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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
12 ユノマチ温泉郷
118/267

12−7



 ———バッシャーーーン!!!


 というそこそこの質量のものが入水した音が聞こえて、まるっきり気を抜いていた私はヒタリ、踏み出した足をすぐに留めた。

 おかげで少々つんのめってしまったが、音が過ぎ去り、何か人っぽいのが降ってきたみたいだぞ、と。その後ろ姿を視界に収め理解した瞬間に、“それが誰か”に驚き過ぎて、次の場面では腕の力がするっと見事に抜けてしまう。

 途端に、カッコーン!!と屋外の石床に桶がぶつかる小気味良い音が響いて、洗面用具が散乱し。

 何故か目の前の露天風呂に落ちてきた勇者職のあの人が、機敏な動作で立ち上がり、無意識にだろう、少し長めの前髪をかきあげながら“奇妙な”音の出所を確認すべく真っすぐこちらに目を向けたのを、私は呆然と見守った。

 いや、見守ったというよりは、余りにあまりな出来事に目が離せなかった、と言うべきか。

 おそらく敵襲に近い感じで硬い反応を混ぜて寄越した彼の視線と、何が起きた!?な呆然自失状態の私の視線が、幸か不幸か一分の隙無く重なり合ってしまった時、我々は伝説の白い背景を手に入れて、ある意味で永遠とも感じ取られる無言の時を一瞬の中に共有した。

 そしてここでお約束な出来事が起きたりする。

 つまり、アレだ。

 浴場におけるアクシデントで大体トップに並ぶんじゃね?なあのシーン。

 やや小難しく表現すると………茫然自失な私の脳がタオルを掴んだ筋肉さんをフッと弛緩させてくれたのだ。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 えぇ、そうですね。ちょっと分かりにくい表現ですね。

 やっぱり簡単に言い直そうと思います。

 はー。

 なんだか緊張しますね。

 ちょっとだけ深呼吸 。


 つまり、ですね。

 まぁ、アレです。


 俗に…言わないかもしれないですが———タオルがはらり事件、というやつです。






 でも私、頑張りましたヨ!(; ´ ▽ ` )>☆

 勇者様にこんな粗末な裸体を見せる訳にはいかないと!!

 いや、自分の名誉の為にフォローしますと、そこはちゃーんとティーンズ女子の引き締まった体なんですが。

 そこはほら。望まない異性の裸体って、まぁ、ある意味、テロでしょう?

 心理的恐怖をばらまく爆弾といいますか…。

 だからですね、そこは私、若い反射の神経で必死に掴んだ訳なんです。この粗末な体からハラリと落ちかけたタオル様をね。ちょっと微妙な位置でしたけど、まるまる見せるという事態は逃れた訳なんですよ。

 例えその時、自分の口から漏れたのが。


「すっ(みません、お見苦しいものを)…!だっ(いじょうぶですか、そこ)…!!ぐっ(※単にテンパって変な声が出た)…!!!」


 なんていう、可愛らしさの欠片もないうめき声だったとしても。

 さらにその発言の馬鹿っぽさとかに羞恥心がガーッと沸いて、全身から火が出るような熱さを感じた訳なんですが。

 まさに言葉になってないそんな私の声を聞き、機能停止していた彼もようやく我に返ったようで、思いっきり顔を逸らすという普通の反応を返してくれて。

 その隙に深呼吸を6回ほど繰り返し、よかった!晩酌用のお酒とか抱えてなくて!!飲ん兵衛だと思われる所だったよ!!危なかった!!!な叫びを内心に、頼りなげでありながら、今度はちゃんとした言葉をしゃべった訳なんです。


「ゆ、ゆゆゆ、ゆうしゃしゃま!!あ、いえ、間違えましたっ!勇者様!!あの、よければこっちの部屋へ!服とか濡れてるみたいなので、浴衣とか貸しますから……!」


 と。

 自分はそそくさと部屋に戻って(もちろん洗面用具は放置)、もともと着ていた服を着て(ただしノーブラ…と言ったところで誰も得はしないのだがね)、バクバクいってる心臓さんをより落ち着かせるためにもと、お茶を一つ用意して待ってみる。

 ぴきーんな背景音で固まった私の背後に珍しくも戸惑いを隠しきれない気配が現れ、備え付けの予備タオルとちょっと前に入手した浴衣一式を手早く揃えると、あんまり見ないようにして「どうぞ…」とそれらを押し付けた。

 自分用は出がらしで…とお茶をすすって暫く待つと、控えめな衣擦れの後、相当気まずかったのか、勇者な彼はそっと部屋のドアに近づき、そのまま外へ退出しようと襖の奥のドアノブをキュッとひねったようだった。

 それを気配で察知して、あ〜、やっぱ、帰りますよね〜、と。

 不慮の事故みたいなものですし、まぁ、そんなに気にしませんよ。きっと一晩爆睡したらお互い気持ちよく忘れられるはずです、と。

 立ち去る気配のその人に内心で語っていた所。


「………ここから出られないのだが」


 なんていう、失望感溢れる声が。

 思わず。


「えっ!?」


 とギョッとして、立ち上がった私はすぐに、廊下へ出られるドアノブを回してみたりしたのだが。

 鍵もかかっていないのに、ガチャガチャ、ガチャ…と何かが空回る残念な音しかしなかった。


「どうして出られないんでしょう……?さっきまで普通に外出してたんですが」


 ガッカリしながら解決策を求めるべくして、隣に並んで立っていた勇者様をごく自然に見上げると、ばっちり視線が重なった。すると途端にちょっと前に起こったばかりのアクシデントが思い出されて、二人して思い切り顔を背け合ったりしてみたり。


——なんだこれ!?一体どんなラブコメだ!!<( ̄□ ̄;)>


 自分、そこまで若くないでしょっ!!!

