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 こんなところで、少し話がしたい、と言われても。

 何やら視線に決意の様な光が見えて、こちらの心はたじたじだ。

 あぁ…できるだけ先送りしたかったのに、と。

 いろいろと拒否られる未来が見えて、照れる隙も与えない。

 とはいえ、断るなんていうのはやっぱりどうしてもできなくて、漏れた言葉は頼りないものだった。


「えーと…その……ハイ。ところであの…ウルラギくんを送らなくても大丈夫です?」


 話はその後でも構いませんよ、私とてもひまなので。この辺で待ってますから。

 そんな雰囲気を乗せて返せば、大丈夫だとの言葉が返る。


「風の精霊を召喚した。彼にはそれに付いて帰るようにと言ってある」


 うわーお。出ました。精霊様です。

 ちなみに私、生の精霊様は一度も見た事ありません。

 只人なんてそんなもの。

 しかし、さすが勇者様。しっかりとそんな存在を使役です。

 ……なんて。

 現実逃避で中継したが。


「少し先の公園で…座って話そう」


 そんな、どこまでも浸透していく深良い声で言われたら。

 凡女な私に、拒否権はありません、のです。




 そして薄暗さを増した世界で、勇者様と二人きり———。

 だが、この気まずさは何だろう。

 人の気配がまばらになった公園の様相や、少し遠くで鳴り響く鐘の音などは、とてもムードがあるというのに。

 いや、ある意味正解なのか?こういう空気は真面目な話をするのにもってこい…。


——うああああっ!!<(; >_<)> ピンチですよベルリナさん!このまま別れを切り出されたら…って、まだ付き合ってもいないですけど!?えっ、それってどうなんですか!?ちょっとズルくないですか!?


 と。そんな私の心中は今現在の見た目に対して、散々な荒れ模様。

 冷たい汗をかき始めている背中のあたりや、硬く握りしめた手のひらなどが気になって仕方ない。

 決して、隣に腰を下ろした勇者な人が口を開くのが怖いとか。そんなハズ、決してない。


——オーケー、オーケー。どんな別れ(セリフ)を切り出されても、精神レベルで華麗にスルーするのです!!はっはっは!まさか私の精神がレプスさん並に老齢だとは思うまい!!来い若造よ!!ずるい大人のスキル“問題の有耶無耶化”にてこの関係を曖昧なまま先送りしてくれる!!!


 ……何かものすごく悪役面になったけど。

 いやいやいや。

 心底、私はこの人のお嫁さんになりたいのであるからに、いつかは解決させなきゃなんですが。えぇーと…うん。まぁ、ここで曖昧にしておいて、ちょっとでも好意を持ってもらえてから告るという戦略をばね。ほら人生って戦いだから。勝つためには戦略を練らないと…。

 とか。そんなことを考えながら、再び現実逃避をしていると。


——うわっ。隣の勇者様、ちょっと口を開いた気配…。あ、閉じた。そしてまた開いた気配…。


 えっ、そんなに言いにくいこと言う気なの!?

 と、冷や汗ダラダラなベルさんは、微妙な体の震えとか、胃の辺りが痛いとか、ストレスからくる症状が悪化の一途を辿っているのをひしひしと感じていたが。

 ずっと貴方のお話を待っているというこちらの空気が伝わったのか、ついに言う気になったらしい隣に座った勇者様、短い息を一つつき、静かな声音で語り始めた。


「…今日は助かった。いや、今日も、だな」

「…えーと…今日もたまたまで…」


 あ、お話ってそんなとこから始まりますか、と。

 ちょっと呆気に取られたものの、先手必勝の文字が浮かんで先にフォローを入れといた。


「あっ…あのですね、いつもいつも途中から割り込んで行ってしまってすみません!その、いつかちゃんと謝らないと、と思ってまして…」


 余計な手出しはするな、とか。

 言われる覚悟はあるんだけども。

 ただ、今はその冷たさに触れたくないっていいますか。

 知らないうちに踏んでしまった地雷のもとは、正直、これしか浮かんでこなかったりで。

 前の人生経験も残念な具合だよ…情けないなぁ自分、なんて見えない所でから笑う。

 まぁ、こんな言い訳は聞きたくないかもしれないけれど。


「でもですね、その…大変そうな所とか、いざ目の前にしてしまうと、つい体が動いちゃうと言いますか…。それで毎回あんな感じに手を出してしまうんです。…本当にごめんなさい」


 こんなモンスターがいちゃったりする戦闘ありきの世界において、それを主職にしている貴方に、武器を持つのを止めてとか…言える訳がないのだし。微々たる怪我でも心配なのに、まして自分の目の前でとか…死んで欲しくはないのだと。

