11−8
——もう怒りましたよ!!許しませんっ!!!
久しぶりに噴火した私の脳は、その時ふらっと現れた闖入者により、幾許温度を下げられた。
「何かあったの?」
そう言いながら気安い感じでホールの扉を押し開けてきた職員さんは、「妙な気配がしたから」と補足して、ふと階下を見下ろした。
「あー…ダグラス・ファーミュアかぁ。じゃあもしかしてあの中に勇者とか居ちゃったりする?」
そんな軽〜い口調を受けて、え、入り口で会ったはずじゃ…?とちょっと疑問が湧いたけど。
「あの黒髪の男性が勇者です」
と、頷きついでに肯定を返しておいた。
きっとここに派遣されてる職員さんだし、もしもに対する備えとかきっと持ってる筈ですよね、と。無事に下がり始めた脳内温度のおかげさまで、無謀な行動に出なくて済んだ私はちょっとホッとした。
「そっかー…そりゃ運が悪かったねぇ。ボスとの戦闘中にどこかのランプ消したでしょ?」
「あ、いえ。そこまで詳しくは見てなかったですけど…なるほど、そういう呼び水だったんですか」
「うん。ちょっとでも綻びができちゃうとさぁ、簡単に気配が伝わるからね。あそこまで恨みを抱いて死んじゃうと、そりゃあ強い死霊になるし。そっかー…あの人を封印する時、結構手間取ってたもんなぁ、人間さん。手だれが二十人くらいは居た気がするよ」
「そんなに頭数が必要でしたか…。でも、そうなんですよ。せっかくランプに火を灯しても、うめき声みたいな攻撃で全部消されてしまうんです。こう、ゴーッと風みたいなのが湧いてきて。この距離を一人で走ってあっさり無に帰されるのとか、ほんと頭にくるんです」
最後の方は何やら愚痴っぽくなってしまったが、“誰か”さんに吐き出せて少しスッキリした私。
ここまで情報通な人なら、きっと何か良策があるはずだ。
——例え無くても走るのとかを手伝って貰えるだろうし。
そんなことを考えながら、続く言葉をめいいっぱい期待して待ってると。
「まぁ、要するに、さ。その炎が“消えなきゃ”いいんでしょ?」
「いやまぁ…普通に、そうなんです、けど……っ」
言いかけながら、にっこりと笑顔を見せる職員さんに、何故か鳥肌が立った私は。
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「……、あの、“職員”さん…」
「ん?」
「……“無償”って、こういうこと、なんですか…?」
「………(にこっ)」
「………(ひくっ)」
ここへきて漸く気付いた怖い予感に、固まった私を前に。
“職員”さんはおもむろに手を自分の頭に置いて。
次の瞬間、スポッ!!な感じで胴体からその首を切り離す。
——っ、くびもげたっ!?
「うっ…やああぁあっ!?!!!」
おかしいと思ったんだよ!!
史跡でも何でもないのに職員さんが居るとかさ!!!
何で居るんだろう?とか!!もっと深〜い疑問を持っていたらさあ!!?
