12−5
黒髪の勇者率いるパーティのメンバーが、下町の銭湯“フジ屋”の玄関前で自然と歩みを止めたのは、彼らパーティのリーダーである東の勇者その人が、面を隠した細身の女性に「ねぇ」と声を掛けられて、そのままその場に立ち止まったからだった。
「ねぇ、そこの男の子。これを彼女に届けて欲しいんだけど」
女性は何の含みも無い声でクライスの左腕を引き止めて、自分が右手に下げた袋をズイと彼の前に出す。
西の国の民族衣装を着込んだその女(ひと)は、裾の一部を頭に掛けて自身の顔を隠すというある部族の特徴を持っていて、それだけを見るならば何の変哲もないような人だった。
だがそれが妙な具合に引き立っていて、明らかに只者ではない雰囲気がにじみ出る。
宿からここまで来るあいだ一度も人の目を引かず、完全に群衆に紛れた彼に———、しかし確実に“勇者”の職を所持している人間にピンポイントで声を掛け、腕を引いてきた女。
そんな女性の出現に気を抜いていたメンバーは、誰からともなく歩みを止めてそれとなく身構えた。
無論、勇者も意識を巡らせ臨戦態勢に入ったが、そんな女性にもらされた一つの単語が気になって。
「………(男の“子”…?)」
と無言の中に思わず怪訝な顔をする。
が、彼女は全く気にせずに、そればかりか右手の袋を強引に掴ませて、さらに背中をバーン!と叩き「少しはシャッキリしなさいよ!」と鼻息荒く言ってくる。
そんな女性と、正直ここまで親密な間柄にはないんじゃないか?と思い至った勇者な彼は、人違いの方向で思い過ごしを正そうと口を開いたのだった。
「失礼だが…人違いをしていないだろうか」
と、ストレートに伝えてみると、女性は空いた腕を組み自信満々に告げてくる。
「夕刻、フジ屋にやって来る、黒髪男子の三人目。私の“占い”はそうそう外れないわよぅ」
そのセリフを聞いたところでパーティの魔法使いが何事かを言おうとしたのだが、顔を隠した女性の動きに察するものがあったのか、開きかけた口を閉じ成り行きを見守る事にしたらしい。慌てるでもなく、逆に警戒の色を潜めた魔法使いの気配を知って、メンバーはもちろんのこと当事者の黒髪勇者も僅かに意識を緩くした。
占いスキルを持つのなら魔女の並びに居る者か。高名な元冒険者(クローリク)が知っているなら有名な女性なのだろう。その占いが外れないと言うのなら、案外、“用事”も“勇者がらみ”で大切な事なのではないか。
そんな風に思った所で。
魔女職にある者達とは極力関わるべきではないが、もし関わってしまったら、彼女らからの頼みの類いは素直に聞いた方がいい。
そう脳裏に養父の言葉が甦り。
「これを誰に…」
と言いかけた正にその時。
「っ!?」
ガクン、と足場が抜け落ちる感覚と、満足そうな魔女の鋭い微笑みに見送られるようにして、勇者は大地に呑まれて消えたのだった。
すぐに青銀の槍使いと緑のエルフの少年が「「クライス!?」」と驚き露に叫んだが、白いウサ耳をひこひこさせて「魔女殿…」と魔法使いが苦笑する。
それを受け、女性はヒラリと面を隠した裾を払って。
「これぞ私の十八番♪砂漠の魔女(ワスティタース)様の“スウィート・トラップ”よ☆———お久しぶりね、クローリクちゃん♪♪」
そんな陽気な声を出す。
「ふー!それにしても久しぶりに良い仕事したわぁ♪私」
ん〜!!と大きく伸びをする美貌の魔女殿に、呆気に取られたメンバーが無言で視線を送っていると。
「久しぶりなのでござる。その節は大変お世話になったでござるよ」
と、魔法使いが暢気な声で会話を続ける音がする。
すると女性は目を見開いて。
「んまぁ!びっくり。クローリクちゃんてば、まーるくなったのねぇ!!何処からどう見ても、とっても可愛いウサさんなのに…兎の皮を被った猛獣なんて呼ばれてて……昔は見るに忍びなかったわぁ(ノ_<。)」
なセリフを呟き。
「わ、若い時分の事は忘れて欲しいでござる。それにしても…魔女殿は変わらないでござるなぁ」
と、少し照れた様子を残して老人が言葉を返す。
それを拾って魔女な女性はもてる美貌を輝かせ。
「うふふ♪そう?ありがとう。でも、女性に歳の話題は厳禁よ〜♪」
そんな風にチャーミングな笑みを付加して、取り残されたパーティ・メンバーに、自然と向き合ったのだった。
彼らは出会った事のない“このうえなく陽気な魔女”殿に驚きを隠せなかったが、続けられた話を聞いて内心それぞれホッとした。
「まぁ、こんな風に積もる話はあるけれど、ね。———あの勇者の事なら心配ないわ。ちょっとお世話になった娘(こ)におまけで送っただけだから」
魔法使いの知り合いで、かつ、全く何の悪気もなしに「世話になった娘宛」と言われてしまえば、行き先が何処なのか容易に想像できる上、まず間違いなく安全で確実に戻って来れると断言できる。
そう誰もが確信しながら「ははぁ。なるほど。ベル殿でござろうか?」というクローリクの言葉を見送り。
「へぇ、あの子、bellって言うの。それじゃあ、なるほど相性が良いわねぇ。それとも、だからアレだったのかしらねぇ。どっちにしても興味深いわ♪」
そう続けた魔女の軽い呟きを、同じように見送った。
「クライスが無事だって分かったし…これで安心してフジ屋に入れるな!」
「ほんと、行き先があいつの所で良かったよ。楽しみにしてた銭湯を目の前にしてクライスの捜索とかさ。正直ダルいな〜って思ったもん」
「…ある意味一番のんびりできる?」
「あっ、なら私もご一緒していいかしら?」
「某は構わないでござる。———ならば、一時間後にこの場所で待ち合わせでどうでござろうか」
確信ついでに気を抜いたそんなメンバーのセリフと共に、のんびりとした空気が流れ。了解〜、という大多数の呟きが、下町の銭湯“フジ屋”の玄関前に静かに響いたのだった。




