12−4
それから時を遡る事、少し前。
——あっ。可愛い簪(かんざし)!草履もステキ!!
私は商店が並んだ一角で、有頂天の只中に居た。
繊細な装飾が施された簪に、粋な柄で誂えられた鼻緒を見渡し歓喜する。
——ありがとう!過去の転生者さん!!もしくは過去のトリッパーさん!!
洋風の装飾品にはとても疎い私だが、和風と言われる元出身国の伝統的な装具にはそれなりに目と心を奪われるのだ。
——うわぁ、これすごい!鼈甲柄(べっこうがら)を模してある!!
今の体は地毛が茶色であるために、鼈甲柄の簪を頭の隅に飾っても映えないこと間違いないが、何となく諦めきれず気に入った草履とともに買ってしまう自分がここに。
恐ろしい。観光地効果って恐ろしい。
ここで買わねば永遠に手に入らないかも知れないぞ…。あ、そうだよ、使わなくても記念になるよ!———そんな気分にさせる何かが観光地には潜んでいるのだ。
頭の隅で僅かな理性がそんなことを叫んでいるが、テンションが昇りに昇った私はそのまま商店を“はしご”した。
——おぉっ!!こんな所に浴衣屋さんがありました!!!
この町の入り口で着物姿の人を見たから、きっと浴衣もあるだろうとは思っていたが。
——これはもちろん買いですね!!作れないこともないけど、プロな方が作ったほうが結局縫い目が綺麗ですからね♪
そういう訳でさっそく店の商品を物色しだす。
きっとこちらの世界では浴衣の柄の縛りとか細かいことは無いだろうから、好きなものを選ぼうと次々目を通していたら、結局、心を捕らえたのは紺地に白で描かれた蔦花(つた)柄のそれだった。
我ながら地味くさい……orz
と、少し肩を落としたが、紺地に白、そしてぼかしが絶妙に入ったそれにだいぶ心を奪われて、地味だろうが何だろうが素敵だって感じるんだからいいじゃない!と折れかかった心を持ち直す。
そしてそろりと視線を流し。
——……ちょっと…ちょーっとこの辺で…勇者様用の浴衣とか…選んじゃったりしようかなぁ…?
そんな思いが心に湧いて、メンズコーナーをチラ見する。
まぁ、ぶっちゃけ、使う機会はほぼ無いようなものだろうがな!
——別にそれくらい、いいですよね〜。男物の衣類持ってるくらい。
もし見つかってしまったら「痛い奴」だと思われる程度だろうし。
次の物品の購入時とか、イシュには相当冷めた目で見られそうですけども。
——でも欲しいんです。今欲しいんです。ここで買っておきたいんです。夢という名の希望の種を!!
そして私は「ふふふんふ〜ん♪」な鼻歌まじりで近づいた男性ブースで、控えめに入れられた波模様が粋と感じる藍色浴衣に、角度によって煌めくような銀糸で織られた帯を見つけて即購入を決めたのだ。
——良い買い物したなぁ!!!