 そんなことを思ったらずいぶん心が萎んでしまって、ものすごく反省しているという雰囲気が漂ったのだろう。


「こちらも実際すくわれているし、そこについては強くは言えない」


 そう勇者様は固いながらも返事をくれた。


「彼らには」


 落ち着いた声音で語り始めたその人は、言葉をそこで少し区切って。


「故郷に家族が居る」


 と息をつく。


「だから、せめて彼らだけは無事に返さなければならないという思いが強い。むしろあのパーティのリーダーとして、感謝していると…言わなければならないんだ」


 少し苦い音が混じったセリフの中には、本来ならば、な前置きが言われなくても感じ取られて、あぁやっぱり本意じゃないんだろうな、と私は隣に座って思う。

 そして。


「どれだけ自分が不甲斐無いかも知っている。それほど知識や知恵が無いのも。危ない所を助けてもらうのはありがたい事なんだ。だが———大した事をしていないのに高価なものを貰うのは、やはりどこかおかしい気がする」


 と。

 覚悟していた予想から急にズレた話の流れに、言い終えられた時点を以て、私の両目は点である。


「溺れているのを救った、のは…それは確かに命を助けた事になるのかもしれないが。勇者として当然の職務なのだし、あれほどの礼を受けるようなものじゃない。……とはいえ、あのアイテムに助けられた事があるから、これも言えた義理じゃないんだが」


 あぁ、どう言えばいいんだろうな。

 真面目な話の最中にポカンとしてしまった私の横で、そう呟いた愛しい人は珍しくも苦笑を浮かべ……話し出した手前のこともあり、上手く伝えられないながらもせめて少しでも通じるようにと、なんとか話を纏めようとする姿勢を見せる。


「そこまで助けてくれなくていい…と言うか。見合う礼はできないし…おそらく、想いにも応えられない。———あぁそうか。何も返せないのが心苦しいんだな」


 俺は———。

 そんな聞こえない声が聞こえて、思わず息を飲んだ私は。


——まさかそんなことだとは思いもしませんでしたけど…そういうことですか!


 と瞳を揺らす。

 確かにあの時のプレゼント…もとい男物のボトムスは、勇者様が気にするかもな、と気になった、いいお値段のものだった。けれど対価はその辺のフィールドに転がっていた拾い物のアイテムだったし、そういうものを幼なじみが引き取っていく時はそのくらいの桁数が普通に動いてしまっていたから、知らぬ間に私の金銭感覚はだいぶ麻痺をしていたのだろう。いや、もしかすると“下心があり過ぎた”の方かもしれないが、どちらにせよその行動が勇者様をドン引きさせたのだ。

 あの高さから湖に落ち、しかも入水直後に意識を失った人間が無事に生きていられる方がものすごい…と思うのだけど。私の特殊スキルがそうさせた、な一言とはいえ、そのために動いてくれた勇者様の存在は間違いなく“命の恩人”で。こちらから見てそれだけの価値…むしろ命に対する値段なら安いもの——私以外に私のために払おうと思ってくれる人が居るか微妙だけども——という認識だったが、まさか勇者様からしたらそんな見合わない報酬だったとは…。


——………あなたどんだけ無償労働するつもりでいるんですか。


 と半眼になりつつも、ふとイグニスさんを思い出した私は「フフッ」と“腑に落ちて”苦笑を漏らす。


——あぁそうか。“無償”って、やっぱりとても恐ろしい。


 さっきちらっと掠めた核心、おそらく想いにも応えられない、なセリフはひとまずスルーして。

 聞かなかったつもりになって私は紡ぐ。


 ごめんなさい、勇者様。

 それでも私はやめられそうにありません。

 好きな人が傷つく姿はやっぱり見たくないんです。

 だけど、ちょっと判った気がする。

 だからその対価として、とりあえず———。


「勇者様はほんの少しだけ思い違いをしています。私はちゃんと返して貰ってますよ」


 例えば貴方の無事な姿や、貴方が大切に思っているメンバーの無事な姿を、この目で見させて貰っているし。

 お礼はなにも、お金だとかアイテムだとか、形になるものばかりじゃないんです。

 “想い”には少し期待するけど…この距離感で、まだそこまで期待を寄せたりしませんよ。


 これじゃどっちが無償労働か分かりませんが———。


 あはは、と一つ空笑いを内心に。

 “だからこそ”の“人の想い”だと、私は溜まった息を吐く。


「例えばこういう優しい気持ちとか」


 勝手に後ろを付いて行って、無断で戦闘に手を出して、無視されるか睨まれるかがいいところな事なのに、貴方はこうして気に掛けてくれるでしょう?


