12−6
占いのお姉さんの思いがけない逃走に、しょんぼりしながら帰ったその後。
いつもよりいい雰囲気の宿の部屋を見渡して、私は早々に沈んだ気分を復活させた。
備え付けの茶器を使って自分好みにいれた後、サービスで置いてあるお茶請けをお供にしながら、優雅な一人ティータイム。あ〜、この鼻に抜けてく香ばしい緑茶の薫りが最高ですな!と悦に入って、ほっこりしながら休暇を満喫。夕食の時間をやや遅めにお願いしたので、ここらでお風呂を楽しみますか!といそいそ鞄をあさり出す。
満月ではないけれど、微妙に欠けたお月様も味があっていいですよね〜。月見酒とかいっときますか。食前酒な雰囲気で。と、お酒とグラスを引っぱりだしたが、ふと気分が変化して出したそれらを片付けた。
賑やかだった商店街はもちろんのこと、人の動きの多い下町付近も段々明かりが灯り始めて、とても素敵な景色が窓の外に広がっている。それをお酒の入った頭でぼんやり送ってしまうのは、何となく勿体ないんじゃないか?お湯加減でどうせぼんやりするとしたって、アルコールが無い方が得した気分にならないか?きっとまた寝る前とかに入りたくなるんだからさ。お酒はそこでいいんじゃない?と、寸でで思い直したのである。
そしてささっと衣類を脱いで、洗面用具一式を持ち、タオルで前を隠しながら、そろっと露天風呂へ出た。
この旅館は受付の雰囲気が一番良かった事もあるのだが、決めた理由の一つには力の入った個室露天風呂風景というものがあったのだ。外へ続くドアを開けたら即露天風呂ではなくて、そう距離は無いのだが風呂場まで小道が続いているのである。小道の端には良い感じの岩や草花が置かれてあって、まるでちょっとした邸宅の庭先でお湯に浸かっているような、贅沢ながらも心から落ち着くような外装になっているのだ。
もちろん個室の風呂なので浴槽自体はそう広さはないのだが、ちゃんと雨よけの屋根が掛かって雨天でもお湯を楽しめる。
なんという計らいか…!!と感動に打ち拉がれた少し前の記憶が思い出されて、私は飛んだテンションながらもしずしずと小道を歩いて行った。
まさかそんな私の歩みが衝撃で止まるとは、この時は少しも思いはしなかったのだが。
まぁ、ちょっとだけその前に。
ところで大事な事なので一応説明しておくが、例え個室の露天風呂でも私はタオルで隠す派だ。
誰かに見られているのかも…とか、そういう事では全く無くて、誰も見てないと思っていても隠さず出るのは恥ずかしいのだ。
いかに前の世界において、いい歳まで生きていたって、まぁ、微妙に恥ずかしい事の一つや二つはあるのである。
いっそ癖と言った方がいいのかも知れないが…。
そう言う訳で、そのとき私はしっかり前をタオルで隠して、小脇に洗面用具が入った小さめの桶の一つを抱えていたのである。
そして事件が起きてしまった。———つまりはそういう事である。
私の与り知らない場所で魔女様の罠(トラップ)にかけられた、まさに不憫と語られるべき黒髪の勇者様。
彼の送られたその先は、そんな私の目的地。
屋根の掛かった露天風呂の中空付近だったのだ。