 甦れ!前の世界で培った、五十数年の枯れた精神!!


「あの…ですね。その、何が起こっているのかとか全く解らないんですが、なんかいろいろすみません。えぇと…何といいますか、こういう場合って意外と外部からの方が開きやすい、といいますか…。もう少ししたら食事を運んでもらう時間な筈なんで、最悪、そこで密室解除……な流れに期待しませんか…?」


 体はまだ末端部分がフルフルするが、“自分自身への暗示かけ”で無事に落ち着いた声を絞り出す事ができ、私はだいぶホッとした。

 それから、まぁ普通に間が持たないので「お茶でもどうぞ」と提案し、扉の前から元の部屋へとやってきた。そしてお互い、この思わぬ距離をどうしたらいいのか分からずに、茶菓子とお茶を壁として俯きながら黙りこくった。

 そう、それは、よくある表現ではあるが、まるでお通夜のような空気であった。


——お通夜って…故人の年齢(とし)が若いほど重苦しい雰囲気が漂いますからねぇ……。


 心の中で遠い目をして、さすがにこのままじゃダメだろう、と。私はそろりと視線を上げる。

 ローテーブルの向かいに腰を下ろした勇者様は、無表情顔の額に一本の皺を刻んで、いつの間にか外の景色を面白くなさそうに見つめていたのだ。

 すぐに上げた視線を戻して、うわぁああ…!ものすごく不機嫌顔じゃないですか…!!(( ;д;)) と。密室にこんな私と二人きりとかすみません!ごめんなさい!!誤りますから許して下さい!!!心の中でそんな三段謝罪を入れて、若干涙目になりながら、私は硬く握った両手をオロオロしながら見下ろした。


——とっ、とりあえず会話です!会話のネタです!今一番必要なのは…!


 ほんのわずかに視界に入る勇者様の浴衣姿は、自分の好みで揃えただけあって、それはもう最高だ。

 こんな機会でもなかったら使われなかっただろう品物だから、ちゃんと身につけて貰えたことで浴衣も往生するだろう。

 少し前に得た教訓、無理矢理な衣類のプレゼントはダメ、な覚え書きから「良かったら貰って」なセリフは口が裂けても言えないが、ある意味“使用済み”を貰えるというこの話の流れには、実は心が浮き立ち始めていたりする。

 洗濯とかしなくて大丈夫です!———サムズアップで語ってみたいが、ものすごく引かれること間違いないので口にするのはやめとこう。

 あぁ…でも、やっぱり……。


——黒髪に浴衣姿は素敵だなぁ………♪


 きっちりと着込まれた合わせの部分をこう、ぐいっと引っ張って頂いて…是非とも開(はだ)けさせて欲しいものだが…。


——まぁ、現実的に無理だろな。それに私はそこまで痴女じゃない…と思いたい。


 と、苦笑を浮かべたこちらの気配に勇者様が気付いたのだろう。

 視界の端でのっそりとその人の体が動き、ふと顔を向けてきたのを察知した私はすぐに。


「な、何でもないですっ」


 と。

 そんな言葉を返してしまう。

 が。

 今のセリフで折角の会話の機会を潰してしまったのではないか———?

 すぐに思い至った私は、ハッとして面(おもて)を上げた。


「とっ、ところで勇者様!今お幾つなんですか?」


 ………って。

 おいおい私。

 いくら口が滑ったと言ったって、その質問は無いだろう…orz

 ほら見なよ。あの真面目な勇者様がリアクションに困っているよ。

 口どころが空気まるまる明後日の方向に滑って行ったぞ。

 このムード、ザ・滑落死。


——どうするんだ、これ。居たたまれなさ過ぎるだろう……主に私が。


 ファンのくせに年齢を知らないとかいう大問題は棚に上げ、何故気のきいた質問をかけられなかったのだろうか、と。若干虚ろな瞳のままに直角正座で固まってると、先に気を取り直したらしい勇者様が。


「…27だ」


 と返してくれた。

 きっと二十代後半だろうと思っていたが、ちゃんと予想の範囲内で私はちょっとホッとした。我々の年齢的な開きの部分は一回り弱といったところか。

 どちらかというと年上女性が好き…といった類いの話は噂の中にも聞いた事がないために、私は充分守備範囲内…だと思いたい。どうせならもう一押しして、若い嫁に憧れます!とか言ってみて欲しいところだが。余りそんな気がしないので割合厳しいかもしれない。

 そんな事を考えながら一人百面相をしていたら、勇者様が怪訝そうな顔をしたので。


「いえ…普通に予想した年齢でした」


 と慌てて感想を語ってみせた。


——この際、正直にネタがないのを謝罪しようかなぁ。


 好きな人相手に話題が無いとか、大丈夫か自分…とは思ったが。

 会話の基本である相手への質問に関しては、私の場合、最大限の注意というのを払わないといけないような気がしてしまい…。

 ストーキングするような女からの質問って普通に考えて恐怖でしょ?え、そんなこと聞いてどうするの?みたいなね。好きな食べ物は何ですか?とかのどうでもいいような話を振っても、どうでもよくないと思われるかも。だって私が相手の立場なら、相当考えて答えを返すし。それが分かるから困らせるような質問はしたくない。


 結局、ぐるぐるとそういう事を考えて。

 私は自分でも気付かないほど、長い間、沈黙していたらしい。

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