と、輝く笑顔で店を出て、そのまま町の商店街をさらに“はしご”で二、三転。
そろそろ足も疲れたし、喉も乾いたことだしな〜、と大満足で宿を目指して通りを進んでいた所、特に段差も無い道で躓いてよろけてしまう。
なんだこれ、恥ずかしい。
私てば浮かれ過ぎたかな〜と、微妙な感じに笑っていると。
「ふふっ。大丈夫?お嬢ちゃん」
と、道の端から声が飛ぶ。
明らかに今の私に掛けられた声だろう、と。
しかしそんな思わぬ事態に。
「は…はいっ。大丈夫ですっ」
な照れ返事が出てしまい、会話が成立してしまったので知らない振りとかできなくなった。
そして私は道角に腰掛けた、いかにもなお姉さんに見事に捕まったのだった。
「どお?折角だから占い、していかない?今なら安くしとくわよ♪」
あー…やっぱり魔女さんかぁ…んー、どうしよ。困ったな。
でもまぁ、なかなか綺麗どころで優しそうなお姉さんだし。
こういう時って逃げない方が良かったりするんだろうな…と、半ば諦めの境地というので——しかしこういう経験って無かったりしたものだから——「お願いします」と客用の向かいの椅子に緊張しながら腰を下ろした。
——えーと。何を占って欲しい?とか聞かれるんですよね、きっと。
魔法有り、スキル有り、のリアル予言者とかも居たりするこのファンタジー世界の事なので、魔女さんが行うところの“占術”だってランクが高けりゃ結構当たるものなのだ。
だが彼女らは“殆ど嘘のような冗談に一握りの真実を混ぜ込んで話す”とか、簡単な一言を“やたら難しく意味深に語ってみせる”とか、そういうちょっと厄介な性格の人が多いので、相手にするとどっと疲れが出ます…というか。
今回捕まってしまった女性(ひと)は、ぱっと見、雰囲気があっさりげな人なので、あまり難しい話とかされませんように!と心の中で合掌しながら問いかけを待ってみる。
と。
トルコ石のアクセサリーをそこかしこに身につけた綺麗どころの魔女さんは、うーんと唸って私の顔をしばらく眺め。
「貴女の場合は…そうねぇ、好きな人と仲良くなれるきっかけ、とかどうかしら?」
そう言って台の下から筮竹(ぜいちく)を取り出した。
占って欲しい事とか聞かれなかった…。そればかりか占う内容をなんか勝手に決められた…( ̄□ ̄;)
——さらに術具が筮竹さんとか…貴女様の見た目からして、ここはタロット・カードでしょう!な勢いなのに…。
何やらものすごく裏切られた気分です…と返す言葉を失ってると、お姉さんは両手で抱いた筮竹をじゃらじゃらトントン、じゃらじゃらトントン繰り返し、分けては弾き、分けては弾き、とその作業に没頭し出す。
易占ってこんな感じなんですね〜と、気力が回復した辺り。
気合いの入ったネイルさまと鮮やかな彼女の手つきに自然と魅入られ始めた頃だ。トントン、じゃらじゃら、バキッ!!という不吉な音が飛んだのは。
「っ、あらっ!?私ったら…。どうしましょ…」
——いやいやいやいやっ!!(゜゜;) あら?とかじゃないですよ!!なんでそんなに落ち着いてるのお姉さん!!占い中に術具が壊れるとかね!なんか不吉度Maxですから!?そういうのやめて欲しいですっ!!!
思わず内心で、「え、私って、勇者様と仲良くなれるきっかけとかが得られないタイプなんですか!?」と叫んでしまったが、このまま引き下がるとか何か悲し過ぎたので、運命よ変われ!!とばかりに鞄に手を突っ込んだ。
「あの…その、すみません。これで良ければ使って下さい。差し上げますので。いえ、その、なんと言いますか…是が非でもこれで続きを占って欲しいといいますか……!」
きっかけが得られないとか…それってフラグが立つ要素もないっていうか…。
せっかく最近、名前呼びとか許して貰えましたのに…つまりそれってなんですか、このまま平行線(プレーン)な関係で終わるっていう事ですか…?
と、鞄から取り出した金属製の筮竹をお姉さんに差し出しながら涙目で詰め寄ると。
「え…えぇっ!?…い、いいの?これ、けっこーな希少品…よ?」
そう呟いて恐れ戦くお姉さんがそこに居る。
そしておもむろに立ち上がり。
「お礼、するわ!絶対に!だからちょっと待っててくれる!?———あ、この町の中に居てくれれば大丈夫だから!ちゃんとお礼、届けるからね!お土産付きで!!だからちょっと待っててくれる!?」
と、急に店じまいを始める始末。
「え…?え…??え…???」
とそんな姿を見ていたら、慌ただしい様相でお姉さんが走り出す。
———金属製の筮竹とか…需要なんてあるのかな?
昔、ぼんやり考えながらゴミ置き場で拾ったソレが、美女と評せる魔女さまに大事そうに抱えられ、驚きの速度をもって去り行く景色を呆然と見送りながら。
「う、占いの続きは…?」
と、私はその場で一人寂しく、か細い声で呟いた。