——…って、だからってどーにもならない気がしますけどっ。
涙目でビクッと戦く私を見下ろし、職員さんのフリをした例のあの人(?)は、きゃはははは☆と甲高い声で笑って、ふわっと回転。いつか見たあの懐かしい単純フォルムに姿を戻し。
「あのときボクの影ってば、ちゃんと落ちて無かったんだよ。確認した?まぁ今は置いとくけどさ。———“力”をかそーか?ご主人さま☆」
と、背景を透過する白い体をふるると揺らし、契約しちゃった死霊な人(?)が「くわっ」と赤い口で言う。
思わず。
「うぐっ…」
と言葉に詰まるが。
ぐうぅうぅっ…という苦渋の末に、私はなんとか結論を出す。
「………お願いします、イグニスさん」
ほんとに小さい、小さい声だが。
願いを聞いたゴーストさんは、可愛らしくも不気味な声で「ケキャキャキャキャキャキャッ!」とひと笑い。
「さぁ!ボクを使って!ご主人さまっ☆」
「……(えぇい、ヤケだ!!どうにでもなれ!!)———イグニスさん!この部屋の燭台全てに“消えない”炎を灯して下さい!!!」
「ケキャキャキャキャ☆おやすいごようさっ♪愚者火(イグニス・ファトゥス)の名にかけてっ!!」
ノリノリの発言の後、妙になつかしいセリフが聞こえ、ひとりジーンとなってると。
消えない炎を纏った死霊な人(?)がホール中を飛び回り、透かし彫りのランプへと次々炎を灯していく姿が見えた。
イグニスさんが灯した炎は、怨霊の叫び声でも一切揺れることはなく、床に描かれた魔法陣は二度と消されることが無かった。
あ〜、愚者火ってこういうことか。納得する私を他所に。
魔法陣発動中にとどめをさされた怨霊さんは、そのまま無事に封印されて、長く続いた連戦も終わりを迎えたのだった。
思いがけない戦闘で苦しめられたメンバーは、ようやくホッと息をつき。
特にレベルの観点から激戦を強いられたウルラギくんとアーシュリーちゃんの両名は、そのまま床に腰を下ろしたようだった。
その後、何やら下の方から。
「…何なんですの…あの女…」
「………(じ〜)」
「あぁ、まぁ、うーん…あれがベルだよ」
「某もいつも驚かされるのでござる」
とか、そんな囁きと気配を感じたが。
それからほんの少しの休憩をとり、勇者パーティはそそくさとボス部屋を後にしたのであった。
実はその時、もの言いたげな雰囲気を約一名から感じたのだが、走った疲労が思い出されて私は素知らぬフリをした。
そして壁際に腰を下ろして、ふわふわ漂うゴーストさんへと心の底からお礼を述べる。
「助かりました。イグニスさん、どうもありがとうございます」
「いいよー!ボクと君の仲じゃない☆」
「そういえば。よく此処が分かりましたね」
「だって君、ボクの屋敷のロウソクをまだ所持してるでしょー?」
「……はっ(゜゜ ;)」
しまった。そういう仕掛けだったのか。
いつか使える日とか来るかも、ただそれだけで持ってたのだが。
よし決めた。あのアイテム即捨てよう。
そんな気持ちが出たのだろう。
さも愉快そうにポンポン跳ねて、イグニスさんが言葉を返す。
「あ、もう捨てたりとかできないからね♪限定化しちゃったし〜」
「!!!」
「あ〜、一応言っとくけどさ、そもそもココってボク達のフィールドだから。契約者が入ってきたらすぐ分かるんだよね♪」
「!!!」
「死霊(ゴースト)系ダンジョンに入る時はボクのこと喚んでよねっ☆これでもけっこー強いから♪まー、喚ばなくても勝手に来るけどね〜!」
無償ばんざい!と、白いお人(?)は愉快に笑う。
「そういうやファントム・ロードには会ってきた?」
「あっ、すみません。お会いしませんでした。その…なんて言いますか、都合がつかなくて…」
「そっかー、残念。パパも君に会えるのを楽しみにしてたんだけど」
「(えっ。ロードがパパさまですか)っ!?」
「まぁいいか!また来年も呼ぶからね♪♪」
「(えぇっ!?また来年)っっ!?」
いや、お願いします、呼ばんでいいです。
謹んで遠慮しておきますから、と言いかけた私を制すと、ふよふよ漂うゴーストさんは一方的に「じゃー、またねっ☆」と不吉な言葉を言い残し…死霊の街へと帰って行ったのだ。
取り残された私はポツリ。
——やっぱイシュの言う通り…
「無償(タダ)ってすごく恐ろしい……」
とか。
がっくり肩を落とす勢いで呟いたのだった。