11−5
屋敷に入った私はすぐに、アンデッド系モンスターを寄せ付けない効果を持った護符アイテムを身につけた。ゴースト・ハウスの時よりも幾分広いエントランスは、薄暗くはあるもののそれほど怖さは感じなかった。からりとした空気というか、ちょっと古い洋館を探検でもしているような、ホラーまではいかない感じ。
さすがに身構え過ぎたかなぁ?とあちらこちらを見渡して、私はさっそく近場から頭のマップを埋めて行く。
このダンジョンの情報はギルドにて少し手に入れていて、徘徊しているモンスターのレベル帯は25前後、ダンジョン・ボスの“英霊”は30ほどだということだった。他にレベル10台の初心者用ダンジョンとかもあったのだけど、ライスさんがここが一番お手頃だと言っていたので、ウルラギくんとアーシュリーちゃんはレベル20ほどなのだろう。
ぱっと見、彼らの年齢は11、2歳ほどだったので、それでレベル20台って結構すごい話だな〜と。実は感心していたり。でもまぁ、14、5歳ほどのソロルくんとかシュシュちゃんは既に80近いんだから、上には上が居るんだな〜と。どっちにしたって18歳の私よりも上なので、すごいのは変わり無い話なんですけどね、と一人笑む。
広大な屋敷はだいたいロの字に作られており、入り口から一番遠い廊下の奥にダンスホールがあるという。そこがボス戦のフロアなのだが、いろいろと練習すると言っていたので、パーティがすぐにホールへ向かうとは思えなかった。
まぁ、このまま歩いていったなら、どこかでバッタリ出会うだろう。最悪、出会えなかったとしてもダンスホールで会えるだろう、と。装備している護符効果により、ほとんどエンカウントしない平和な廊下を、私は黙々と歩んで行った。
時折、部屋で宝箱を見つけたり、アンデッド系じゃないモンスターを運良く仕留められたりしながら、それほど怖くないダンジョンを奥へ奥へと進んで行って。
久しぶりに冒険者としての充足感を覚えた頃に、少年少女の高い声が耳に飛んで来たのである。
「今ですわ、ラギ!」
「…———、ルナ・ダーク!」
そんな掛け声と聞き取れなかった詠唱の後、黒耳ウサギのウルラギくんが闇属性ぽい斬撃魔法を発動するのが目に入る。それに対するモンスターは、やや大きめな黒色スライム。少年が放った闇色の斬撃はスライムさんの表面を削ぎ、モンスターの心臓と言える核の辺りを露出する。
「わたくしが!」
すかさず叫んだアーシュリーちゃんの薙刀が露出部分を強砕し、黒色のスライムさんはぷしゅうと縮んで溶け消えた。
——おぉー、すごい。息の合った連携プレイ。お見事です!
近づいてきた私がひとり、音を出さないパチパチで物陰から二人に拍手を送っていると、ウルラギくんは難しそうな顔をしてレプスさんに視線を向けた。
「上出来でござる。さっきよりも威力が上がっていたでござるよ」
「…でも、一撃で倒せなかった。詠唱文ももう少し短略できたはずだったし、指向ももっと安定させるべきだった。ロスした力が多かったから、あれしかダメージを与えられない」
「それに気付けているだけで今は充分なのでござる」
まだまだ次があるのだから、と白いウサ耳をひこひこさせて、おじいさんが優しく返すと、長めの黒髪をサラッと流し、ウルラギくんが頷き返す。
何だか良いシーンだなぁとほっこりする心を抱いて、その反面、え、この世界の魔法って発動までの要素の中に指向性とかあっちゃうの??と、いきなり難度を増した感じの魔法事情に驚いた。
適正がなかったためにその感覚を知らない私は、今までずっと魔法というのがコンスタントな威力を発揮するのだと思っていたのだ。たまに目にする威力の違いは、てっきり武器かレベル依存の何かなのだと思っていたので、魔力(コスト)のロスなんて思い至りもしなかった。
——へぇー…魔法使いという職業も、いろいろやっぱり難しいんだ…。
それならばレプスさんが言う通り、才能のあるウルラギくんはさぞや可愛いお孫さんなのだろう。
しみじみと頷いてると、可愛いけれど鋭い視線がこちらの方に飛んで来る。
——おや。
ぼーっとしてたら、物陰に潜んでいるのをアーシュリーちゃんに見つかってしまったらしい。
