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 そうして、邪魔にならなさそうなダンスホールの端っこで、戦っている皆を静かに見遣る。


 ボスとの戦闘フロアはちょっと広い体育館ほどの奥行きで、少し派手ながらも上品な装飾品に囲まれていた。天井には巨大なシャンデリア。ギャラリーのある二階部分の四隅にも少し大きめのランプがあって、それらの光源全てが透かし彫りを採用している贅沢な空間だった。端の壁に留められたカーテン類はすす切れていてホコリっぽいが、そうだとしても過去の栄華を物語る充分な華がある。床に落ちたランプの光は光彩と言っても許されるほど繊細で美しい。

 そんな場所に現れたダンジョン・ボスの“英霊”は、筋肉ムキムキ、髪の毛ボサーの、強そうなおじさんだった。

 “霊”という割に生身感がバリバリあって、青灰色の肌色が辛うじて生身の人間なのを否定している雰囲気だ。人型のモンスターって、やっぱりどこかやりにくさがありますよね、と。思う私の視線の先で、戦い慣れた人達が躊躇を見せず突っ込んでくのを「すごいなー…」と心に思う。

 主力はウルラギくんとアーシュリーちゃんで、状態異常回復をソロル氏が、他三人がボスからの攻撃を散らす係で、レプスさんに至ってはほぼ手出し無しの状態だった。

 アンデッド系は一般的に物理攻撃に耐性があり、属性攻撃で体力を削っていくのが定石だ。

 そこで彼らが取ったのは、ウルラギくんがアーシュリーちゃんの薙刀での攻撃に付加魔法で属性を付けるという方法だった。前衛のアーシュリーちゃんが属性付きの攻撃を仕掛ける奥で、ウルラギくんが魔法を発動、援護する。付加魔法の効果が切れたら再びそれを施して…というような、手間はかかるが手堅い戦法だった。

 使えないのか、使わないのか、そこのところは分からなかったが、アンデッド系の体力をがっつり削れる聖属性は最後まで使われず、そこそこの時間をかけて二人はボスを撃破した。

 たいした怪我も負わずに済んで上出来だったと、戦闘を終えた二人にライスさんがにっこり笑みを浮かべてみせる。すると彼らは照れくさそうにほのかに笑んで、それぞれがライスさんとレプスさんの横に並んだ。

 てっきり、アーシュリーちゃんは勇者様の方へ行くかなと思ってたので、ちょっと拍子抜けしていると。ライスさんの着衣の端をこっそり握っているのが見えて、そういうことかと一人納得。クライスさまに会いたくて!とポーズでは語っていたが、本当はお父さんに会いたかったんだろうな〜、と。平気そうな言葉の裏で寂しそうにしていた前の世界の娘を思い、少し複雑な心情に。

 まぁ、その話は置いとくとして。


 無事にボス戦を乗り切って、さぁ帰ろうかと空気がゆるみ、つられて体を伸ばした時だ。


 どこからともなく、やけに冷たい風が吹いて来て。

 ダンスホールを駆け抜けながら、部屋の四隅のランプに加え、つり下げられた巨大なシャンデリアの火を吹き消していったのは。




「……なんですの?」


 そんな変化に、一番初めにアーシュリーちゃんが呟いて。


「モンスターの気配がする」


 と、大剣を再び握りしめた勇者様の様子に倣い、メンバーは各々の武器をしっかりと持ち直す。

 彼らは何の会話もせずに誰からともなく少年少女を守るような位置につき、英霊の出現場所のダンスホールの中央に冷静な視線を向けた。

 それを上から見ていた私は、このレベル帯のダンジョンに“連戦”は無かったよなぁ?と腑に落ちない心地に浸り、一人そわそわと辺りを伺う。

 その間にも冷たいと思った風は段々冷気を増してきて、気のせいか唸り声めいた風音までしてくる始末。

 思いがけずゾワッと立った鳥肌さんを、懸命にスルーしようとしたのだが。


「……まさか…怨霊…!?」


 そんな困惑で静かに叫ぶ聖職者さまの声がして。


——お、おおお、オンリョーって“怨霊”ですかっ!?(||゜Д゜)


 と、一人その場で竦みあがった私が居たり。

 それと時を同じくし、握りしめていた護符さんが、ひときわ深い唸り声にてザアッと空気に溶け消えた。


——っ、うえぇええ!!?!


 まさかのアイテム・ロストだよっ!!

 効果封印どころじゃなくて、ブロークンしちゃったよ!!?

 おいおいどんな強敵さんが現れちゃったりすんですか!?と大いに焦った視線の先に、冷たい風と唸り声から一人の男の姿が生じ。


『オォオオオー…ォオオオォー……コノケハイ…ニクイ…ニクイ、ニクイゾォオォ!…オノレェ、ユウシャ!!…ユウシャメェエ!!!』


 と。

 ありったけの怨念をこめ、吠える姿が映りこむ。


——ひぃいいぃ!!この世界、ウラメシヤ〜は居ないんだ!と思ってたのに!!!


