ふ〜ん。じいさんも若い頃は大変だったんだね」


 と、努めて常の返事を漏らして。

 少年は触らぬ神に祟り無し、と鏡面越しに彼を見た。

 そして。


——出来れば、僕がパーティに居る間、あの瞳が赤くなる事が起こりませんように…!!


 と。

 穏やかな笑みを浮かべる魔法使いの青い瞳に、全身全霊、願いを掛けた。

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