彼女はこちらを睨んだ後に、何事かの言葉を飲んで眉間に深い皺を刻んだ。
せっかく将来が楽しみな美少女なのに勿体ない。鮮烈な紅色も、キラキラ輝くブロンド要素も、彼女の気高さにマッチしていてとても良いのに。
ライスさんの面影が僅かしかない彼女の容姿に、それはそれは綺麗な奥さんなんだろうという妄想が膨らんだ。
——まぁ、お目にかかる機会なんてないだろうけど。
ダンジョンの中に入っても後を追ってしまうような、こんなしつこい私でも、実は勇者様の家があるグランスルス王国は避けて通りたい気持ちが強い。貴族云々の話もそうだが、彼のホームグラウンド的な空気が怖くて、踏み込む気分にならないからだ。
きっとその国の人達は、良い噂しか聞かないような強くて誠実な勇者な彼をとても大切に思っているだろうから、そんな彼に付きまとう私みたいな存在は、高確率で受け入れては貰えないんだろうなぁ…とか。真面目に思ってしまうのである。
そもそも、彼が家に帰る時がどういうことを意味するか、とか。ハッキリわかっているだけに。
私にとってグランスルスは苦い味のする土地であり、できることなら回避すべきという位置にある。
だからライスさんの奥さんを目にする機会は、この先もないのだろう。
——これがもうちょっと前のことなら、うりゃーっと突撃していけたのかもしれないけれど…。
ちょっと前なら押し掛け女房をするくらい、余裕だったと思うんだけど。
屋敷の探索を再開しだしたパーティの姿を見つめ、私は物陰の中で微妙に笑う。
——キスさせてもらったり、横抱きをしてもらったり、抱きとめてももらったし、おでこにも触れてもらえたな。無理矢理手とか掴んだし、半裸も見せてもらったし…拒絶されるほど、悪い意味でも存在を認めてもらえたあたり、ずっと気付いて欲しかったというこちらの気持ちが…満たされちゃったり、したのかなぁ…?
いつの間にか落ち着いていたあのテンションが懐かしく、同時に、大人になったのかなぁ?しかし、前の世界でだってだいぶ大人な歳だったけど?と一人ツッコミ笑いを漏らす。
——でも仕方ないと思うんだ。
たぶん私は、この先ずっと、あるいは彼が結婚しても…死ぬまで好きで居続ける……。
そんな妙な自信があって、アーシアを出立ちしてから実はひっそり、嫁になれない=the end.な人生を、彩りの無い残りの生をどう暮らそうかと考えた。
何をしても味気ない日常だろうと簡単に想像できたが、思考を一周させた辺りで、どうせなら最後まで見届けてからでいいじゃない、と。できるだけたくさんの思い出を得てから一人暮らしをする方がいい。勇気があれば結婚式も眺めておいて、幸せそうな顔を焼き付け、それで思い知ったらいいのだ、と。上手く諦められたら儲けものだし、例えそれが無理なことでも“勇者様は幸せに暮らしている”な事実はきっと、苦いながらに私の心を軽くしてくれることだろう。
そんな話に帰結した。
——って。自分で考えてこの想像はだいぶ深く凹みますけど…orz
ああもう!やめやめ!シリアスなんて暗過ぎる!!
ポジティブ思考な私には全く似合ってないですよ!!
そりゃあもう嫁になるのが高確率で無理だとしても!
機会があったら何が地雷だったのかとか、ちゃんと聞いて理解して、それから心の底から謝罪を入れて。
もう一度最初から始めればいいんです!
——ほらほら、ベルさん。凹んでる暇なんかないですよ!
と、一人凹みから回復した私はすぐに、しゃっきりと背筋を伸ばし。
——気合いを入れて追いかけませんと!
そう自分に言い聞かせ。
それから幾度かのエンカウントで、ウルラギくんの魔法に加え、アーシュリーちゃんの訓練効果が現れて来た頃に、勇者パーティが最奥のダンスホールへ向かって行くのを、私はそおっと追いかけた。
レベル30くらいのダンジョン・ボスだし、ちょっと端っこで見るくらいなら許されるかな?で、勇者様達がホールの扉を開け放った時にちらっと見えた、二階のギャラリー部分へと狙いを決めた。
扉が閉まると戦闘を始めるような音が聞こえて、私は急いで二階へ向かう。
そして少し前に埋めといた脳内マップを辿って行って、ギャラリーに繋がった扉からその中へ入って行ったのだった。