 思わず近場のカーテンを引き、広げた中に体を隠し、ほんの少しの隙間からそぉっとホールを見下ろしてると、半透明な怨霊さんが尚声高に呪詛を吐き出し、その声に引き寄せられるようにしてアンデッド系モンスターや死霊(ゴースト)さん等が次々と姿を現すとかいう地獄が見えた。


「ソロル!」


 と勇者様に声を掛けられた少年は。


「ちょっ…!いくらなんでも数が多いって!」


 と尻込みしたが。

 すでに交戦しはじめているシュシュちゃんの姿に気付くと。


「時間を頂戴!!取りあえずこれ以上増えないように、この場所を聖域化する!」


 そう叫んで魔法発動の動作に入る。

 メンバーはその声を聞き、すぐさま大掛かりな詠唱をし始めた彼を守る位置についたら、どんどん増えるモンスター等を近づけまいと弾いていった。そんな勇者パーティの厚い壁をたまにすり抜けてきた敵は、安全のためと配されたウルラギくんとアーシュリーちゃんが相手をし、ソロルくんにぶつかる前に再び外へ弾き出す。

 聖域化、と語った通り、段々と顕現してくる魔力の糸は、なにやら巨大な敷物っぽく編み上げられて、ダンスホールの地面を覆う。発音が良すぎるために只人の耳にはどうにも聞き取れなかったのだが、決め言葉っぽい文句の後に四角い聖布の隅から柱っぽい光が生えて、ソロル少年はこのホールまるまる一部屋を“聖域化”したらしい。清らかな金の光が床や壁や天井でささやかに煌めいて、まるでこの空間を他から隔離したかに見えたのだ。

 おぉ、この魔法はものすごく魔力とか喰いそうだ…少年よ、ダイジョブか?と“魔薬”の準備を考えながら、そのままそおっと伺ってると。


「クライス!?」


 と、勇者様へ気を逸らしたっぽいライスさんの声がする。

 そして。


「攻撃が…当たらない…?」


 なんて絞り出すような声音が聞こえ。

 しかし、すぐに気を取り直したその人が、再び諸悪の根源である怨霊を刃で振り抜く様子が見えた。

 大剣に乗せた魔力は確かに属性を持っていたのに、再び間合いを取ったらしい勇者様を見る限り、ダメージというダメージを与えられなかったらしい結果が知れる。

 それに気付いたライスさんが今度は自分で向かって行って。


「ほんの少しだが手応えはある」


 と、彼らを見ていたメンバー含め、勇者様へと言葉を返す。

 その現状を察するに。


——まさか、“勇者”の攻撃のみが無効化される…?


 今現在、そんな事態にあるらしい。

 戦力の一を失った東の勇者のパーティは、一瞬動きを止めたのだけど。


「“聖域化”は聖域内に居る不浄系のモンスターの体力を、ちょっとずつだけど削れるんだ!クライスの攻撃抜きでも、耐えればいつか有利に傾く!僕もすぐに広範囲魔法の準備に入るし!だから親玉以外のモンスターとか、できるだけ体力減らしといてよ!」


 そう叫んだ少年により、再び活路を見出した。

 もはや暗黙の了解で戦力とみなされたウルラギくんとアーシュリーちゃんは、誰に言われるでもなしに、ソロルくんを警護しながらレベルに見合ったモンスターを屠っていくことにしたらしい。そして彼らは練習通り、素晴らしいコンビプレーで敵を減らすのに貢献したのだ。

 それからややあって、聖属性の広範囲魔法を無事に編み上げた少年は、親玉を中心に置きその魔法を発動させた。かけた時間に見合う程度に威力のほども高かったのか、その一撃で怨霊以外の取り巻きさんらが掻き消えて、もちろん私の視線は少年さまに釘付けである。


——まじか。ほんとに強かったんですね、レベル80の聖職者…。


 そんな風にあっけにとられた私の先で、レプスさんとウルラギくんが共に魔法を炸裂させて、親玉だった怨霊に断末魔を上げさせた。


 なんだ、普通に倒せたんだな。

 さすが、勇者様が率いるだけの高レベルのパーティだ。

 不測の事態が起きたとて、安定感のある強さをみせる。

 そんな事を考えながら、ほっと一息ついた時。



 オォオオオー…

 ォオオオォー……

 ニクイ…ニクイ、ニクイゾォオォ!

 オノレェ、ユウシャ!!———ユウシャメェエ!!!



 底冷えするほど暗い叫びが再びホールの中に落ち。

 さらなる“連戦”の火が切って落とされたのだった。

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