「どんなに物を尽くしても得られないような親切を、私はいつも甘んじて受けています」


 本当は、こちらが勝手にしていることなので、そんなものにまで律義に対応しなくてもいいんじゃないかと思いますけど……狡い私は、それを貴方に教えません。


「でも…もしそれでも気にかかる事ならば。その対価として…」


 まだ何も言わないでいて下さい。

 追ってくるなと言わないで。

 つまり私を…。


「私という存在を、許容してください」


 本当の意味で受け入れてくれなくても、今は“いい”です。


「とりあえずそこに居る…居てもいいってことにしてもらえれば。それで、できたらその…それに加えて、私が貴方と一緒に旅をしているみたいなつもりで居てもらえたら…。いや、あの、そんな大げさな意味じゃないです。真面目に依頼をこなしている皆さんの横で本当に申し訳ないんですけど…思い出を作らせて貰ってる、と言いますか。えぇと…私はそこまで手に負えない奴じゃないので……」


 きっと、大事な事を言いたくなったら、言って、それっきりにしますから、と。

 言外に語ってみせて。


「それまででいいんです。だから、とりあえずそれまでは。どうか、側に居させて貰えませんか……?」


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 そうして伺う隣の気配は、とてもとても静かなもので。

 立ち上がった私はそっと、その人の前に出る。

 ゆっくりと交わった灰色の双眸は、まだもう少し納得できない雰囲気を宿していたが。


——ちょっとした賭けみたいなものです。真面目で優しい勇者様なら、十中八九“無理”はないでしょうけど。


 だから私は負けない勝負を…まずは初めの布石を一つ、ここで貴方に小さく刻む。


 そして私達はそこで初めて一人と一人で向き合って。

 緊張しながら私はようやくその言葉を口にする。


「“初めまして”勇者様。私はベルリナ・ラコットと言います。よかったらこれからベル…と、呼んで下さい」


 その瞬間、たくさんの思いの丈がぶつかり混ざった心を抱いて、複雑な微笑を一つ。

 そして。


「………分かった」


 と返された、短く確かな音を聞き。

 遠い、遠い記憶の隅で、きらりと光った断片が、私に“鈴…”と呼びかける。

 まずはお友達から、なんていう贅沢は言わないと。

 知人程度で充分ですと言いかけたこちらを制し………。


 その人は無意識にだろう。

 とんでもない爆弾をこの場所に投下した———。




「クライス・レイ・グレイシスという。クライスと呼んでくれ」




「!!?」


 もちろんそんな言葉の破壊力はいわずもがなで、私の意識は遠くまで吹っ飛んだ。

 ややあってからハッとした私は思わず、いやいや今の流れの中にそこまでのことを期待した訳じゃないんです!!と内心に。


 まずはお互いを自己紹介、そんな青春の気配を伴いまして…。

 それしきのこと、軽い軽い!と思っていたハズの私は、最後の最後にとんでもない攻撃をくらってしまい、自分でも驚きの真っ赤な顔で、しばしその場に立ち尽くしたのでした。


*.・*.・*.・*.・*.・*


 勇者の嫁になりたくて。

 異世界からの転生者、ベルリナ・ラコット18歳。

 な、な、名前呼びっ…!!勇者様から名前呼びを許されました!!!

 いきなりなんというハイレベル!!((゜Д゜|||))

 私は一体、これからどうしたらいいんでしょう!?

いや、普通に名前で呼んだらいいよ。

と思ってしまった私です。


今更自己紹介?と思われたかもしれませんが、そうなんです。実はベルさん、今まで勇者に自己紹介したことなかったんです。なので勇者も彼女の名前を呼んだ事がありません(私の記憶が正しければ)。

そして今回の話をもちまして、ようやくベルと勇者のからみ(二人きりシーンとか!)が書けるようになりました!!万歳です!これからラヴ要素を詰め込んでいけますよ!目指せハッピーエンド☆



あとはボス情報でも載せておきます。


怨霊ダグラス・ファーミュアLV50:英霊の館に封印された、英霊の一。パーティ内に勇者を含み、通常のボス戦でホールを照らすランプの炎を一つでも消した場合、封印のほつれにより覚醒→戦闘開始となる。このモンスターは勇者に深い恨みを抱いて死んだ元人間のため、勇者による攻撃を一切受け付けない。そして何度でも立ち上がる。怨霊となったその男を封印するために設置された、ホール内のランプの仕掛け(透かし彫りの影による封印陣)を発動することで“連戦”を解消できる。が「呪詛(うめき声攻撃)」により灯した炎がかき消されてしまうという…。倒すのになんとも骨の折れる敵である。

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